第77章 私の部屋の作り方
婚姻式の日取りが正式に決まってから、一週間ほどが過ぎた頃。
昼食を終えたアリスが客間へ戻ろうとしていると、廊下でテリーに声をかけられた。
「アリス様、よろしいでしょうか」
「はい」
「一年以上前にご注文いただいておりました家具ですが、二週間後に納入されることが決まりました」
「まぁ、家具が? 楽しみです」
思わず声が弾む。
鏡台や机、本棚、それに洋服ダンス。
ゼリアへ向かうことになる前に選んでいた家具だった。
「ですので、その前に家具を置かれる場所をお決めいただけますか?」
「置く場所……」
アリスは困ったように眉を下げた。
「あの……部屋の配置なんて考えたこともなくて。私にできるでしょうか?」
「まずは、クララに相談してみてはいかがでしょう」
「そうですね、クララさんに……」
それでも不安そうなアリスに、テリーは続ける。
「お部屋の見取り図もご用意しております。家具も同じ縮尺で紙型を作らせましたので、動かしながらお考えになれば分かりやすいかと」
「そんなものまで作ってくださったんですね」
アリスは目を丸くした。
「屋敷の者に、こういったものを作るのが得意な者がおりますので」
「ありがとうございます。とても助かります」
アリスは感謝の笑みを浮かべた。
―――――――――――
翌日。
アリスはクララとリリスと一緒に、まだ本棚が一つ置かれているだけの自分の部屋へ来ていた。
リリスが、テリーから受け取った見取り図と家具の紙型を台車の上へ広げる。
アリスは見取り図を覗き込んだあと、広い部屋を見渡した。
窓、本棚、暖炉しかなく、空いている壁も多い。
けれど、どこから手をつければいいのか分からない。
「えーと……あの、どこから考えたらいいのでしょうか?」
クララは笑みを浮かべた。
「アリス様ご自身が、どのようなお部屋なら過ごしやすいかを考えられるのが一番かと存じます」
「過ごしやすい……」
「そうですね。例えば、机や鏡台は日中に光が入る場所の方が使いやすいでしょうね」
「確かに、そうだわ……」
アリスは呟いてから、小さな窓の方を見た。
「机から考えてみようかしら」
「そうですね」
リリスが頷く。
見取り図へ目を落とし、机の紙型を小さな窓の近くへ置く。
それからアリスは実際の窓辺まで歩いていった。
窓から入る光を確かめ、机が置かれるであろう場所に立ってみる。
「ここでよいかしら?」
「はい。手芸をされる時間も多いので、そちらで良さそうですね」
「じゃあ、机は、ここで……」
横を見ると、今ある本棚も机からそれほど遠くない。
「あら。それなら、こちらの本棚も今の場所で良いかもしれないわ」
アリスは本棚の横へ視線を移す。
「では、新しい本棚も隣に並べるのはどうでしょう?」
リリスが見取り図の上で、もう一つの本棚の紙型を隣へ置く。
「そうね。その方が使いやすそう」
アリスは実際の壁と見取り図を見比べてから、クララを見る。
「クララさんは、どう思いますか?」
「私も、その方が収まりがよろしいと思いますよ。机から近いのも使いやすいでしょう」
「ふふ、では、机と本棚の場所はそこにします」
アリスは満足そうに頷いた。
次は鏡台だ。
アリスはバルコニーへ続く大きな窓と、反対側の壁を見比べる。
「鏡台は、この辺りかしら」
「そこなら、大きな窓からの光も入りますね」
リリスの言葉に、アリスは窓と壁をもう一度見比べる。
「よさそうだわ」
見取り図の上でも同じ位置へ紙型を置いた。
そして最後に、洋服ダンス。
アリスは首を傾げ、本棚のある側へ目を向ける。
本棚のすぐ隣に置く余裕はない。
けれど、その近くには廊下側の空いた壁がある。
「洋服ダンスも、この辺りに置いたら並びが綺麗かしら」
アリスは廊下側の壁を示した。
リリスもそちらを見る。
「はい。大きな家具が同じ側にあった方が、まとまりがよい気がします」
見取り図の上でも洋服ダンスを置いてみる。
そこで、クララが口を開いた。
「本棚も二つございますし、そちらへ洋服ダンスまで置かれますと、少し圧迫感があるような気がいたします」
