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第80章 昔なじみは遠慮を知らない


応接間へ移ると、ほどなくして紅茶が運ばれてきた。


席についたところで、アリスはセリーヌとオスカーへ向き直る。


「ご結婚が決まったそうで、おめでとうございます」


「ありがとうございます」


セリーヌが微笑む。


オスカーも嬉しそうに頭を下げた。


「アリス様も、婚姻式の日取りが決まったそうですね。おめでとうございます」


「ありがとうございます。あの、それで……少しなのですけれど」


アリスは用意していた包みを二人の前へ差し出した。


「ご結婚のお祝いにと思って。もしよろしければ……その、手作りですので大した品ではないのですが」


「私たちに? 開けてもよろしいですか?」


アリスが頷くと、セリーヌが包みを開く。


中から現れたのは、二枚のティーマットだった。


同じ布地に、一枚には赤い糸で、もう一枚には青い糸で薔薇が丁寧に刺繍されている。


「……アリス様が刺繍されたのですか?」


「ええ。手芸が好きなんです……」


オスカーも一枚を手に取る。


「僕の分までご用意くださったのですね」


「お二人へのお祝いですから」


「ありがとうございます。嬉しいです」


オスカーの顔がほころぶ。


セリーヌも改めて刺繍を眺めた。


「とても素敵です。大切に使わせていただきますね」


その言葉に、アリスはほっとした表情を浮かべた。


そこへ、クララが切り分けた苺のショートケーキを運んでくる。


「どうぞ。こちらは、アリス様が今朝お作りになったものです」


それぞれの前へ皿が置かれた。


「こちらも、アリス様が?」


「はい。今朝、料理人の方に教えていただきながら作ったんです」


アリスは、はにかむような笑みを浮かべる。


「あの、どうぞ召し上がってください」


セリーヌが一口食べ、目を細めた。


「美味しいわ」


「本当だね」


オスカーも頷いた。


二人の反応に安堵し、アリスもケーキを口に運ぶ。


セリーヌは、そんなアリスを見つめた。


遠慮がちで、どこか可愛らしい。


誰かのためなら自然と手間を惜しまないのに、それを特別なことだと思っている様子もない。


――こういうところなのかしら? アリス様に惹かれたのは。


少しだけ、分かった気がした。


セリーヌはちらりとウィルを見る。


ウィルは何も言わず、ケーキを口に運び、紅茶を飲んでいる。


――なるほどね。


放っておいたら、きっと頑張りすぎてしまう。


これは、過保護になるはずだわ。


しばらくして、アリスが二人へ尋ねた。


「あの、ウィル様から、お二人とは昔からのお知り合いだと伺ったのですが」


「はい」


オスカーは頷いた。


「王宮で勉強会が開かれることがありまして。毎回同じ顔ぶれというわけではありませんでしたが、僕もセリーヌもよく参加していたんです」


「三人で一緒に学ばれることもあったのですか?」


「ええ。ですから、子供の頃からの付き合いになりますね」


アリスは驚いたようにウィルを見る。


「小さな頃からのお知り合いだったのですね」


すると、セリーヌが呆れたように笑った。


「ウィル殿下は言葉が足りないんですよ」


「昔からの知り合いだ。間違ってはいない」


ウィルはやや憮然とした表情を浮かべる。


「ほら、そういうところです」


アリスは二人のやり取りに笑みをこぼした。


ウィルには、こうして昔から気兼ねなく話せる友人がいる。


今まで知らなかった一面を見られたようで、嬉しかった。


「子供の頃から、ウィル様は今と変わらなかったのですか?」


アリスが尋ねると、セリーヌが楽しそうに答える。


「ええ。あまり変わっていませんね」


「そうなのですか?」


「必要なことしか話さないところとか」


ウィルがセリーヌを軽く睨む。


「本当のことでしょう? それに、アリス様は昔の殿下に興味がおありみたいですよ」


セリーヌはまったく気にした様子もなく、アリスへ顔を向けた。


アリスは控えめに頷いた。


「あの……はい」


「アリス」


今度はウィルがアリスを見る。


「でも……子供の頃のウィル様のお話、聞いてみたいです」


アリスはそう言いながら、遠慮がちにウィルの様子を窺う。


「何も面白い話はないぞ」


オスカーが可笑しそうに口を開いた。


「ウィル殿下、諦めた方がいいんじゃないかな」


「お前まで何を言っている」


