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第27話:過去を捨てた者達、過去へ捨てられた物達

 湯屋から出た私とユカリちゃんは建物の周りを見て周り、ようやく目的地を見付けた。そこは庭にある池だった。その大きさはかなりのもので、正直池という分類に入れてもいいものか迷う程の大きさだった。

「あった!」

「ん……」

 その池では波紋が立っており、その波紋は常に移動しつ続けていた。それは最早波紋というよりも海で見られる波の様だった。

「サエ、ここの下だ。この下に由紀達が居る」

「う、うん。でも私達じゃどうしようも……」

「サエはここに居て。私が行くから」

「な、何言って……」

 ユカリちゃんは靴を脱ぎ、裸足になる。

「私は不老不死だよ? だったら死んでも問題無いでしょ? あいつを倒すまで何度でも戦える」

 確かにユカリちゃんは神代テクノロジーの人達によって不老不死にされてる。さっきここに来る前に落下した時も、きっとユカリちゃんは一度死んでた。私に気を遣って、見せない様にしてたみたいだけど……。

「ここで待ってた方がいいよ……! 由紀さん達が何とかアサヒさんをここに引きずり出すまで……」

 その瞬間、水が弾ける様な音と共にミズキさんとアサヒさんが飛び出してきた。ミズキさんはアサヒさんの体にしがみ付いており、そのままの体勢で再び水の中に落下していった。

「水中は瑞希の独壇場……でも、それでも倒せてない事を見るとやっぱり旭には上手く攻撃が通らないのかもしれない」

「ど、どうしよう……由紀さんの力が完全に戻ったら何とか出来るのかな……?」

 今、由紀さんの力は完全な状態では無いらしかった。あの牢屋に閉じ込められていたせいで、まだ本調子では無く、全てを思い通りにする事が出来ない。だから旭さんの起こしてる縁を弱める力を抑えられない。

「由紀に完全に期待するのは良くないかもね……私達で何とかしないと……」

「どうしたらいいんだろう……」

 その時、水が跳ね上がると共に由紀さんが池の中から飛び出してきた。地面に着地した由紀さんはやや慌てた様子でこちらに歩み寄った。

「由紀さんっ!」

「賽ちゃん、縁、よく聞いて欲しいの」

「……どうしたの?」

「やっぱり今の私じゃ旭さんの力を抑えられない。今は瑞希が何とか食い止めてはいるけど、それもいつまで続くか分からない」

「ゆ、由紀さん、旭さんをここまで引き上げてもらえば、私が……」

「……そうだね。それが一番確実に仕留められる方法だとは思う。けど、ここまで連れてくる自信が無い。他の方法を取った方がいい」

「どうするの由紀? 他の方法なんてあるの?」

 由紀さんは私達と視線を合わせる様にしゃがむ。

「ヒツケさまを使う」

「……私の記憶が正しければ、あれはもうこの街に居ない筈でしょ?」

「いいえ。あれの本体はまだこの街にある筈」

「本体って……あの、仏像部分ですか?」

 私はかつてこの街でユカリちゃんと共に戦った時の事を思い出した。

 確かヒツケさまはある言葉に反応してその人を炎で包んで、この街に連れてくる……つまり忘却させる神様だった筈。あの時、ユカリちゃんは私を元の世界に帰すために一緒に戦ってくれた。その戦いはそこまで複雑なものじゃなかった筈……ただこっちに向かってきたヒツケさまの炎の中に手を入れて、その中にあった仏像を触っただけ。

「そう。あれは、かつて行われた廃仏希釈によって忘れ去られた仏像なの。元々は確かな神性を持っていたのに、人々から忘れ去られて荒れていたところを神代テクノロジーによって改造されて利用された」

「ん……つまり、一度忘れ去られてしまった物だから、まだこの街に居るかもって事?」

「そう。どこかは断定出来ないけど、どこかに居る筈なの」

「無茶過ぎる。そんな曖昧で危険な案は賛成出来ないよ」

「安心して。私は腐ってもここの管理を任されてる神様なの。どんなに力が弱まってても神様なの。私が、居ると確信した以上、どこかには居る筈」

 正直な事を言うと、あんまりヒツケさまに会いたくは無かった。悪意を持って襲ってくる訳じゃないのは分かってるけど、それでも怖いから……。でも、もうそうは言ってられない。私達がやらないと、このままじゃ世界が滅んでしまうかもしれない。

