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第29話:上らぬ太陽

 ハラエさんとサキモリさんがアサヒさんに対して攻撃を始めてどれ位経っただろうか。数分かもしれないし数秒かもしれないが、私にとってはその時間は何時間にも感じられた。

「来たよ……」

 ユカリちゃんは手を少し強く握りそう言った。その直後、アサヒさんの背後にハラリと一枚の布が現れた。それはミズキさんが持っていった布と同じ物だった。しかし、誰かがそこに置いた様な動きは無く、まるで突然その場に現れたかの様だった。幸いにもアサヒさんは布には気付いていない様だ。

 そうだ……あの布、ナオコさんが持ってた物と同じだ。前にこの街に来た時にもあんな布を使ってマンホールの蓋を一瞬で外す様な事をやってた。まるでマジックみたいに……。

 私は由紀さんに言われた事を実行するために走り出した。ユカリちゃんは言葉を交わすまでも無く、私の動きに合わせてくれた。ハラエさんやサキモリさんも察していたのか丁度私達の姿が隠れる様にアサヒさんの視界を遮ってくれていた。

 私はこの期を逃すまいとハラエさんとサキモリさんの体の間から手を伸ばし、アサヒさんにあの『死』をもたらす能力を使おうとした。しかし……。

「馬鹿だねぇ、本当に馬鹿だよ」

 アサヒさんがそう言って腕をかざすと同時にハラエさんとサキモリさんは吹き飛ばされてしまい、私とユカリちゃんの姿がむき出しになってしまった。想定外の事態に、私の体は硬直してしまう。

 「殺される」。それが私が最初に思い浮かんだ事だった。全身の筋肉が硬直し、最早抵抗する事すら無意味であると理解し、恐怖のあまり思考すら放棄してしまいそうだった。

 同じだ……始めてアサヒさんに会った時のあの変な感覚と……。あの時は気付けなかったけど、あれは私の体が死を認識して出した危険信号だったんだ……もしあの時逃げてなかったらあの時死んでいたのかもしれない。

「サエッ!」

 私の意識はユカリちゃんの声によって引き戻された。それと同時に私の体は後ろに引っ張られ、入れ替わるようにユカリちゃんが前に飛び出した。

「……え……」

 引っ張られた勢いで尻餅をついた私の目の前に映ったのは、背中から手が突き出ているユカリちゃんの姿だった。その手の主は考えるまでも無かった。

「黄泉川さん……見てて分からなかったかなぁ? あの二人でも勝てないんだよ? あなたと三瀬川さんみたいなちっちゃい子二人で来てもどうしようも出来ないんだよ。無意味なの、分かる?」

 ユカリちゃんはこちらに少しだけ目線を向ける。

「……分かってないのはそっちだよ。旭……あんたは、サエの事を甘く見すぎてる……」

「その子の能力の事言いたいの? 知ってる、死をもたらす能力でしょぉ?」

 アサヒさんはユカリちゃんの背中越しに笑う。

「でもそれが何? 私言ったでしょ? もしここで私を殺しても、私はこの街で再び生まれるの、忘れられた者としてねぇ!」

「……ん、それ位覚えてるよ……」

「あははっ! 安心してね三瀬川さぁん! あなたのその能力、無駄にはしないから!」

 足が震え立ち上がれない……由紀さんはあの布が気付かれない様にするためか、その場から動かない。

「黄泉川さんと同じ様に……あなたも私の部下として使ってあげるからぁ!」

「え、ど、どういう……」

「私知ってたんだぁ、黄泉川さんの様子がおかしくなったら、あなたがここに来るって事に。あなたが黄泉川さんに抱いてる友情が、最早普通のものじゃない事に」

 まさか……まさかユカリちゃんの様子がおかしくなってたのはアサヒさんが原因なの……? 私をここに誘き寄せるためにやったの……?

