第八話 私のいない夜会
冬至の夜会は、セシリア・ラセルの名で始まった。
三か月の顧問期間を終えたセシリアは、冬至の一夜に限り、招待と席の責任を負う主催契約を選んだ。
王宮西棟の大広間へ届いた招待状には、公爵家の紋章がない。金の縁取りも細く、中央に記した主催者名の下には、王太后エレーヌの後援だけが添えられていた。
空白だった紙へ、自分の名を書いた夜である。
最初の校正刷りでは、印刷職人が主催者欄を広く空けていた。ラセルの名が王家の後援より先に置かれると決められず、指示を待ったのだという。セシリアは自分で欄の幅を測り、家名を削らず刷るよう頼んだ。
その招待状を受け取った客が、今、彼女の判断で選んだ席に座っている。誰かの妻として増えた人数ではない。セシリアがもう一度話したいと望み、相手も応じた人々だった。
広間へ入る前、侍従長は緊急時の控室を三つ示した。一つは客同士の調整に使い、一つは体調を崩した人へ空け、最後の一つは主催者のために施錠したまま残してある。
使わなくても、休める部屋がある。セシリアはその鍵を自分の小袋へ入れた。
セシリアは琥珀の耳飾りを選んだ。燭台の光を受けるたび、蜂蜜色が頬の近くで揺れる。グレイヴ家へ返した黒真珠より軽く、首を動かしても冷たさが残らない。
楽団の譜面台には、青い休符札を一枚置かせてある。会話が深くなる時は演奏を弱め、主催者が席を外す時は一曲休むための札だ。
今夜、休止は失敗の印ではない。
王太后陛下は暖炉に近い席で、北方大使と港湾協定の話をしている。隣国の書記官は、亡き妻と同郷の菓子を前に、セシリアへ短く礼を述べた。喪中の客には乾杯を求めず、対立中の二人は同じ話題へ招いても、同じ長椅子へは置かない。
それでも、判断を隠す必要はなくなっていた。
「ラセル夫人、この席は見事です」
南方使節の老伯が、離れた二つの卓を見比べる。
「両家のご令嬢が植物画を学んでいらっしゃいます。ご当主同士には、春になってからお話しいただきます」
誰の思いつきかを伏せずに答えると、老伯は納得して杯を上げた。
広間の反対側には、リヴィアがいる。銀灰色の衣装は華美ではなく、喪を終えた未亡人として選んだ色だった。彼女はレオナールの隣ではなく、王太后陛下から贈られた一人分の席に座っている。
開会前、リヴィアはセシリアへ招待の礼だけを述べた。
「わたくしをお呼びになった理由を、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「リヴィア様として、ご自身で選ばれた返事をいただいたからです」
彼女の出席欄には、誰の同伴者とも書かれていない。
「では、今夜は自分の席におります」
リヴィアはそう答え、レオナールが来るかを聞かなかった。謝罪された側へ、自分の安心まで整えさせないための距離だった。
マリアンヌも兄とは別に招待を受けていた。セシリアと目が合うと、胸元へ手を添えるだけの挨拶をする。近づいて過去を説明せず、今夜の主催者が客に望む距離を守っていた。
彼女の席札にも、グレイヴ公爵令妹とは記していない。マリアンヌ本人が支援する冬の施療院と、北方の医師を同じ卓へ置いた。兄の仲介役ではない時間を、彼女も話し始めていた。
アドリアンは扉に近い柱のそばで各国の随員を迎えている。セシリアの歩く先を決めず、人垣が狭くなった時だけ別の通路を空ける。
「セシリア」
王太后陛下が呼んだ。
その傍らには、王宮侍従長が立っている。銀盆に載せた一通の面会願いには、グレイヴ公爵の署名があった。
アドリアンが二歩離れた場所で足を止める。
「申請は規則に沿っています。受けない場合も、理由の記載は不要です」
「承知しております」
彼は選ぶべき答えを目で示さない。入場を認めればセシリアが傷つくとも、拒めば逃げたことになるとも言わなかった。
「グレイヴ公爵は、今夜の招待客として入場を許されている。だが、皆の前であなたに話す許しは別だ。決めるのはあなたでよい」
セシリアは願い状を読んだ。求められているのは一度の発言だけで、返答も、退出後の面会も条件にない。
数日前の手紙を受け取ってから、レオナールを待たせた日数は数えていなかった。彼が数えるべき時間を、自分の予定へ書き込まなかったからだ。
セシリアは小袋の鍵に触れた。答えた後に一人になりたければ、鍵の掛かる部屋がある。続けたければ、楽団と客が待っている。どちらも自分で決められると確かめてから、願い状を盆へ戻した。
