第78章 屋敷へ広がるアリスの色
二週間後。
アリスが自分の部屋へ向かうと、すでにテリーが見取り図を手に待っていた。
「テリーさん、今日はよろしくお願いします」
「えぇ、お任せくださいませ」
まず運び込まれたのは、新しい本棚だった。
テリーは以前から部屋に置かれていた本棚を示す。
「こちらの隣へお願いいたします」
二人の使用人が慎重に本棚を運び、指定された場所へ収めていく。
アリスは少し離れたところから、その様子を見守った。
新しい本棚は、以前からあるものに合わせて作ってもらっただけあって、木の色も高さもよく似ている。
「本当に、ぴったりですね」
「えぇ。ご希望どおりに仕上がったようで何よりでございます」
並べてしまえば、最初から二つあったように見えた。
その後、洋服ダンスも見取り図どおりの位置へ置かれ、机は予定していた小さな窓の前へ収められた。
紙の上で何度も考えた配置が、実際の部屋の中に少しずつ形になっていった。
そして最後に、鏡台が運び込まれる。
月と草花が彫り込まれた鏡台が壁際へ収まると、アリスは思わずそちらへ近づいた。
図案で見ていた時よりも、彫刻はずっと繊細に見える。
「……可愛い」
思わず声が漏れた。
テリーがアリスを見る。
「お気に召しましたか?」
「はい」
アリスは鏡台を眺めながら頷く。
「これが一番好きかもしれません。やっぱり、こちらにして良かったです」
「それは何よりでございます」
窓には、以前選んでおいた白地に淡い色の花々が散りばめられたカーテンも掛けられていた。
まだ椅子やソファーは届いていない。
先日クララに勧められた小さなテーブルもこれからだ。
それでも、部屋は以前とは随分違って見えた。
「随分、お部屋らしくなりました」
アリスは室内を見渡した。
「えぇ。大体、整ってまいりましたね」
テリーも部屋へ目を向ける。
「ほかにも必要なものがございましたら、お申し付けください。新しく用意してもよろしいですし、物置には今使っていない小さな棚などもございます」
「そうなんですか?」
「えぇ、一度、ご覧になりますか?」
「はい。ぜひ」
家具の搬入がひと段落したあと、アリスはテリーとともに物置へ向かった。
中には、今は使われていない小さな家具や調度品がいくつも収められている。
一つずつ眺めていると、アリスは小ぶりな木製の棚の前で足を止めた。
「あら、この棚……」
高さもそれほどなく、部屋に置いても邪魔にはならなそうだった。
「こちらでしたら、お部屋にも置きやすいかと存じます」
「そうですね。花瓶を置くのに良さそうです」
「花瓶でしたら、こちらにいくつかございますよ」
テリーに案内され、アリスは並べられた花瓶を見る。
大きさも形も様々だった。
その中から、庭園の花を飾るのにちょうど良さそうなものを一つ手に取る。
「こちらを使わせていただいても良いですか?」
「えぇ」
「ありがとうございます。自分のお部屋に、庭園のお花を飾ろうと思っていたんです」
「それはよろしいですね。旦那様はあまりお花にご興味がありませんので、屋敷では時折しか飾ることがございませんでしたから」
――そういえば、ウィル様はお花の名前を、あまりご存じなかったわ。でも、鈴蘭は覚えてくださったみたい。
アリスは、思わず口元を緩めた。
「ですが、アリス様はお花がお好きですし、玄関や応接間にも飾られてはいかがでしょう。花屋へ定期的に頼むこともできますよ」
「……私がお願いしても大丈夫なのでしょうか?」
「えぇ、もちろんでございます」
――だけど、私がお花を飾りたいのだから。
「あの……でしたら、私の方で代金をお払いしましょうか?」
テリーがきっぱりと言う。
「いえ。屋敷に飾るものでございますから、そちらは屋敷の費用からお出しします」
「そうなのですね……」
アリスは返事をしたものの、迷うようにテリーを見る。
「やっぱりウィル様に一度ご相談してからにしても良いですか?」
「それがよろしいでしょう」
テリーは目を細めて頷いた。
―――――――――――
その日の夕食。
「あの、ウィル様。一つご相談があるのですけど」
「あぁ」
「玄関や応接間に、お花を飾っても良いでしょうか?」
