第三話 公爵の客は誰だったのか
青の間には、料理が二十人分並んでいた。
席に着いた客は七人。残る席札の前では、葡萄酒だけが灯りを映している。
レオナールは暖炉の時計を見た。開始から四半刻。王都の馬車が多少遅れることはあるが、十三人が同じ夜に道を違えるはずはない。
「楽団を始めさせろ」
家令が一礼した。弦楽器の音が広い部屋を満たす。前回と同じ楽師、同じ曲、同じ料理人。公爵家の青い燭台も、花器に挿した冬薔薇も変えていない。
違うのは女主人だけだった。
リヴィアには珊瑚色が似合う。今夜も同じ色のドレスを選び、レオナールの隣で客へ笑いかけていた。セシリアの黒い衣装より、ずっと華やかだ。人が足を運ぶ場に必要なのは、こうした明るさのはずだった。
「レオナール、ハルベルク侯爵様は遅れているのかしら」
「欠席だ」
「先日の夜会にはいらしたでしょう」
「領地の都合だろう」
欠席状には、冬の領地へ戻るとあった。それだけなら珍しくない。末尾の一文が、レオナールには余分に思えた。
公爵夫人が息子の思い出を語らずに済む席を整えてくださったこと、生涯忘れません。
妻の名は書かれていない。だが、先日の夜会で侯爵の隣に植物好きの老子爵を置いたのはセシリアだった。二人が蘭の話を続けていたことも覚えている。
レオナールが声をかければ、侯爵は戦で死んだ息子の武勲を語れただろう。隠すより、誇りにすべき話だ。セシリアは何でも遠回しにする。
「お兄様、ミュゼン伯爵夫人とロート子爵を、なぜ向かいへ」
マリアンヌが卓の下で扇を閉じた。
「どちらも音楽院の後援者だ。話が合う」
「あのお二人は以前」
「十年も前の話だろう」
伯爵夫人は席札を見たまま座ろうとしなかった。向かいの子爵も、差し出された椅子へ手を置かない。給仕が二人分の皿を運んできたところで、夫人が帰りの馬車を命じた。
「体調が優れないなら、休憩室を使えばいい」
「結構でございます、公爵閣下。前回、わたくしは庭から帰ることができました。今夜は、正面から失礼いたします」
彼女はリヴィアへ礼をし、レオナールには目を向けずに出ていった。子爵も別の扉から退出する。
楽団の曲だけが止まらない。
二人を同じ卓へ置いたことで、何が損なわれるというのか。古い婚約のことを知る者は多い。隠したところで事実は変わらない。
残った五人のうち、老子爵が席を立った。
「侯爵のいない蘭の話は、春にいたしましょう」
「食事もまだだ」
「次はラセル夫人からお声がかかりましたら」
セシリアの生家の姓を、老子爵はもう知っていた。離縁は承認待ちで、正式にはまだ公爵夫人である。それなのに、客は彼女が戻らないことを決まった事実として扱っている。
レオナールは家令へ音楽を止めるよう命じた。楽師たちは曲の途中で弓を下ろし、互いの顔を見る。白い休符札がないため、誰も止める時を知らなかったらしい。
「今夜はこれまでとする」
客は安堵を隠さず席を立った。リヴィアが用意した薔薇を褒める者はいたが、次の開催日を尋ねる者はいない。
最後の馬車が出ると、長卓には手をつけられていない皿が並んでいた。
「名簿が間違っていた」
レオナールは家令へ言った。
「書斎の一覧は官職順でございます。先代から公的な祝宴に使用してきたものです」
「なら、招待の出し方が悪い」
「公爵家の印を用い、閣下のお名前でお出ししました」
何も間違っていない。場所も料理も、差出人の爵位も同じだ。それでも客は来なかった。
マリアンヌが、欠席状の束をレオナールの前へ置く。
侯爵夫人は、父の喪に青の間で舞曲を外してもらった礼を書いていた。商務卿は、政敵と同席する前に互いの条件を別々に聞いてくれたことへ感謝している。南国の使節は、前回の言葉を春の港への敬意として受け取ったと記していた。
どの手紙にも、公爵家の繁栄を願う決まり文句はある。その前には必ず、セシリアがしてくれた何かが書かれていた。
「この方たちは、あなたに会いに来ていたのではないのですか」
リヴィアの声は、普段より低かった。
「私の屋敷へ、私の招待で来ていた」
「今夜も、そうでしたわ」
「だから名簿が必要なんだ。事情さえ分かれば、席は作れる」
セシリアが意地を張り、必要な情報を持ち出した。そのための失敗だ。彼女が名簿を返せば、次は同じ席を作れる。謝礼なら払ってもよい。離縁後まで妻へ頼るつもりはない。公爵家に属していた知識を、公爵家へ戻させるだけだ。それが、彼の考える筋だった。
レオナールは書斎へ移り、便箋を引き寄せた。長い説明はいらない。妻は簡潔な指示を好んだはずだ。
「セシリアへ。木曜までに名簿を戻せ」
読み返す必要はなかった。公爵家の封蝋を押し、早馬でラセル邸へ届けさせる。
翌日の夕刻、同じ封筒が戻ってきた。
開封の跡はない。ラセル家の従僕が、公爵家の使者へそのまま返したという。受け取りの署名も、断りの言葉も添えられていなかった。
返送された封筒には、妻の封蝋さえなかった。




