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私のいない夜会で、どうぞ『真実の愛』をご披露ください  作者: 九葉(くずは)


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第二話 夜会を閉じる朝

朝の青の間には、昨夜の匂いだけが残っていた。


蝋燭は抜かれ、卓布も運び出されている。磨かれた床に冬の光が細く差し、二十人分の席札が置かれていた跡を照らしていた。客の名はない。給仕が片づける前に、セシリアがすべて自分の書箱へ収めたからだ。


暖炉の前には小さな机が用意されている。離縁の書面と、返却品を記す紙。レオナールはすでに署名を済ませ、窓辺で立っていた。


「条件は読んだか」


「はい」


婚姻前の財産は双方へ戻す。セシリアには一年分の生活費に当たる金額を渡し、昨日の宣言によって生じる風聞について公爵家は彼女へ責任を問わない。離縁は王家の承認を待って成立する。


不足はなかった。八年を埋め合わせる文言など、初めから求めていない。


セシリアは署名欄へ、まだ使うことのできる公爵家の姓を書いた。筆を置き、耳から黒真珠を外す。小箱の窪みに二粒を収めると、鏡の中の顔だけが残った。八年を過ごした鏡の前で、初めて自分の耳の形を見た気がした。


黒真珠は婚礼の朝、大公爵家の女主人が身につけるものとして渡された。似合う色を尋ねられた記憶はない。昨夜までは、そのことを不思議とも感じなかった。


次に、楽団の休符札を机へ置く。薄い象牙の表面には、長く指を添えてきたため、右下だけ光沢があった。


「それは備品だな」


「はい。ですから、お返しいたします」


白紙の招待状は返却品へ含めなかった。紙代はセシリアの婚姻前財産から出している。何より、まだ誰の名も書かれていない紙だった。


レオナールが書面を引き寄せ、署名を確かめる。


「昨夜の返事を聞こう。リヴィアへ渡す名簿はどこだ」


セシリアは机の端を見た。そこには昨夜まで、次回の招待候補を記す薄青い紙束が置かれていた。今朝は木目が見える。


「青の間の私的な夜会は、昨夜をもって終了いたしました」


「終了」


「来月の招待はいたしません。楽団と料理人にも、継続の依頼は出しておりません」


レオナールは書面から手を離した。


「離縁まで夜会をやめるとは言っていない。あの場は公爵家に必要だ」


必要だという言葉を、彼は初めて使った。必要なのが妻か、夜会かを言い分けるつもりはないらしい。


「公務として開かれる祝宴には、家令が管理する名簿がございます。昨夜までの集まりは、わたくしが個人としてお招きした方だけの場でした」


「同じ客だろう」


「同じお名前でも、お預かりした事情が違います」


机の引き出しにあった名簿には、肩書と住所だけを書いた紙もある。けれど、セシリアの書箱に収めたものは別だ。母親の喪が明けるまで舞曲を避けたい人。夫の病をまだ公にしていない人。十年前の婚約破棄を、今も同じ部屋で語れない人。謝りたいが、最初の一言を見つけられない人。