「……分かりました由紀さん。私とユカリちゃんで探します」

「正気なの、サエ?」

「うん。また会うのは怖いけど、ヒツケさまならアサヒさんを何とか出来るかもしれない」

「…………ん、サエがそう決めたなら付いてくよ。行こう?」

 ユカリちゃんが靴を履くのを見た由紀さんは立ち上がると池の方を向く。

「ありがとう……それまで何とか持ち堪えるから……」

 そう言って再び池に飛び込んだ由紀さんを背に、私達は街へと駆け出した。



 どこに向かうべきか、はっきりとは分からなかった。しかし、一番可能性があるのはあそこしか無かった。

「サエ、どこに行くつもり?」

「あそこ……ヒツケさまが祀ってあった神社……あそこならもしかしたら……」

 私達がヒツケさまと戦った場所『火ノ神神社』。あそこならもしかしたら見付かるかもしれない。もし仮に本物が見付からなかったとしても、模造品が見付かるかもしれない。例え模造品だったとしても、人が作っている筈……それなら何かしらの念は入ってる筈……。

「でも、場所分かるの?」

「わ、分かんない……どこだったっけ?」

「……ごめん、私も自信無い。旭のせいで街の雰囲気がガラッと変わってる……前まであった建物がどこかに移動してる可能性がかなり高いよ」

 実際ユカリちゃんの言う通りだった。私がここに来た時に感じたのは街の雰囲気に関する違和感だった。前に来た時は、静かな下町という感じだったのに、今はまるで繁華街の様な雰囲気だ。

「でも、ここに祀られてるって事は変わってない筈だよね? ヒツケさまが、また皆から思い出してもらわない限り、ここから神社は消えない筈だよ」

「そうだね……でも、いったいどこに……」

 私達は一刻も早く見つけ出すために記憶を頼りに街を駆けた。すっかり変わってしまった街の中を走り続けた。そんな中、私達は懐かしいあの場所へと辿り着いた。

「ここ……」

「サエは久し振りかな?」

 そこはユカリちゃん達が暮らしている家だった。少しの間ではあるが、私もここに泊まった事がある。しかし、家の見た目はかつてのものとは大きく異なっており、全体的にかなり汚れていた。

「ユカリちゃん、私を追ってきた時にここに寄ったの?」

「ん、祓と一緒にね。あの時は操られてたみたいに冷たくしちゃったけど」

「そういえば、何でユカリちゃん、私達の世界に来た時からおかしかったんだろ?」

「私にも分からない……分からないけど、あの時の私はまるで何かに酔ってるみたいだった。サエの事しか考えられなかった。それ以外はどうでもいいなんて思ってた。本当に操られてたのかも……」

「でも、いったい誰に……?」

「分からないよ。でも、今はそんな事を考えてる時間じゃないよ。ヒツケさま見つけるんでしょ?」

「う、うん!」

 そう言って立ち去ろうとした私の腕をユカリちゃんが掴む。

「待ってサエ。一応見ていこう」

「え?」

「街がどこまで変わってるのかは私にも分からない。だから一応、ここも見ておこう」

「わ、分かった。見てみよう」

 私はユカリちゃんと共に『もしも』の可能性を考え、家の中に足を踏み入れた。家の中は、やはり大きく変わっていた。まるで家の中で竜巻でも起きたのかという程、荒れていた。居間に置いてあった筈の机や椅子はあちらこちらに飛んでおり、壁にぶつかった衝撃からかもう使えない程に破損していた。

「な、何が……」

「……私が来た時には既にこうなってたみたい。祓が言ってた事を信じるなら、家が壊れ始めると同時にこうなったって……」

「それって、誰かが意図的にやったって事なのかな……?」

「私もこの街の事を全部知ってる訳じゃないから、もしかしたらそういう神様だとか妖怪も居るのかもしれないけど、この状況を考えると一番怪しいのは……旭、だよね」

 そう言うとユカリちゃんは、かつて私が寝るために案内された部屋へと移動した。そこでもそこら中に置物などが散乱しており、とても寝たりする事は出来そうも無い状況だった。

「サエ、探すならここかも。他の建物が何とも無くて、この家だけ壊すのが旭の目的だとするなら、ここに『あれ』がある気がする」

「でも、ヒツケさまは神様だよ? 神様は神社に祀られてる筈でしょ?」

「サエ……旭がやる事に常識性を求めない方がいいと思うよ。あいつにとって邪魔なのは由紀と私達だ。だったらさ、邪魔者を始末するために、家に罠を置いてる可能性が高いでしょ? この家だけが壊れてるのが証拠だよ」

「でもヒツケさまは関係あるのかな?」

「あるかも。ほら……」

 そう言うとユカリちゃんは私に手招きをすると、壁際にしゃがみ込んだ。

「ここ見て」

 そう言われて指差された場所を見てみると、白い壁が黒く焼け爛れている箇所があった。散らかっている物を少し除けてみると、その下にも隠されていたかの様に焼けた跡があった。

「こ、これって……」

「ヒツケさまの力がここで使われた可能性がある……。実を言うと、私も今気付いたんだ。ここは夕暮れと夜しか無い街だったし、前に来た時は片付けようとも思わなかったから……」

