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【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~  作者: ハムえっぐ
第8.5章 厄災の魔女

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第4話 厄災の魔女(4)

 ヴァレリアの半生は幸せだった。

 強大な魔力を持って生まれたが、それを誇示することなく、振るう機会もなく、ごく普通の暮らしを選べた。

 裕福ではないが、死の危険に晒されるわけでもない家庭に生まれたのも幸いし、好きな人と恋をして、望んで結婚して子供も生まれた。

 愛おしい子供だった。毎朝、夫のために朝食を作り、子供の笑顔を見て1日を始めるという誰もが羨む、何の翳りもない日常だった。


「完璧だったわ。本当に、何も問題なかった。私は魔女であることすら忘れかけていたくらい」


 そんな日常が、一夜で終わった。

 ある男が、領主の館を占拠したのだ。


「あの男は」


 ヴァレリアは淡々と言う。


「もとは、ただの働き者の農夫だったそうよ」


 領主一族に言い包められ、無報酬で長年こき使われた末に、死地同然の場所へと追いやられた存在だという。

 それなのに男は死ななかった。

 生還した彼は、もはや元の男ではなくなり、怒りも悲しみも、とうに煮詰まって蒸発し、残ったのは純粋な復讐の意志だけになっていた。

 男は1人で館に押し入り、領主を殺し、領主の妻を、領主の両親を殺した。

 領主たちを護ろうとした衛兵たちも全員殺した。

 男に支援者がいたわけではない。

 ただ、死地を潜り抜けた者だけが持つ、剥き出しの殺意が男を悪鬼に変えたのだ。


 屋敷に残ったのは、まだ少年の領主の息子と、数人の使用人だけとなる。


「男が彼らを生かしておいたのは、情けじゃない。ただの取引材料。生きた盾よ。他領から衛兵が駆けつけて来た時のための保険なだけ」


 館は閉鎖され、外との交渉の窓口として街側が送り込んだのが、女神フェロニアの神官であるヴァレリアの夫だった。

 信仰心が厚く、言葉が穏やかで、人の心に寄り添うことができる資質を見込まれて、白羽の矢が立ったのだ。

 

 けれど、神官の説得が時間稼ぎに過ぎないことを男はとうに見抜いていた。

 他領の衛兵が到着するまでの、猶予を作るための芝居であることを。

 だから男は交渉に応じるふりをしながら、何も変えなかった。

 一定の間隔で使用人を一人、また一人と、殺していく。

 感情のない手際で。叫び声すら上げさせない速さで。

 助けに突入した、正義感ある街の住人も惨殺死体に変えて。


「あなたの夫は、どうしたんですか?」


 私は問う。


「泣いたわ。懇願したわ。ひざまずいて頼んだわ」


 ヴァレリアの声に、何の感情も滲まなかった。


「でも、男は止まらなかった。でも、夫の懇願に苛立ったのかしら? 男はこう言ったの」


 男の言葉を、ヴァレリアはそのまま口ずさむ。


「『なら、貴様が愛する者を殺せ。それを俺が見物している間だけ、人質を殺さないでおいてやる』」


「神父の愛する者……それは妻であるあなた」


「……あの男の目的は、享楽じゃなかった」


 ヴァレリアは無感情に続ける。


「快楽殺人でもなかった。あの男はただ……証明したかったのよ。人間というものは、究極の選択に追い詰められた時、他者の命を奪うことでしか自分の平穏を守れない生き物だって。醜悪な本性を暴いて、見せつけることが、あの男の復讐だったの」


 夫は苦しんだ。顔を歪め、歯を食いしばり、神に祈った。


「その時、ヴァレリアさんはどこにいたんですか?」

 

「小さな街での大事件ですもの。街の人間全員がその場にいたわ」


「誰も逃げなかったのですか?」


「相手がたった1人だったことが、かえって集団催眠のような状態を生んだのかもね。死ぬのは領主一族や使用人と、愚かな正義感気取りだけ。どんな演劇より刺激的で魅力的だったのも理由かしら?」 


 彼女の声はそこで、わずかに低くなった。


「だから、全員死ぬことになる。私以外ね」


 迷う夫、固唾を呑んで見守る領民たちに向かって、領主の息子が叫んだのだ。

 ヴァレリアは一言一句淡々と、石の塔の壁に刻まれるような重さで私の耳に届ける。


『下賤な領民たちより、俺の命の方が大事だろう、神官! 女を……お前の妻を殺せ! そうすれば新しい妻を俺が用意してやる! 若く美しい貴族の娘をだ! 息子も俺の側近として栄耀栄華を送らせてやると約束しよう! 街の連中もだ! 女1人の命で俺が助かれば、10年間、税を免除してやる!』


 私は押し黙るしかない。

 極限の状況で、打開する策もなく、魅力的な提案をされれば群衆心理は一気に傾く。

 彼女の夫も領民たちも、戦いに命を捧げるプロフェッショナルでも何でもない普通の人間なのだから。

 たった1人、女を殺せばいいだけじゃないか、と想像してしまうのを罪とも思わなかっただろう。


「その瞬間ね」


 ヴァレリアの声は変わらない。穏やかで、静かで、感情を持たない水面のようなまま。


「夫の目から、迷いが消えたの」


 昨日まで愛を囁いていた夫が、夫婦として共に生きてきた人の瞳から迷いが消え、ヴァレリアを見た目が一瞬で邪魔なものになった。


『ヴァレリア……騒ぎを、これ以上の犠牲者を、領主様の血脈を護るには、これしかないんだ』


「子供もよ」


 目の中に入れても痛くない我が子にも、母が死ねば自分は助かる。それどころか生涯安泰という計算が幼い目に宿った。


『賦税も労役もしないで、遊んで暮らせるってこと? 領主様みたいに。母さんの命一つで』


「街の連中も」


 顔見知りの人たちが。親しくしていた隣人が一斉にヴァレリア一人の命で丸く収まるという打算の色に染まった。


『ヴァレリア、街の……みんなのためだ』


「昨日まで愛していた全員が、一秒で敵になったわ」


 ヴァレリアはそこで、少し間を置いた。


「私はあの男の顔を見た。男はずっと、冷たい目をしていた。人間の浅ましさを前にしても、驚いた様子もなかったわ。全部、わかっていたのよ。初めから」


 ヴァレリアは短い息を吐く。


「だから私も笑ったわ」


 自分を殺そうと剣を向けてきた夫の顔を、炎で焼いた。


「領主の子供は泣き叫びながら、自分を囚えている男と私に懇願したわ」


『お前ら2人を俺が雇う! 富も栄誉も、男も女も、奴隷でも好きなものをくれてやる! だから俺の命は……!』

 

 無様な言葉を喚き散らす領主の息子の首を、男はあっさり切った。

 噴出する血飛沫、地面に転がりピクリとも動かない肉塊。

 男は、邪魔だという理由で蹴飛ばした。

 次にヴァレリアが、母よりも自分の保身を選んだ息子を焼いた。

 さらに逃げ惑う街の人々を次々と炎で包んだ。

 炎を逃れた者は全員、男が仕留めた。


「その後、あの男とは会っていないわ。探そうとも思わない。私は追手から逃れて、この塔を建てて、この世から姿を消したの。子供の頃に夢見た、穏やかな場所で余生を過ごし、死しても誰からも干渉されない究極の居場所を作ることに生涯を注いで、ね」


 ヴァレリアは紅茶を一口飲んだ。カップを置く音だけが部屋に響く。

 沈黙が花の香りの中に満ちた。

 

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