ウィルは手を止め、アリスを見る。
「花?」
「はい」
「あぁ、もちろん」
アリスはその言葉にほっとしてから、言いづらそうに続けた。
「……それで、あの、テリーさんが、お花屋さんへ定期的にお願いすることもできると教えてくださったんです。代金は屋敷の費用から出していただけるそうで……」
「そうか」
ウィルは頷いた。
これからは庭園だけでなく、屋敷の中にも花が増えるのだろう。
そう思いながら、向かいに座るアリスを見る。
「アリスは、本当に花が好きなんだな」
「はい。好きです……」
アリスは答えたものの、どこかまだ落ち着かない様子だった。
やがて、もう一度口を開く。
「あの、本当に良いのでしょうか? 私が好きで飾るものなのに、お金まで出していただいて」
そこでようやく、ウィルはアリスが何を気にしていたのかに気づいた。
「……そこを気にしていたのか」
アリスがコクンと頷く。
ウィルはわずかに苦笑する。
「この屋敷は、もうアリスの住まいでもある。欲しいと思うものがあれば、アリスの判断で購入してもらって構わない。テリーもそう言っていただろう?」
「でも……」
まだ戸惑いの残るアリスを見て、ウィルは続けた。
「もちろん、迷うことがあれば相談してくれていい」
「はい、そうします」
その言葉に、アリスはようやく安心したように表情を緩めた。
そして思い出したかのように口を開いた。
「それから、今日、お部屋に家具が届いたんです」
「そういえば、そうだったな」
アリスの顔に笑みがこぼれる。
「あの、食事のあと、見に来ていただけますか?」
「あぁ。分かった」
「ありがとうございます」
アリスはそう言って、再び食事の手を動かした。
―――――――――――
夕食のあと、ウィルとともに三階へ上がった。
アリスは自分の部屋の前で足を止めると、扉を開く。
「こちらです」
その声は、少し弾んでいた。
ウィルが中へ足を踏み入れ、室内を見渡す。
以前はほとんど何もなかった部屋に、木製の本棚が二つ並び、窓の近くには机が置かれている。
寝室へ続く扉を挟むように、洋服ダンスと鏡台。
「ウィル様、あの、こちらに」
アリスはウィルの腕を引き、鏡台の前まで連れてくる。
月と草花の彫刻。
――そういえば、月だったな。
以前、図案を見せてもらった時のことを思い出す。
「こちらの鏡台、実物の方がとても可愛いんです」
「そうか」
「机はあちらに置きました。明るい方が手芸もしやすいと思って」
「あぁ。使いやすそうだな」
アリスは次に部屋の中央を指す。
「それから、ここには先日一緒に選んだソファーを置く予定なんです」
「ここに?」
「はい。最初は壁際に置こうと思ったのですけれど、場所がなくて。リリスが真ん中に置いてみたらどうかと言ってくれたんです」
ウィルはその場所から、奥の暖炉へ視線を向けた。
かなり距離もある。
「いいんじゃないか」
「本当ですか?」
「あぁ」
アリスの顔がぱっと明るくなった。
「クララさんから、小さなテーブルもあった方が便利だと教えていただいたので、それもお願いすることにしました」
「随分、考えたんだな」
「はい。初めてだったので、クララさんとリリスにたくさん相談しましたけれど……」
照れたように笑う。
「でも、とても楽しかったです」
ウィルはどこか満足そうなアリスを見てから、改めて部屋へ視線を向けた。
これまでの屋敷は、どの部屋も使いやすさを優先したものばかりだった。
けれど今は、白地に花を散らしたカーテンや、草花の彫刻が施された家具が加わっている。
これまでの屋敷にはなかった雰囲気が生まれていた。
「あの……」
アリスが心配そうにウィルを見あげる。
「可愛すぎたでしょうか? その……今更なのですけど」
「いや」
ウィルは首を横に振り、わずかに笑みを浮かべた。
「ただ、アリスの部屋だとすぐ分かる」
「……?」
――そうなのかしら?
アリスは思わず首をかしげる。
その仕草を見て、ウィルは少しだけ目を細めた。
――自分では分からないものなのだな。
ウィルはもう一度、室内を見渡した。
「いいと思う」
アリスの表情がほっと緩んだ。
「それなら、良かったです」
そして、もう一度、自分で選んだ家具を見渡した。