「あなた達二人の力はどっちも興味深いし必要なんだよねぇ。絶対に死なない不老不死の力にどんな魂も死滅させる手……あの鬼畜米英共を殺すのにぴったりの能力でしょう? 絶対に負けない、でしょ?」

 その言葉を聞いて、私の震えは突然治まった。私はゆっくりと立ち上がる。

 アサヒさんが危険な人なのはここに来た時から薄々気付いてた……でも、ユカリちゃんの様子がおかしくなってのは関係無いって思ってた。また別のものだと思ってた。だけど違った……アサヒさんは、私とユカリちゃんの能力を自分のものにするために、ユカリちゃんの心を操った。他の人まで巻き込む事も構わずに……。

「あら、立てるんだ三瀬川さん? 腰を抜かしたままだった方が幸せかもよぉ?」

「許しません……ユカリちゃんを、そんな風に使って……!」

「へぇ……じゃあ私を殺せるの? 怖がりなあなたが?」

 私は走り出した。目標はもちろん目の前のアサヒさんだ。

「……じゃあ殺してあげる! 心配しないで、必要なのはあなたの魂の方だから! 黄泉川さんと一緒に保管してあげる!」

 そう言ってアサヒさんはユカリちゃんの体から手を引き抜こうとした。しかし、何故か体から手が抜けずアサヒさんの動きが一瞬怯んだ。私はその一瞬を突いてアサヒさんに触れる。

「なっ……!?」

「旭……あんたは一つ重大な見落としをしてるよ……」

「何を……」

 アサヒさんは段々体の力が抜けていくかの様にその場に膝を付く。

「私は……不老不死。それは合ってる……でもね、私の能力は死んでから発動する訳じゃないんだよ。負傷した、その瞬間から……発動するんだ……だから、この手は抜けない……もう私の体の一部として修復されつつある……」

 どうやらユカリちゃんが体を貫かれてからアサヒさんと少し話していたのは、これを狙っての事だった様だ。アサヒさんが体から手を抜くタイミングを少し遅らせて、体の修復に巻き込む。そうする事によってアサヒさんの行動出来る範囲をその場に留めた。

「サエ……」

「うん、分かってるよ」

 私は口から血を流し続けているユカリちゃんと手を繋ぎ、アサヒさんの方を向く。

「こんな戦いを起こす人なんて、『もういやだ』」

「ん……でも、もう『大丈夫』」

 私達が発したのは、ヒツケさまを呼ぶための言葉だった。あまりにも簡単であまりにもありきたりな、しかし確実な効果がある言葉だった。

 直後、ユカリちゃんの片手に握られていた仏像からうねる様に炎が飛び出した。その姿は間違いなく、以前私達がこの街で遭遇した神様の姿だった。遥か昔に捨てられて、今やどんな力を持っているとされ、どんな名前だったのかも分からない神格の姿だった。

「ふ、あはっは……! 無意味、無意味、無意味なんだよこんなの! すぐに私はここで生まれてくる……! 忘れられた過去として……!」

「いいや、あんたの負けだよ旭」

 アサヒさんの言葉を遮ったのはウエキさんの声だった。その声は突然地面に現れていた布から聞こえ、その下からウエキさんが姿を現した。

「植木さん……なん、何でここに……!」

「おかしいと思ったんだよ。私達があんたと対面した時、あんたは私や金刀比羅ちゃんを狙わなかった。狙ってたのは木船さんや跡部ちゃんだった」

 ウエキさんはドードーさんから貰っていた鏡を見せる。

「これ、あんたにとっては厄介な代物なんじゃないの? 特に、今みたいな状況だとさ……」

「ちょっ、ちょっとやめて! それ、それを近づけないで!!」

 アサヒさんは必死に叫んで抵抗しようとしていたが、私に触られて死へと向かっているからか、体は全く動いていなかった。

 アサヒさんは叫び続けていたが、やがてその体はヒツケさまの体に呑み込まれた。轟々と燃えるその炎は、全ての元凶であるアサヒさんの体を、記憶を、記録を、この場から完全に消し去ろうとしていた。