「承ります。皆様のお時間を長く頂戴しないことを条件に」
「よかろう」
王太后陛下は侍従長へうなずいた。答えを褒めも、変えもなさらない。
楽団へ休符札が示され、弦の音が静かに閉じた。
扉から入ったレオナールは、青の間で真実の愛を宣言した時と同じ礼装を着ていた。けれど胸章は一つ少なく、背後に従う者もいない。広間の中央まで進むと、彼は王太后陛下へ礼をし、次にセシリアへ頭を下げた。
「発言をお許しいただき、感謝いたします」
命令ではない言葉を、彼は急がずに口にする。
セシリアは客たちの位置を確かめた。王太后陛下、各国の外交官、リヴィア、マリアンヌ。誰も退出を促されていない。あの夜に妻だけが知らなかった言葉を、今度は当人の許しを得て、同じ社交界の前で話すために彼は立っている。
「セシリア。私は、君が八年間してきたことを、自分の言葉で話したい」
彼は弔問状の数を語った。九度待たせた夕食を語り、三つの商会へ詫びるべき失言を妻が直したことを語った。客が笑って帰った夜を自分の成功と数え、笑えるように席を整えた人を飾りと呼んだことも認めた。
「リヴィアには、君の名簿と心遣いを引き継げばよいと言った。彼女を愛したのではなく、君の代わりへ押し込めようとした。マリアンヌにも、家のために君を呼び戻させた」
リヴィアは視線を逸らさない。マリアンヌの両手は重ねられたまま動かなかった。
「君の仕事を、何も起こらなかった夜として使った。何も起こさなかったのが君だと、考えもしなかった」
レオナールはそこで言葉を切った。
以前なら、セシリアは沈黙を埋めただろう。客が困らない説明を添え、彼の率直さを誠意に見せる言葉を探した。
今は探さない。
彼が自分で選んだ言葉の形を、自分で負う時間である。
「私は間違っていた。君がいなければ、何一つ私のものではなかった。戻ってきてほしい」
最後の一言が広間へ残った。
セシリアは、彼の顔を見た。傲慢さを誠実さと取り違えていた人は、もう自分の間違いを知っている。差し出された謝罪は具体的で、失った地位だけを惜しむものでもなかった。
彼女は一歩、レオナールの前へ進んだ。
人々の間に、期待を含んだ息が広がる。レオナールが過ちを認め、セシリアが彼を正面から見た。かつて読んだ恋物語ならば、失った愛を取り戻すための言葉が続く場面なのだろう。
セシリアの胸にも痛みはあった。理解されなかった八年が、理解された八年に書き換わればよかったと願う自分は、完全には消えていない。
けれど、戻るとは、その願いを証明するために未来の時間を差し出すことだった。
「グレイヴ公爵閣下」
呼びかけると、彼の伏せていた目が上がる。
八年間、欲しかった理解がそこにあった。手紙を書いた人、夕食を待った人、失言の後を歩いた人が、同じセシリアだったと彼は知っている。
レオナールの指から力が抜けた。拒まれずに名を呼ばれたことを、希望として受け取ったのだろう。
「謝罪は受け取ります。ですが、私の結論は変わりません」
彼の唇がわずかに開く。
セシリアは声を強めなかった。青の間で彼の言葉を整えた時と同じ静けさで、今度は自分のために言葉を置く。
「私のいない夜会で、どうぞ『真実の愛』をご披露くださいませ」
王太后陛下が杯を卓上へ置いた。北方大使は何も挟まず、セシリアへ一礼する。リヴィアは目を閉じて一度うなずき、すぐに顔を上げた。
南方使節の老伯は、先ほど褒めた席へ静かに座り直した。
その沈黙をマリアンヌが破る。
「お兄様、お帰りください。セシリアの夜をこれ以上使わないでください」
レオナールは妹を見た後、セシリアへ向き直った。弁明も、もう一度という頼みも口にしない。
「分かった」
一度だけ深く頭を下げ、彼は扉へ歩いた。
アドリアンは近づかない。退出の通路から客を遠ざけ、レオナールがセシリアの前へ戻れない距離だけを保っている。
扉の蝶番が音を立てる前に、セシリアは楽団の方へ向いた。休符札を下ろすのは、主催者である自分の役目だった。
弦の音が戻る。
「先ほどの港湾のお話を続けていただけますか」
セシリアが北方大使へ尋ねると、彼は春の潮位について語り始めた。王太后陛下は南方使節へ席を譲り、リヴィアは隣の老婦人に菓子の名を尋ねる。マリアンヌも自分の席へ戻った。
誰もレオナールの退場を夜会の結末にはしなかった。
扉が閉じても、彼女の夜会から会話は一つも途切れなかった。