 そう言うとユカリちゃんは玄関がある方へと向く。

「まさか旭のおかげで気付かされるなんて……皮肉だよ。日が昇り始めて明るくなったから、ようやく気付けた……」

「じゃ、じゃあ……!」

「ん……ここにヒツケさまがある可能性は高いよ」

 ユカリちゃんはそう言うと、足元に散らばっている物を払い除けながらヒツケさまの本体とも言える仏像を探し始めた。私も慌ててそれに続く。

「サエ、見つけたらすぐに言って。一秒でも早く由紀の所に持って行かないと!」

「うん!」

 私は散らばっている物を掃いながら見落としが無い様に確認する。

 木の破片……多分椅子か机に使われてた物かな? 黒く汚れた包丁……料理に使ってた物なのかな? これは、ハンカチだ。水か何かでぐっしょりと濡れてる。何でこれだけ濡れてるんだろう? これは魚の死骸……? 何でこんな所に……しかもこんな、変色してるんだろう?

 私の背筋に嫌な汗が伝う。

「まさか……」

 咄嗟に立ち上がった私は足元に落ちていた何かを踏んでしまう。恐る恐る足を上げて見てみると、そこに落ちていたのは間違いなく、かつての私の私物だった。忘れようとして捨てた筈の、かつての私物だった。

「何で……」

「サエ?」

 私の様子がおかしい事に気付いたユカリちゃんは立ち上がり、私の側に来る。

「どうしたの?」

「ユカリちゃん、ここ……おかしいよ……」

 私の視線の先にあったのは、かつて私が使っていた色褪せた黄色いリボンだった。まだクラスメイトから苛められていた時に使っていたリボン、思い出してしまうから捨ててしまったリボンだった。

「あれ、あれはもう捨てた筈なのに……!」

「っ!」

 ユカリちゃんは言葉の意味に気付いたらしく、私の手を取ると後ろへと引っ張った。私達は汚れている壁に背を付ける。

「……何で、気付かなかったんだろう。そうだ……旭は、これを狙ってたんだ……!」

「どういう事……?」

「旭は今の由紀の力じゃあ自分がやられない事を知ってる。でも、由紀が脱走する可能性はあった。だからここを狙ったんだ……必ず帰ってくる場所、家に!」

 ユカリちゃんは私の手を引いたまま壁伝いに歩く。

「私にも見えるよ……私が、私が殺そうとした島田の姿が……」

 ユカリちゃんはここに来る前、島田さんに何かをしたらしかった。何をしたのかは分からなかったが、私も何かをしたという事には気付いていた。だからこそ、この街に来た。

「サエには何が見えた……?」

「ほ、包丁とか、濡れてるハンカチとか……」

「ん……そっか。そういう事か……」

「何か分かったの……?」

「……ここにあるのは、私やサエ、皆が捨ててきた物だよ。捨てようとしてきた過去だ……。兵士としての生き方をやめた祓の包丁……上官が逃げたせいで沈む軍艦に取り残された好子のハンカチ……他にもあるんだと思う……。ここは、私達が捨てた物が集まってるんだ」

 まさか、これもヒツケさまの力……? もしユカリちゃんが言う様にアサヒさんがヒツケさまの力を使ったとしたなら、これが理由……? 考えてみれば、忘れるっていう事は、過去を捨てる事……思い出を捨てる事……。

「……特に何もしてこないのが逆に悪趣味だね。ただただ精神攻撃をしてくる……」

「で、でも、逆にチャンスだよ。早く見つけよう……!」

「ん……そうだね。私達は、全部自分で選んで捨てたんだ。今更、後悔なんて、出来ないよ」

 ユカリちゃんは私の手を力強く握ると、そのまま足元に散らばる過去を掃いながら探し始めた。私もそれに続く。

 そうだ……私が選んだんだ。例えそれがどれだけ私の事を怖がらせたとしても、今の私にはユカリちゃんが居てくれる。ユカリちゃんと一緒なら、怖がる物なんて何も無いんだ……!

 そうしてユカリちゃんから勇気を貰いながら、私は足元のガラクタを掃いながら探し続けた。それからしばらくして、ついに私は目当ての物を見付けた。

「あったよ!」

「本当!?」

「ほら、これ!」

 私は仏像を拾い上げる。いったいどこで作られ、いつ作られたのかも分からない。それこそ、どんな力を持っているとされたのかすら分からない仏像だった。

「それで間違いない?」

「うん。あの時、炎の中で触ったのと同じだよ!」

「よし! じゃあ急ごう! これで何とかなるかも!」

 そう言うとユカリちゃんは私の手を強く引き、家から飛び出した。向かう先は勿論決まっている。

 これで何とかなれば……ううん、何とかするんだ……!

 私は最後の覚悟を決め、日が昇る街の中をユカリちゃんと共に駆けて行った。

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