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【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~  作者: ハムえっぐ
第8.5章 厄災の魔女

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第3話 厄災の魔女(3)

 厄災の魔女と後世に伝わるヴァレリアの幻影を前に、私は対話を続ける。

 こんな機会滅多に訪れるものではない。

 決して巡り会うことのできない、違う時間軸に生きる存在との対話。

 例え悪名を残した魔女だろうが、彼女の見た世界、培った知識、魔法理論が現在に生きる私たちの糧になる可能性があるのだから。


「立ったままおしゃべりするなんて無作法ね。座ってちょうだい。紅茶に毒なんて入ってないわよ。大丈夫、ここに罠なんてないわ。……ここにはね」


 警戒しすぎると、ヴァレリアの心証を悪くするだけ。

 私は両拳を握りしめながら椅子に座り、彼女の赤紫の目を真っ直ぐに見つめた。


「あなたは生きている時、6人……いえ、あなたの生きている時代、七賢魔と呼ばれる7人の魔女を頂点とする邪教組織『真実の眼』と関与はありましたか?」


 私の言葉にヴァレリアはつまらなそうに、くるりと目を泳がせた。


「いいえ、一切ないわ。……でも、邪教の噂くらいは聞いたことがあるわね。私も誘ってほしかったけれど」


 彼女は一拍おいて、くっくっと喉の奥で笑う。


「当時の私はただの普通の主婦でしかなかったから、お呼びじゃなかったのかもね。連中は幼少時代を無残に過ごし、この世に絶望した者を好んだと聞いたことあるわ。そのほうが、駒として利用しやすいからかしら?」


「それはその通りです。今も若い魔女を中心に配下に置いています。……他に、あなたが聞いた邪教の噂とはなんでしょう?」


「そうねえ……実験が大好きで、たま~に現れては邪魔する人間を皆殺しする、古より生きる大魔女の集いということ。基本、干渉しなければ害がないどころか、豊富な知識で人々に真実を教えたそうよ」


「真実……ですか」


 私が呟くと、ヴァレリアは楽しそうに頷いた。


「ええ。未知の医療技術や、この世界の理を解き明かす数式や薬物学の知識よ」


 ディルたち七賢魔が、洪水や旱魃から人々を救った伝承と合致する。

 ただ、それは正義でもなければ名声を得るためでもない。

 単純に、自分たちの利害が一致しただけ。


「私も随分恩恵に与ったわ。クスッ、既知の情報だったようね」


「ええ。だからこそ、時の権力者たちは邪教を利用しようとし、消された。真実の眼の頂点にいる魔女たちにとって、大陸の支配も、富も、栄耀栄華もどうでもいいことだったから」


「あら、大した情報を与えられずごめんなさいね」


「そうでもありません。あなたの時代から、七賢魔の魔女が活動していた事実を、当時を知る人物の証言で得られたのは大きな収穫です」

 

「そう。ならよかったわ。……でも、あなたは何かに興味を持ったようね。聞かせてくれる?」


 ヴァレリアの言う通り、私は彼女の存在が胸の中で引っかかってならない。


 旅の途中で、狂気の果てに壊れた魔女を多く見てきた。

 誇りと意地を貫き、救済より自害を選んだ魔女。

 愛する人を甦らせるために、一つの王国を滅ぼした魔女。

 愛する日常を守ろうとした末に、自ら日常を壊していった魔女。 

 私は多くの魔女の絶望を見てきた。

 魔女が悲劇に向かうのが、魔女の宿命であるかのように。

 ヴァレリアも、かつてはただの主婦だったと言う。

 ならば、間に何があったのか。


「……どうして、普通の主婦だったあなたが、愛する夫と子供を殺害し、街を一つ滅ぼしたんですか?」


 一瞬の静寂のあとヴァレリアはカップを置き、少し意外そうに目を細めた。


「あら、後世で私はそんな大悪党として語り継がれているの?」

 

「事実と違うのでしたら、教えてくれませんか? もし冤罪で、悲しいすれ違いがあったのなら、私が後世に真実を詳らかにします」


 今度は少し長い間、ヴァレリアは私を見つめた。

 表情は先ほどの軽い笑みとは異なり、何かを測るような深い注意深さがあった。

 やがて、彼女は口を開く。


「ふふっ、本当に真っ直ぐで優しい魔女ちゃんなのね。でも、魔女である以上、あなたも私と同じ側よ」


 ヴァレリアはこう続ける。


「ねえ、あなたには今の私が、どう見えているのかしら?」


 私は目の前の幻影を、じっと見つめて気配を読み、醸し出す魔力の質を感じ取る。

 立ち居振る舞いの奥に潜む感情の色を、正確に読み解こうとしていく。


 しばらくして、私は言った。


「……そうですね。あなたは今、深い絶望や後悔などしていません。むしろ……やりきったという、晴れやかな達成感で充足しているように見えます」

 

「ええ、オリジナルはこの塔で研究に没頭し、私を完成させ、たまに来る悪党を皆殺しにして寿命で亡くなったわ。……ということは?」

 

「後世に伝わった惨殺と破壊の伝承は……事実、ということですか」


 ヴァレリアの表情が、ふっと変わった。

 それは満開の花が、一度に咲き誇るような笑顔。

 あどけなく、美しく、一切の陰を持たない、無邪気な笑みだった。


「大正解。夫も子供も、私がこの手で殺したわ。街も綺麗に焼き払ってあげたの」


 悪びれず、後悔せず、釈明もせず、ただ事実としてそこにある存在に、私の背筋に冷や汗が走った。

 恐怖ではない。もっと根源的な人の業の深さを直視した時の、生理的な戦慄だった。


「……なぜ、ですか?」


 私は問うた。

 ヴァレリアは小首を傾け、友人に今日の紅茶の銘柄を問われたかのように、軽い口調で逆に訊いてくる。


「逆に質問。ねえ、ローゼちゃん? 人を殺すことって、いけないことだと思う?」


 部屋に、花の香りだけが漂っていった。


「人を殺すことがいけないことか、ですか……」


 私は彼女の問いを繰り返した。

 それは回答を保留しているのではなく、問いの重さを自分の中で正確に受け止めようとしているからだ。

 隠し持つ水晶球越しに、塔の下層で仲間たちが息を呑む気配が伝わる。

 全員が私とヴァレリアの間に流れる空気を、固唾を呑んで見守っているのを感じた。


 私が逡巡していると、ヴァレリアが笑みをこぼしてくる。


「ふふっ、答えに窮するわよね。それじゃあ……一つ、昔話をしましょうか? 私が厄災の魔女と呼ばれるようになった日の話を」


 ヴァレリアは紅茶の香りを楽しむように吸い込み、語り始めた。

 遠い日の出来事を懐かしむように、声は穏やかで落ち着いていた。

 

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