「……そうですか?」
アリスはもう一度、廊下側の壁を見る。
今は何も置かれていないため広く見える。
けれど、本棚が二つ並び、その近くにさらに背の高い洋服ダンスまで置かれるところを想像してみる。
「確かに……重たい感じがするわ」
「本当ですね」
リリスも頷いた。
「では、こちらはどうかしら」
アリスは寝室へ続く扉の方を示した。
鏡台を置く予定の場所とは、扉を挟んで反対側。
リリスが見取り図の上でも洋服ダンスを移動させる。
鏡台と洋服ダンスで、寝室へ続く扉を挟む形になった。
「いいですね」
「えぇ。こちらの方がよろしいかと思います」
クララの言葉に、アリスはほっと口元を緩める。
「これで、大体決まりましたね」
リリスの言葉に、アリスは部屋を見渡す。
机、本棚、鏡台、洋服ダンス。
何もなかった部屋に、少しずつ家具の形が見えてくるようだった。
そこでクララが付け加える。
「アリス様。今はまだ届いておりませんが、ソファーを置く場所も考えておかれた方がよろしいかと」
「あ……そうでした」
先日、ウィルと一緒に城下町の家具店で選んだソファーだ。
けれど、改めて部屋を見渡し、見取り図を確認すると、壁側は家具や窓、扉でそれなりに埋まっている。
――壁にはもう、置き場所がないわ。どうしようかしら。
アリスの動きが止まった。
「うーん……」
その様子を見ていたリリスが声をかける。
「では、真ん中に置くのはいかがでしょうか?」
「真ん中?」
アリスが顔を上げる。
リリスは部屋の中央あたりを指し示した。
「はい。この辺りなら、置けるのではないでしょうか」
その場所から正面には暖炉がある。
暖炉からも十分に離れており、出入りの邪魔にもならない。
「真ん中……」
アリスは部屋の中央へ目を向けた。
「そういえば、お部屋の真ん中にソファーが置かれていることもあるわ」
「そうですね」
「……ここでいいかもしれない」
アリスは実際に部屋の中央まで歩いてみた。
暖炉を見て、それから廊下へ続く扉を振り返る。
「ふふ、とても良さそう」
クララも頷いた。
「私も、その位置がよろしいと思いますよ」
廊下側から見れば、ソファーの背もたれが手前に来る。
アリスは扉の方から、ソファーを置く場所を眺めた。
「ここなら、横になっていても廊下から見えないわ」
そこまで口にしてから、少し恥ずかしくなる。
――これでは、最初から横になるつもりみたいね。
リリスは部屋の中央を見ながら頷いた。
「ゆっくりできそうですね」
「……えぇ。そうね」
アリスはもう一度、ソファーを置く場所へ目を向けた。
「小さなテーブルも一つあった方が便利かもしれません」
クララが言った。
「こちらでお茶を召し上がったり、本や手芸道具を置かれることもあるでしょうから」
「確かにそうですね。では、テーブルもお願いしようかしら」
三人はもう一度、見取り図と実際の部屋を見比べる。
そこでリリスが、ふと思い出したように言った。
「私も、エリオットとの新居の家具を置く時は大変だったんです」
「リリスも?」
「はい。それなのにエリオットは、何を聞いても『それでいいよ』しか言わないんです」
不満そうな顔に、アリスは思わず笑った。
「……ウィル様も、少しだけそうかもしれないわ。もちろん、聞けばきちんと考えてくださるけど」
「それならいいですよ。エリオットなんて――」
「まあ、そういうことに頓着なさらない方も多いですからね」
クララが口を挟み、そのまま見取り図へ目を戻す。
「では、そろそろ最終確認をいたしましょうか」
「あ……そうでした」
「家具の話でしたね」
二人の声が重なり、クララの口元にも笑みが浮かんだ。
最後にもう一度、紙型の位置と実際の部屋を順番に確かめていく。
アリスは見取り図を手に取った。
「では、これでテリーさんにお願いしてみます」
「えぇ。よろしいかと思います」
初めて自分で考えた、自分のための部屋。
家具が届く日が、ますます楽しみになっていた。




