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【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~  作者: ハムえっぐ
第8.5章 厄災の魔女

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第5話 厄災の魔女(5)

 ヴァレリアの昔語が終わり、私は水晶球の向こうの光景を思い浮かべる。

 ベレニスとレオノールは唇を震わせ、フィーリアとクリスは瞳を伏せているだろう。

 ヴィレッタは胸の前で両手を組み、祈るように目を閉じているに違いない。

 リョウだけは目を開いたまま、奥歯を噛み締め、真っ直ぐ前を向いているはずだ。

 

 私は、ゆっくりと息を吐いた。


「……信じていた人たちに裏切られる。そんなことさえなければ、あなたは平凡な人生のまま終えていたはず。……悲劇が、あなたの人生を変えてしまった」


「月並みな言葉はいらないわ。……あらあら、そんな顔をしないでちょうだい。大丈夫、ローゼちゃんが心から悲しんでいるの、わかってるから。そんなことより、どう思った? 聞かせてくれる? 伝承と、真実を比較して」


 冷たく突き放されたことに一瞬言葉に詰まったが、私は感情を押し殺して事実の確認に努めた。


「……つまり、後世の伝承への訂正としては」


 感情的になることも、動揺することも、押し殺す。


「起点はヴァレリアによる家族殺しではなく、また、捕らえられて処刑されるから虐殺したのではなく、殺されそうになったから、正体不明の男と共に皆殺しにした、ということですね」

 

「ええ、そうよ。不思議な男だったわ。最後まで顔色一つ変えなかった。きっと、あの男も何かを失った人間だったのね」


「……男の特徴を覚えていますか?」


「そうね……大柄で無精髭……もし身分の高い家柄に生まれていたなら、後世に名を残すほどの胆力と剣技の持ち主だったでしょうね。乱世なら生まれ育ち関係なく王になれる逸材だったかしら」


 彼女の説明に、私の脳裏に1人の男が浮かび上がる。


 ――ノイズ・グレゴリオ。

 今の世で大陸最悪の人物と呼ばれ、邪教に力を貸す存在にして、リョウの宿敵。

 ただ、時間軸だけが合わないだけ。

 元々、ノイズの存在はおかしい。

 なぜ、邪教はノイズを使うのか?

 なぜ、ノイズは邪教に属するのか?

 こう考えられないだろうか?


 ノイズ・グレゴリオも、七賢魔と同じく千年の時を輪廻する存在だとしたら――


 コトンと音を立て、ヴァレリアがカップを置き、私は思考の海から彼女へと意識を戻した。


「邪教はどうして、私を誘わなかったのかしら?」


 遠い目をしてヴァレリアが呟く。


「誘われたかったんですか?」


「さて、どうかしら?」


「……率直に言います。あなたは自己完結しています。恨みも、憎悪も、すべてを自分だけで解決して満足したあなたに、邪教は利用価値を見出せなかったでしょう」

 

「あらあら、手厳しいわね。そうね。別に誘われたら断っていたでしょうし、お互いのためですものね」


 そこでヴァレリアは言葉を区切り、少し身体を前に傾け、私を見つめる。


「じゃあ、答えを聞かせてくれる? 人を殺すことっていけないこと? でも、私も農夫の男も、ああしなければ殺されていたわ」


 私はヴァレリアの赤紫の瞳を、まっすぐ見据え返す。


「私は、殺人を絶対的な悪と断定しません」


 揺れない声で告げていく。


「私自身、生きるために戦闘で敵を殺したことがあります。戦いが回避できなくなった段階で、相手を殺す覚悟を決めるからです」


 ヴァレリアの瞳がわずかに細まった。

 私の答えが意外だったのだろう。

 それとも、興味の色が増したのかもしれない。


「でも」


 私は続ける。


「あなたの魔力なら、脅しだけで現場を制圧できたはずです。その場合、最小限の犠牲……元凶である領主の息子たちだけで済んだ可能性が高いと思います」

 