それらは公爵家へ告げられた秘密ではない。セシリアなら席へ変えられると信じ、渡されたものだった。


「名簿を持ち出すのか」


「個人的なお手紙とともに、生家へ運びます。お名前と官職だけの公的な一覧は書斎に残しております」


「セシリア、意地を張るな。リヴィアに同じことを一から覚えさせるつもりか」


一から覚える。その言い方で、夫は夜会が生まれつきの愛嬌だけでは作れないと認めていた。昨夜は飾りと呼んだものを、今朝は引き継ぐべき知識として求めている。


セシリアは休符札の箱を閉じた。


「次の夜会は、お二人でお開きください。どなたをお招きするかも、お二人でお決めになることです」


「離縁しても、君まで公爵家の信用を捨てる必要はない」


「それは公爵家の信用ではなく、私がお預かりしていたご縁です」


口にすると、部屋が少し広くなった。


夫を困らせたいわけではない。客が来なくなることを望んでもいない。レオナールが自分の言葉で招き、相手が応じるなら、それは彼らの新しい関係になる。


セシリアはもう、その返事を整えない。


「君は公爵家の名で八年も恩恵を受けた」


「承知しております。その八年分の公務は、離縁成立の日まで務めます」


「私的なことだけを切り分けられると思うのか」


「今朝、あなたが離縁の書面を用意してくださいました」


レオナールの眉が動いた。夫婦を切り分ける書面を差し出した人が、妻の私的な献身だけは境目を越えて残ると思っている。


扉の外で衣擦れがした。マリアンヌが入室の許しを待っている。昨夜、言えなかったことがあるのだろう。


「お入りください、マリアンヌ様」


扉を開けたマリアンヌは、机上の黒真珠を見て足を止めた。


「お義姉様、本当にお帰りになるのですか」


「離縁の承認までは別邸でもよいそうですが、生家が部屋を用意してくれました」


「青の間は」


問いの先は兄と同じだった。マリアンヌは言葉を飲み込み、代わりに休符札へ指を伸ばしかける。触れる前に手を下ろした。


「……昨夜、何も申し上げられなくて、ごめんなさい」


「マリアンヌ様が宣言なさったことではありません」


許すとも、気にしないとも言わなかった。沈黙した人の痛みまで、セシリアが軽く整えてしまえば、昨夜までと同じになる。


馬車へ積む荷は驚くほど少なかった。衣装箱が二つ、婚姻前から使っていた書箱、冬物の外套。八年暮らした部屋には、公爵家の色に合わせた物が多く、持ち帰りたい品はほとんどない。


玄関広間へ下りると、アドリアンが訪問を告げて待っていた。昨夜と同じ濃紺の上着だが、目元には眠らなかった人の影がある。


「ルヴェル卿。レオナールでしたら青の間に」


「グレイヴ公爵には公務の書状を届けました。今日は、セシリア様にお話があります」


彼はマリアンヌにもレオナールにも聞こえる場所で、そう区切った。公爵家への用件に妻を付け足したのではない。


「お時間をいただけますか」


セシリアは馬車の扉と玄関の時計を見た。予定なら空いている。空いた時間を見つけると、別の用事で埋める癖があった。


「短いお話でしたら」


アドリアンが差し出した封筒には、王立外交院の印があった。


「冬至に、隣国との停戦十年を記念する集まりが予定されています。昨夜までの席を見て、あなたへ相談したいと考えました」


「昨夜のうちに、ですか」


「いいえ。以前からです。昨夜、申し上げるべき時ではないと判断しました」


彼の視線が、セシリアの耳に一瞬だけ留まる。黒真珠がなくなった跡には何もない。褒める品も、尋ねる資格もないと決めたらしく、すぐ封筒へ戻った。


中には三枚の紙が入っていた。有償の顧問として席案だけを出す契約。外交院と共同で会を主催する契約。すべてを辞退し、今後の打診も不要とする回答書。三枚目にも、最初の二枚と同じ上質な紙が使われている。


「わたくしの事情をご存じで、このお話を」


「急がせる意図はありませんでした」


アドリアンは封筒を持つ手を下げた。


「申し訳ない。あなたが疲れていると分かりながら、私は次に必要とする場所を示せばよいと考えました。これを受け取らない選択も含めるべきでした」


彼は封筒を引いた。提案を断るための紙さえ、今のセシリアには重いと認めたのだ。


「書類はお預かりします」


「お返事の期限は設けません」


「外交院の予定がおありでしょう」


「別の方法を探すのは、こちらの仕事です」


アドリアンは三枚の順番を入れ替えた。辞退の回答書を一番上へ置く。


「引き受けることも、断ることも、後で決めることも、同じ価値があります」


必要だと言いながら、選ばれない可能性を残す人がいる。


セシリアは封筒を受け取った。返事はしなかった。


生家のラセル邸は、公爵邸から馬車で半刻ほどの場所にある。かつての自室は客間へ変わっていたが、庭に面した小さな部屋が用意されていた。壁紙の色も、寝台の位置も、セシリアが選んだものではない。それでも机には、公爵家の印がない予定表が一冊置かれている。


今日の日付には、離縁書面への署名、移動、荷解きと並んでいた。明日から先は白い。


アドリアンの封筒を机の引き出しへ収める。返事を書かなくてもよい封筒を受け取ったのは、これが初めてだった。


何をしたいかは、まだ分からない。どんな色の耳飾りが好きだったかも思い出せなかった。


セシリアは白紙の欄へ筆先を置いた。誰かの喪も、夫の予定も、客の機嫌も書かない。


予定表の空白に、セシリアは初めて「休む」と書いた。

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