第六話 八年分を数える夜
王家からの書状は、レオナール自身の説明を求めていた。
冬至夜会の主催役を、王立外交院へ移す。グレイヴ公爵は招待客として遇するが、席次と進行には関与させない。その決定に異議があるなら、前回の南国使節との会話について、公爵本人の言葉で説明するように。
妻へ名簿を返せと書いた時と同じ机で、レオナールは書状を三度読んだ。
南国使節へ何を言ったかは覚えている。港一つ決めるのに春までかかる、と。使節は最後まで青の間に残り、帰国後には交易案を送ってきた。問題になどなっていないと思っていた。
王家の書状には、使節の報告が添えられている。
公爵は我々との対話を冗長と評した。公爵夫人が、春まで語る価値のある港という意味だと説明したため、協議を続行した。
同じ会話の記録とは思えなかった。
レオナールは返信の便箋を出す。率直な意見が誤解されたこと、交易を妨げる意図はなかったこと、使節も最後には理解したことを書く。
二行目で筆が止まる。
使節が理解したのは、レオナールの言葉ではない。セシリアがその場で別の意味を与えたからだ。
今度は、彼女がいない。
誠意を示したいと書けば、これまでの無礼は不誠実だったと認めることになる。率直だったと書けば、相手の時間を侮った事実が残る。意図はなかったと書いても、受け取られた言葉までは消えない。
作られた礼儀など不要だと言ったのは自分だ。王家はその言葉どおり、レオナール自身に説明させようとしている。
便箋は白いままだった。
夕暮れ前、レオナールは青の間へ入った。
リヴィアが去ってから、扉は閉じられている。卓も椅子も片づけさせずにいた。次こそ名簿が戻り、以前の夜会を開けると考えていたからだ。
二十脚の椅子。黒真珠を収めた小箱。象牙の休符札。セシリアが返した物だけが、決められた場所へきちんと残っている。
客の秘密を記した名簿はない。
書斎から運ばせた箱を、長卓の中央へ置いた。公爵家の名で発送された手紙の控え、過去八年分。家令は、セシリアが作成したものだと説明した。
レオナールは最初の束を解く。
一年前、ハルベルク侯爵の長男が戦死した時の弔問状。署名はレオナールだ。本文はセシリアの字で、余白に細い書き込みがある。
武勲に触れないこと。侯爵は息子を軍人として送り出したが、父として悼む時間を望んでいる。
レオナールは武勲を誇りにすべきだと考えていた。先日の夜会でも、同じことを口にしかけた。
二通目は、若い伯爵夫人の母が亡くなった時のもの。三通目は、商務卿の弟。四通目は、マリアンヌの友人が流産した時。相手が公にしていない事情には触れず、けれど知っていると伝わる言葉が選ばれている。
控えの端には、発送日と返書の有無。返事がなければ次の夜会では声をかけず、相手が自分から話すのを待つ、と記されていた。
レオナールは束を数え始めた。
十通。二十一通。三十六通。
四十三通。
すべてに自分の署名がある。自分で本文を書いた記憶は一度もない。セシリアが下書きを持ってくれば目を通し、長すぎる箇所を削り、署名した。それで自分が礼を尽くしたことになると思っていた。
次の箱には席次案が入っている。
同じ卓の左右に置かれた二つの名前が、細い線で結ばれていた。敵対する派閥、訴訟中の家、婚約を終えた男女。線の中央には、二人が共通して守りたい相手や事業が一つだけ書かれている。
和解させるとは記されていない。
顔を潰さず断れる話題。途中で席を外すための理由。帰りの馬車を別の門へ回す時刻。
セシリアは敵を味方に変えていたのではなかった。互いを嫌ったままでも、次に会える余地を残していた。
一つ目は、北部の水利権。二つ目は、音楽院の寄付。五つ目は、王太后の侍医をめぐる争い。十一、十二、十三。
十七組。
そのうち五組は、現在も親しい間柄ではない。それでも公爵家から招待が届けば、同じ部屋へ入る程度の信用を保っていた。
レオナールが、自分の人望だと思っていたものだった。
「お兄様」
マリアンヌが扉の前に立っている。青の間へ足を入れず、兄の許しを待っていた。