「ドードーちゃんが言ってたよ。この鏡は浄玻璃鏡じょうはりのかがみ……真実を映す鏡だって」

「やっ、ぐっ、放して! 嫌だ! 嫌! こんなぁっ!!」

「……無駄だよ旭」

 悲鳴を上げるアサヒさんを制する様に布の下からコトヒラさんが出てきた。

「こ、金刀比羅さん! 助けて! この、こんな神との縁なんか、切ってよ!!」

「……ああ、切るよ」

 そう言うとコトヒラさんは懐から鋏を取り出し、ユカリちゃんの後ろに回りこんだ。

「ちょっと……何して……!」

「ただし……こっちの縁をね」

 チョキリと小さな音がした瞬間、ユカリちゃんの体と一体化しつつあったアサヒさんの手はスルリとユカリちゃんの体からすり抜けた。それと同時にアサヒさんの体は鏡の方へと引っ張られ始める。

「うっあ、嫌……嫌だ! 私は! 私はこんな所でぇ! 消える訳にはぁ!!」

 アサヒさんの体はヒツケさまに完全に呑み込まれ、先程薄っすらと炎の向こうに見えていたその体のシルエットすらも最早完全に見えなくなっていた。

「これがあんたの真実なんだよ。あの時私や金刀比羅ちゃんに近寄らなかったのもこれが理由……あんたは最初から生きちゃいなかったんだ。神代テクノロジーに作られた、都合のいい一種の神……それがあんたの正体……。浄玻璃鏡に映ったら呑み込まれてしまう様な真実じゃない存在……」

 コトヒラさんは鏡に呑み込まれて行くアサヒさんの前に立つ。

「そして私から縁を切られてしまえば、何も出来なくなる……その程度の存在」

「ちがぁぁあうぅううーー!! 私ぃぃい、私はぁあ! こんなぁあ、こんな事でやられたりぃ……!! しなぁぁあがががががっ!!」

 アサヒさんの言葉を待つ事無く、鏡はアサヒさんとヒツケさまをその鏡面に封じ込めた。周囲には静寂が立ち込め、緊張の糸が解れた私はその場にへたり込んでしまう。ユカリちゃんはそんな私の様子を見て、膝をつくと覆う様に手を握った。

「ゆ、ユカリちゃん……終わった、のかな?」

「ん……終わったみたいだね」

 すぐそこに建っている湯屋を見上げてみると、とても建物とは思えない程にグニャグニャと歪み、今にも崩れそうになっていた。驚いて声を上げそうになる私を止める様に、後ろから近付いてきていた由紀さんが私の口に指を当てる。

「大丈夫、崩れたりしないよ。彼女が居なくなって現実性が脆くなってるだけだから」

 由紀さんは優しく私の頭を撫でると地面に落ちたままの布を掴み、持ち上げる。すると持ち上がられた場所からミズキさんとナオコさんが姿を現した。ミズキさんはナオコさんにおぶられていた。

「ありがとう。瑞希、直子」

「ゆき、ゆき、わたし、じょうずにできた?」

「うん、出来てたよ。えらいね?」

 由紀さんに撫でられてミズキさんは嬉しそうな顔をしていたが、その一方でナオコさんは辛そうな顔をしていた。

「はぁ……本当心臓止まるかと思った……」

「直子も頑張ってくれたね。直子が居なかったらこの作戦は失敗してたかもしれない」

「……どうだかね。でもまあ、上手く行ったんなら良かったよ……」

「うん、良かったよ」

 由紀さんはミズキさんにしたのと同じ様にナオコさんの頭を撫でる。ミズキさんとは違ってナオコさんは笑顔を見せる事は無く、ただ目を逸らすだけだったが、決して嫌がっている様には見えなかった。

「……ちょっと瑞希、いい加減降りてくれる?」

「うん、おりる」

 ミズキさんはナオコさんの背中から降りるとヨロヨロとハラエさんの方へと歩き出した。それを見たハラエさんは立ち上がり駆け寄ると、力強く抱き締めた。

「はらえ~、ほめられた~」

「……そうだね。いっぱい、いっぱい頑張ったね……」

 サキモリさんを見るとこちらに優しく微笑み返してくれた。普段は強面で怖い印象がある人だったが、その笑顔にはそんな印象は一切受けなかった。

「終わったんだ……」

 私は改めて戦いが終わった事を悟り、ユカリちゃんを抱き締めた。ユカリちゃんは何も言いはしなかったが、優しく抱き返してくれた。

 太陽は、そんな私達と街を黄昏色に染めていた。

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