第七話 謝罪と復縁は別のもの
レオナールの謝罪文は、封をされていなかった。
王立外交院の小会議室で、マリアンヌは白い便箋を両手に持っている。公爵家の紋章も、命令を示す赤い封蝋もない。兄が書いたものだと証明するのは、見慣れた筆跡だけだった。
「お約束もなく伺い、申し訳ございません」
「ルヴェル卿から、面会の希望があると伺いました。公務の打ち合わせは終わっております」
セシリアは円卓の向かいへ座った。扉は開けたままにしてある。廊下には書記官が二人おり、冬至夜会の印刷物を運んでいた。
私的な話を密室へ入れない。それだけで、呼吸の深さが変わる。
マリアンヌは便箋を卓上へ置いた。
「兄が、セシリア様に」
「拝見します」
紙は三枚あった。
名簿を戻せと命じたこと。リヴィアとの関係を誠実な選択だと思い、離縁後も妻の仕事が残ると考えたこと。弔問状、仲裁した席、待たせた食事。レオナールは数を省かず、自分が何を受け取ってきたかを書いている。
言い訳はなかった。
最後の行には、許しを求める言葉もない。ただ、謝る資格が自分にあるか分からないまま、それでも謝罪したいと記されていた。
セシリアは三枚を読み終え、順番どおりに重ねた。
正しい手紙だった。夫が八年前にこのように一度でも自分の時間を数えていたなら、違う夜があったかもしれない。
その「もしも」は、もう過去にも未来にも席を持たない。
「受け取っていただけますか」
「はい。このお手紙は、わたくしがお預かりします」
マリアンヌの肩がわずかに下がった。役目を果たせた安堵だろう。けれど彼女は立ち上がらず、指を膝の上で組み直した。
「一度だけ、兄の謝罪を聞いていただけませんか」
その頼みが続くことも、セシリアは知っていた。
手紙を受け取れば、次は返事。謝罪を認めれば、次は面会。面会すれば、昔を語る時間が始まる。レオナールは九度、妻を食卓で待たせた。その人が今、返事を待っている。
待つ時間を短くする義務は、セシリアにはなかった。
「私的にお会いするつもりはございません」
「兄は、もう名簿を求めておりません。リヴィア様とのことも終わりました。自分が間違っていたと」
「そう書かれていました」
「でしたら」
セシリアは手紙へ手を置いた。押し返さず、抱え込まず、卓上に留める。
「謝罪を受け取ることと、関係を戻すことは別です」
マリアンヌの目が伏せられた。
「兄は、待つと言っています」
「いつまで待つかは、グレイヴ公爵がお決めになることです。わたくしから返事の期限はお約束いたしません」
「冬至夜会には、招待を受けています」
「王太后陛下のお客様です。定められた席でお話しになることを、わたくしが止める権利はございません」
それ以上は与えない。私的な面会も、先に答えを知らせて彼の体面を守る配慮も。
マリアンヌは長く黙り、やがて椅子から立った。
「わたくし、王宮でセシリア様のお名前を拝見した日も、兄の夜会だけは助けていただけないかと申し上げるつもりでした」
セシリアは返事を待った。
「家のために。兄のために。八年間ずっと、そうお願いしてきたのだと思います。感謝しているつもりで、また同じことを頼もうとしました」
「マリアンヌ様」
「もう、お願いしません。兄が待つ時間は、兄のものです。セシリア様が片づけることではありません」
彼女は謝罪文の受取書だけを求めた。セシリアが日付と署名を書き、渡す。復縁の見込みも、心情の説明も添えない。
扉へ向かうマリアンヌを、セシリアは名で呼んだ。
「マリアンヌ」
振り返った顔には、期待より緊張があった。
「手紙を届けてくださって、ありがとうございました」
「はい、セシリア」
昔のように義姉とは呼ばない。家族の役目を求めない呼び方が、二人の間に初めて置かれた。
マリアンヌが退出すると、アドリアンが廊下の書記官へ書類を渡し、小会議室へ入ってきた。開いた扉の手前で止まる。
「お一人になる方がよければ、私は戻ります」
「いいえ。冬至夜会の打ち合わせが残っています」
「本日の分は、先ほど終わりました」
机の端には、まだ確認していない席次案が三枚ある。セシリアは一番上を取ろうとして、手を止めた。確かに、明日でも間に合うものだった。
「わたくしは、終わった後に何をすればよいのでしょう」
質問が口から出てから、仕事の尋ね方ではないと気づいた。
アドリアンは答えを急がない。向かいの椅子を引かず、立ったまま窓の外を見る。セシリアが話を続けなければ、そのまま退出できる距離だった。
「離縁の翌朝、私は契約書を持って伺いました」
「三つの選択肢をくださいました」
「三つあれば十分だと考えた。どれも、あなたに次の役目を求める紙でした」
アドリアンがセシリアへ向き直る。
「私はあなたの傷を、次の仕事へ急いで変えようとしました。申し訳ありません」
「王太后陛下には、顧問が必要でした」
「必要だったのはこちらです。あなたが引き受けたことは、私の判断を正しくしません」
彼は正当化しなかった。結果が良ければ、差し出し方まで正しかったことにしない。
「青の間でも、私は動きませんでした。場を乱せば外交上の問題になると考えた。あなたが最後まで場を守る人だと知っていて、その人へ場を預けました」
「止めていただきたかったのか、自分でも分かりません」
「分からないことを、私が許された理由にはできません」
謝る人が、自分の気持ちの答えまで求めない。レオナールの手紙とは違う場所で、同じ夜への謝罪を受け取った。
セシリアは窓辺へ歩いた。冬の庭には、人の通らない小道が白く残っている。
「ルヴェル卿。わたくしは、働くことが嫌いなのではありません」
「はい」
「人のお役に立てれば、安心します。必要だと言われる場所があれば、そこへ行けばよいと分かりますから」
声にするほど、言葉の下にあるものが見えてくる。
「何もできない時に、そばにいる理由がなくなることが怖いのです」
アドリアンは慰めを挟まない。
セシリアは自分で続きを選んだ。
「役に立たない日は、誰にも会いたくありません」
「では、会わない日を守ります」
「それで、よろしいのですか」
「会わない日に、あなたが私をどう思うかまで決める権利はありません。次に会うと決められた時、私はうれしい。それだけです」
彼は席次案をまとめ、明日の日付を書いた紙帯で留めた。今夜の仕事を増やさず、持ち帰りもしない。
「馬車をお呼びします。同行は必要ですか」
「一人で帰れます」
「承知しました」
外交院を出る時、セシリアの手にあるのはレオナールの謝罪文だけだった。席次案も、アドリアンの不安も、マリアンヌの期待も持っていない。
夜気は冷たく、馬車の座席は静かだった。誰かの次の言葉を考える必要がない。
今夜、私は誰の機嫌も持ち帰らない。