「あら?」


 ヴァレリアの今度の笑みは明確な棘があった。


「私に殺意を向けた夫や子供、街の人たちと、その後も一緒に平然と暮らすべきだったと言うの?」

 

「嫌なら、離縁し、別の街に移り住む選択はできたはずです」

 

「そこで生まれ、そこで育ったのに? 何も非がないこの私が、恥を飲み込んで惨めに逃げ出せと?」

 

「死、以外の制裁方法も可能だったはずです」


 私の声に、揺るぎはない。


「復讐ではなく、あなたが違う幸せを掴むという方法が、あなたならできたはずです。どこへでも行き、どんな生き方も選べた。あなたはそれだけの力を持っていた」


 ヴァレリアは、しばらく私を見つめた。


 人を愛することと人を傷つけることの紙一重の距離。

 日常という幸福が崩れた時、人はどちらへ向かうのか。

 私は多くの魔女を見て、答えを自分の中に持ち続けていた。

 だからこそ今、この言葉を言える。


 ヴァレリアは、フッと笑った。


「口で言うのは簡単だわ」


 声には批難も賛同もなかった。

 ただ、何か深いところで納得したような穏やかな響きがあった。


「あなたは、私と同じ立場になったら逃げたかしら?」


「どうでしょう? 私自身、あなたのような裏切りを体験したことありませんから……でも」


「でも?」


「私は、これまでも今現在も、逃げている存在です。あなたのように、大量殺戮する機会は多くありました」


 私はヴァレリアに、自分のこれまでの半生を話した。

 ベルガー王国の王女として生まれたこと。

 両親が惨殺され、王女の身分を失ったこと。

 それと……。


「私は邪教が欲する魔王の器だそうです。……魔王アリスの記憶に侵食されたこともあります。私はその運命から逃げ続ける決意をしています」


「あらあら。驚いたわ。……面白いわ。ローゼちゃん」


「カッコ悪いですよね、私。でも、この運命から逃げ、仲間たちと出会い、共に旅をする現在に、私は満足しています」


 言い切った私に、ヴァレリアはティーカップをテーブルにそっと置いた。


「……まあ、確かに、そうかもしれないわね」


 ヴァレリアはゆっくりと立ち上がり、言葉を紡ぐ。


「なら、逃げ切れなくなったらどうかしら?」


 ヴァレリアが指を鳴らす。

 すると塔全体が、低く、深く、鳴動した。

 床の石が微かに震え、壁の松明の炎が一斉に揺れ、花々がさらさらと花びらを落とし、出入り口である扉が消えた。


「……まさか」


 私はヴァレリアの狙いに気づき、すぐに扉のあった場所へ駆けるが、そこにはもう何もない。

 あるのは穏やかで長閑な、ヴァレリアのプライベートルームのみ。


「見事ですね。脱出方法は罠を作動した者の死、のみ。けれどヴァレリア本人はすでに死亡し、幻影であるあなたを倒すことは不可能」


「察しがいいわね。さすが魔王の器ってとこかしら」


「……永遠に、私をここに囚えるつもりなら舐めないでください。仲間たちが必ず解決策を見出してくれます」


「そうね。でもそれは何年後かしら? 1年後? 10年後? その間の時間をローゼちゃんたちは無駄にするの?」


「それは……!」


 技術や知識のあるフィーリアやヴィレッタでも、解決策がない無から、オリジナルのヴァレリアが生涯を賭けた塔を無効化するのに、相当な労力が必要なのが手に取るようにわかる。

 まずい。このままだと本当に数年間ここで足止めを食らってしまう。


「ふふっ、焦るローゼちゃんもいいわね。でも、私もそこまで意地悪じゃないわ」


「要求があるなら、聞きます」


「こういうのはどうかしら?……次は逃げずに選択するの」


 声の温度が変わる。柔らかい部分が、すっと消えた。


「ここで、仲間の誰か一人を犠牲にするか選びなさい。そうすれば、ローゼちゃんと残りの仲間は無傷でこの塔から解放してあげるわ」

 

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