第79章 嬉しい訪問者
昼時の王宮の職員食堂。
ウィルが食事を取っていると、向かいから声をかけられた。
「ここ、いいかい?」
顔を上げると、盆を手にしたオスカーが立っていた。
「あぁ」
ウィルが短く答えると、オスカーは向かいの席へ腰を下ろした。
オスカーは男爵家の出身で、現在は王宮の財務関係の部署に勤めている。
幼い頃、王家が同年代の子どもたちを集めて行っていた勉強会で知り合って以来の友人だった。
栗色の髪と瞳に、少しふっくらとした体格。柔らかな顔立ちをしている。
性格はウィルとはずいぶん違うが、昔から何故か気が合った。
王宮内で顔を合わせれば、こうして一緒に食事を取ることも珍しくない。
しばらく黙って食事をしていたが、オスカーがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、ウィル殿下」
「何だ?」
「今度、久しぶりにセリーヌと一緒に屋敷へお邪魔してもいいかな?」
ウィルは手を止め、オスカーを見る。
「あぁ。別に構わない」
「来年、セリーヌと結婚することが決まったんだ。だから、その挨拶も兼ねて伺おうと思ってさ。最近は、なかなかゆっくり話す機会もなかっただろう?」
「そうだったな。おめでとう」
「ありがとう」
オスカーは嬉しそうに笑った。
それから、少し間を置いて付け加える。
「それと、セリーヌが、ぜひアリス王女にもお会いしたいと言っているんだけど、どうかな?」
ウィルは一瞬黙った。
そして、向かいに座る友人をじっと見る。
「……お前、セリーヌに頼まれたのだろう?」
オスカーが吹き出した。
「ハハ、分かったかい?」
「まあな」
「『ウィル殿下に聞いてみて』と言われたよ」
やはりそうかと、ウィルは息を吐く。
オスカーはそんな様子を見て、苦笑した。
「でも、僕も一度お会いしてみたかったんだよ」
「まあ、アリスが良ければな」
「ありがとう」
オスカーは頷いてから、少しだけ笑った。
「アリス様が困るような質問はしないよう、セリーヌには言っておくよ」
「あぁ。期待せずにおく」
「そこまで言うかい?」
「お前も分かっているだろう」
オスカーは否定せず、肩をすくめた。
「……まあね」
――――――――――――
その日の夜。
ウィルから話を聞いたアリスは、目を瞬かせた。
「セリーヌ様と、その婚約者の方が?」
「あぁ。オスカーだ。セリーヌもそうだが、昔からの知り合いだ」
「オスカー様……」
初めて聞く名だ。
「来年、結婚することが決まったらしい。挨拶がてら、二人ともアリスにも会ってみたいそうだ」
「私に……ですか?」
「あぁ」
アリスは少しだけ首を傾げた。
セリーヌとは、ゼリアでの誕生祭で一度顔を合わせただけだった。
その時は、ウィルの新たな婚約者なのだと思い込んでいた。
そのセリーヌと婚約者が、自分に会いたいと言っている。
――どうしてかしら? でも、昔のウィル様のことを聞けるかもしれない。
「……ご結婚のご挨拶ということであれば、お祝いをご用意したほうがいいですよね」
「いや、必要ない。話に来るだけだ」
アリスはウィルを見上げる。
「でも、私にも会いに来てくださるので……何かお祝いをしたいです」
「そうか」
「はい」
ウィルは内心で息を吐く。
――二人が来る、とだけ言えばよかったか。無理をしなければいいが……。
「あの……何がいいでしょうか?」
アリスがウィルの袖をほんの少し引っ張る。
「アリスが贈りたいと思うものでいい」
「はい」
アリスは嬉しそうに頷いた。
そして翌日から、二枚のティーマットを作り始めた。
同じ布地を使い、一枚は赤の刺繍糸で、もう一枚は青の刺繍糸で薔薇の刺繍を施すことにした。
――セリーヌ様には、薔薇がお似合いになるわ。
アリスは赤い糸を選びながら考える。
――オスカー様は、どんな方なのかしら。
――――――――――――
訪問当日の朝。
厨房には、甘い香りが漂っていた。
「これくらいでどうでしょうか?」
「はい。そのくらいで大丈夫ですよ」
バラクに教えてもらいながら、アリスはボウルの中身を丁寧に混ぜていた。
今日は、セリーヌとオスカーが屋敷を訪ねてくる日だ。
ティーマットは昨日完成した。
今朝、客人に出すための苺のショートケーキをバラクが作ろうとしているのを見て、自分に作らせてもらえないかとお願いした。
朝からそわそわと落ち着かなくて、何かをしていたかった。
甘い香りとアリスの声に誘われて厨房を覗いたウィルは、その光景を見て足を止めた。
「……ケーキを作っているのか」
アリスが振り返った。
「はい」
「バラクに任せてもよかっただろう」
「その方が上手にできるのでしょうけれど……」
アリスは困ったように笑う。
「その……お料理をしていると、少し落ち着くんです」
ウィルはアリスをじっと見る。
「負担にはなっていないか?」
「いえ。緊張はしていますけれど、楽しみにしていました」
その言葉を聞いて、ウィルは頷いた。
「ならいい」
アリスは再びボウルへ向き直り、バラクに教わったとおりに混ぜ始めた。
――――――――――――
午後。
屋敷の前へ、一台の馬車が到着した。
玄関でウィルと共に待っていたアリスは、緊張した面持ちで扉の向こうを見る。
最初に姿を現したのは、セリーヌだった。
以前と変わらず、目を引くほど華やかで美しい。
その後ろから、一人の男性が降りてくる。
少しふっくらとした体格に、優しげな顔立ち。
柔らかな笑みを浮かべていて、どこか話しかけやすそうな雰囲気を持っている。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます。ウィル殿下、アリス王女」
セリーヌが丁寧に礼を取った。
男性も一歩前へ出て、頭を下げる。
「初めまして。オスカーと申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、お越しいただきありがとうございます」
アリスも頭を下げる。
「あぁ、よく来たな」
ウィルは短く返した。
「こちら、よろしければ皆様で召し上がってください」
セリーヌが包みを差し出す。
「城下町で最近人気のお店のお菓子なんです。私も気に入っていて、よく買いに行くんですよ」
「まあ、そうなのですか?」
アリスは嬉しそうに包みを受け取った。
「ありがとうございます。私、お菓子が好きなので、いただくのが楽しみです」
「本当に美味しいので、きっと気に入っていただけると思います」
すると、クララが後ろから声をかけた。
「アリス様、お預かりいたします」
「お願いします」
アリスはクララへその包みを渡した。