以前なら、彼女はセシリアを呼んだだろう。兄が難しい顔をしている、客からの手紙が多い、話を聞いてやってほしい。妹も妻をそう使っていたのだと、今は分かる。
「入れ、マリアンヌ」
彼女は長卓へ近づき、積まれた手紙を見た。
「王家から、冬至夜会の招待状が届きました」
「主催役が変わったことなら知っている」
「顧問として、セシリア様のお名前がございました」
紙をめくっていた指が止まる。
妻は夜会を捨てたのではない。グレイヴ家のために無償で開くことをやめ、自分の名と契約で引き受けた。
「あれは、昔からこういうことが得意だった」
言い終えると、その言葉の空虚さが部屋に残った。得意だと知りながら、仕事として名を与えたことはない。礼を言った回数すら思い出せない。
マリアンヌが黒真珠の小箱を開ける。内側には婚礼の日付が刻まれていた。
「お兄様は、セシリア様の誕生日を覚えていらっしゃるのですか」
答えようとして、月が出てこなかった。
春だった気がする。いや、青の間へ白い花を飾った頃に祝いをしたことがある。あれは王太后の誕辰だった。
「お前は知っているのか」
「十一月の六日です。毎年、わたくしが冬の衣装を選ぶ頃でした」
十一月六日。冬至夜会より前。レオナールは過去の予定を探った。その日に何を贈ったか。どこで食事をしたか。
何も出てこない。
「セシリア様は、お兄様のお誕生日には毎年、領地から最初の葡萄酒を取り寄せていらしたわ」
「それは家の習慣だ」
「先代の頃に、その習慣は途絶えていました。セシリア様が、お兄様のために蔵元を探し直したのです」
レオナールは知らなかった。
知らないまま、毎年最初の杯を飲んでいた。妻が用意した客に祝われ、妻が選んだ料理を食べ、妻が戻した習慣を公爵家の伝統だと思って受け取った。
記録箱の底に、私的な晩餐の予定札が九枚ある。どれも二人分。日付の横には、レオナールの帰宅が遅れるとの伝言が添えられている。
一枚目は結婚二年目。北部から戻った将軍と飲んだ夜だ。二枚目は議会のあと、仲間とカードをした。三枚目は、理由を思い出せない。
四枚目。五枚目。
七枚目は、リヴィアと初めて長く話した音楽会の夜。
九枚目は、真実の愛を宣言した夜だった。
食事を待つ妻へ、遅くなると知らせた。それで礼は尽くしたつもりだった。翌朝になれば、セシリアは普段どおり朝食の席にいる。責めなかった。予定札は片づけられ、次の客の名前が卓上に並んでいた。
文句を言わない人は、傷つかない人ではない。
その当然のことを、レオナールは三十三年生きて初めて自分へ向けた。
「弔問状は四十三通、仲裁した席は十七、私が遅れた食事は九度。すべて、あの人が黙って整えていた」
声にすると、数が減るどころか重くなった。
四十三通の向こうには四十三の喪失がある。十七組には三十四人の体面があった。九度の食事では、セシリアが一人で二人分の皿を下げさせた。
自分は、その時間を一度も支払っていない。
妻だから。公爵夫人だから。得意だから。何も言わないから。
どの理由も、受け取り続ける側がつけた名だった。
「マリアンヌ、私は、セシリアが何を好きだったか知らない」
妹は慰めなかった。
「ええ」
それだけ言い、青の間を出ていく。
夜が深くなってから、レオナールは新しい便箋を一枚出した。公爵家の紋章が入っていない、白い紙を選ぶ。
セシリアへ。
名簿を戻せと命じたこと。リヴィアを愛する自分が誠実だと信じ、妻の仕事だけは残ると思っていたこと。四十三通の手紙を自分の礼だと思い、十七の席を自分の人望だと思い、九度待たせても次の朝があると考えていたこと。
一つずつ書いた。
謝罪のあとへ、戻ってきてほしいと続けかけた。筆先が紙に触れる前に、手を離す。
謝ることと、返してもらうことを同じ文に置けば、また彼女の時間を要求する。
書き上げた手紙は封じなかった。届ける資格があるかを、まだ自分では決められない。
二十脚の椅子へ、窓から月の光が落ちている。空席の数は、もう問題ではなかった。
来なかったのは客ではない。彼女が私へ向けていた明日だった。