セリーヌとオスカーが顔を見合わせて笑う。


アリスも思わず笑みをこぼした。


ウィルだけはどこか諦めたようにため息をついた。


やがて、話は互いの婚姻のことへ移った。


セリーヌが紅茶のカップを置く。


「そういえば、アリス様」


「はい?」


「婚姻式は三か月後なのですよね」


「はい」


それだけで、アリスの頬がほんのり赤くなる。


セリーヌは、その変化を見逃さなかった。


「アリス様は、ウィル殿下のどこがお好きなのですか?」


「……え?」


アリスの動きが止まった。


みるみるうちに頬が赤くなっていく。


ウィルがすぐにセリーヌを鋭く見る。


「何です? 私はアリス様に伺っているのですけれど」


セリーヌが涼しい顔で返す。


オスカーは困ったように笑った。


「セリーヌ、その質問はちょっと」


「あら。困らせるようなことは聞いていないでしょう?」


「まあ、そうだけど……そうなのかな?」


アリスはしばらく視線を彷徨わせていた。


けれど、聞かれた以上、きちんと答えようと思ったらしい。


「……お優しいところ、です」


恥ずかしそうに答える。


「まあ」


セリーヌの顔に楽しそうな表情が浮かぶ。


「ほかには?」


「え? ……その」


アリスはますます赤くなりながらも、真剣に考え始めた。


ウィルは息を吐く。


「私の話を、飽きずに聞いてくださいます」


「ええ」


「困っていると、何も言わなくても気づいてくださることが多くて……」


「まあ。それから?」


「セリーヌ」


ウィルが低い声で名前を呼んだ。


「ウィル殿下は黙っていてください」


「……」


オスカーが堪えきれず、吹き出す。


けれど、アリスはまだ真剣に考えていた。


「お忙しくても、私のために時間を作ってくださいますし……」


「それに、いつも――」


そこまで言いかけたところで、アリスの声が止まった。


ようやく、自分が何を話しているのか気づいたらしい。


「あの……すみません。長くなってしまいました」


「いいえ」


セリーヌは笑いを堪えるように口元へ手を添えた。


「とてもよく分かりました」


ウィルは明らかに居心地の悪そうな顔をしている。


それがまた面白く、セリーヌの口元が緩む。


オスカーはそんな三人を眺めていた。


長い付き合いになるウィルが、これほど一人の女性を大切に思う日が来るとは、思ってもみなかった。


――本当によかった。


オスカーはしばらく、ウィルの横顔を見つめた。


――これで、少なくとも以前ほど無茶はできないだろうな。


「それで、アリス様」


セリーヌが再び口を開いた。


ウィルの眉間にしわが寄る。


「……まだ聞くのか?」


「もう一つくらい、よろしいでしょう?」


「よくない」


「ウィル殿下には聞いていません」


ウィルは返す言葉を失った。


アリスは二人を交互に見ながら、クスクスと笑っていた。


――――――――――――


楽しい時間は、あっという間に過ぎた。


帰る時刻になり、一同は玄関へ向かう。


「今日はありがとうございました」


セリーヌがアリスへ微笑んだ。


「こちらこそ。来ていただけて、とても嬉しかったです」


「私も楽しかったです」


セリーヌは一度言葉を切ると、少しだけ表情を柔らかくした。


「もしよろしければ、これからもぜひ仲良くさせていただけませんか」


アリスが目を丸くする。


「……本当ですか?」


思わず聞き返した声には、隠しようもなく喜びが滲んでいた。


「もちろんです」


「私も……ぜひ」


アリスの顔がぱっと明るくなる。


「また、いらしてくださったら嬉しいです」


「ええ。ぜひ伺わせてください」


その様子を、ウィルは黙って見ていた。


アリスがこれほど喜んでいるのなら、それは素直に嬉しい。


ただ――。


先ほどの会話を思い出す。


セリーヌに聞かれるまま、真っ赤になりながら自分のことを話していたアリス。


そして、昔から自分を知っているセリーヌ。


この二人が、これから親しくなる。


ウィルは何となく嫌な予感がした。


「では、また伺いますね。ウィル殿下」


セリーヌが楽しげに笑う。


「……あぁ」


返事がわずかに重くなる。


その横で、オスカーが笑いをこらえていた。


「何だ?」


「いや、別に」


ウィルはそんな友人を、じろりと睨んだ。

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