第21話:祭囃子と酔いの夜
私は天津罪達と共に旭が居るという湯屋の前に辿り着いていた。人や人の姿では無い者達は若干ふらつきながら、まるで誘い込まれているかの様に湯屋の中に入っていた。
「ここにその旭が居る訳?」
「はい。旭さんはここからこの街を監視してらっしゃいます」
試しに入り口へと近付き、開いている扉の中へと手を伸ばした。しかし、手が中に入った瞬間、未知の力によって弾かれる様にして、私の手は外へと弾き出された。
「っ……こういう事ね……」
「だ、大丈夫?」
「ん…………それでさ、天願、ここの開け方教えてよ」
私がそう言うと、天願は湯屋の反対方向を指差した。その先には話に聞いていた桜の木がある広場が見えた。その広場には階段があり、どうやら下にある通りから行ける様だった。
「先程も申し上げた通り、あちらで開かれている祭りを止める事が必要です」
「……なら先にそっち案内しなよ。何でこっち来たのさ?」
「一応確認をするためです。もしかしたら開いているかも、と思ったもので」
私は思わず溜息を吐く。
「……分かったでしょ? 開いてない。さっさとあっちに案内して」
「畏まりました」
私は苛立ちを覚えながらも、サエとの再開を果たすために天願に付いていった。
しばらく歩いていると、やがて先程見えた階段の前に辿り着いた。小さな体の私からすれば、かなりキツイ階段に思えた。
「この先です」
「縁さん大丈夫……? 結構キツイよ、この階段?」
「は? 馬鹿にしないでくれる? いいから行くよ」
私は天津罪達に舐められた事に不快感を覚え、見返してやるために階段を上り始める。実際、見た目通りキツイ階段で、一段上るだけでも重労働に感じられる程だった。
やがて階段を上りきると、広場に辿り着いた。入り口には鳥居が立っており、広場の真ん中には立派な桜の木と思しき物が立っていた。しかし、花はそこら中に飛び散っており、木そのものにはどこにも咲いていなかった。
「ねぇ、花散ってるんだけど」
「はい。少し前に散っているのを確認しています」
「好子ちゃん、どういう事なの……?」
「何者かによって、ここに施されていた呪術が解かれた様なのです。そのため、現在この様な姿になってしまっています」
私は木に近付き、近くで観察する。
見た目には普通の木だ。相当長い間生きているからか、普通のものと比べるとかなり大き目だ。しかし、木そのものが完全に枯れてしまっているらしく、生命力の様なものはどこからも感じない。
ふと足元に落ちている注連縄に目が行く。
「これ……」
「おや? 注連縄が外れていたのですか」
「……これが枯れた原因なんじゃないの?」
「そうかもしれません」
私は注連縄を握ったまま周囲を見渡す。
「それで……祭りはどこでやってるの?」
「正確にはここではありません。少々お待ちを」
そう言うと天願は私の手を握り、反対側の手で天津罪の手を握った。
「好子ちゃん? どうしたの?」
「よしこ?」
「皆様、これより祭り会場へと移動します」
天願がそう言うと共に、私達の体は呑み込まれる様に地面にめり込み始めた。痛みは一切無く、ただ体が下に移動しているだけの様に感じられた。
「何これ……?」
「この地下で開かれているのです。そして恐らく術者は彼女」
「知り合いな訳?」
「顔を知っているだけです」
やがて体全体が完全に埋没したかと思うと、いつの間にか広い空間に立っていた。そこは地下であるにも関わらず、提灯などの光で明るく照らされており、そこら中に祭りでよく見られる屋台が立ち並んでいた。人や人で無い者達は皆仲良く祭りを楽しんでいる様で、そこら中からアルコールの強い匂いがしていた。
「こんな所があったなんて……」
「ここ、にがて……くさい……」
「やはりこの会場が発生源で合っている様ですね」
「……行こうよ。さっさと終わらせよう」
私はアルコールの匂いでむせそうになりながら、人込みの中を歩き始める。天津罪達は口と鼻を手で覆いながら私の後に付いてきた。
正直、この匂いは不思議な感じがする。臭くて嫌な感じがするのに、それでいてどこか心地良さを感じる。ずっと吸っていたい様な……酔っていたい様な……。
私はこの会場の中で最も喧騒が激しい場所へと辿り着いた。その場所は、真ん中に櫓の様な物が立っており、その周囲では人や人で無い者達が踊りを踊ったり、神輿を担いだりしながら祭囃子を歌っていた。
櫓の上に居る鉢巻を巻き、半被を着ている人物が声を張り上げる。
「もっともぉっとォーーー!! 楽しめーーーーーッ!!!」
あまりの五月蝿さに耳を塞ぐ。
「彼女です」
「……誰なのあいつ」
「囃子花火さん。この祭りの仕切りを任されている方です」
「そう……じゃあさっさと終わらせようか」
私は右手を懐に入れ、いつでも包丁を使える様にしながら人の間を縫い、櫓に近付く。
「囃子ーーーーーっ!!」
「……? あいよ! ちょっと待てやァーー!」
そう言うと囃子は櫓から飛び降りてきた。かなりの高さがあったにも関わらず、囃子は何の痛みも無いらしかった。
「おう! どしたんや!」
「……はっきり言うよ。この祭り今すぐ止めて」
「おぉ? 何言うとるんやキミ? これは必要な事なんで?」
苦手なタイプの人間だ……。こういう五月蝿い奴にマトモな奴はほとんど居ない。大体キチガイだ。
「そっちの事情なんて知らないよ。私にとって迷惑なの。だから止めて」
「いやいやそんなん言われても困るわ! 旭の姐さんから頼まれとるんで?」
後ろから天津罪達が合流する。
「お? 見知った顔も居るんやね?」
「始めまして、でしょうか囃子さん。天願好子でございます」
「おうおう知っとるで! 見た事あるわ!」
「えっと……天津罪です。この子が瑞希ちゃん」
「そっちのお二人さんは始めましてやなァ! よろしゅうよろしゅう!」
囃子は天津罪と水瀬の手を握り、力強く上下に振る。
「いたい」
「おっとっとすみませんねこりゃどうも! えっとォ、そっちのキミも初対面で合っとるよな?」
私は少し距離を取る。
「……黄泉川」
「なるほど黄泉川の姐さんね! そんで? 祭りを止めろとかどうとか?」
「はい。囃子さん、正確には現在発動させている術式を止めていただきたいのです」
囃子はわざとらしく顎に手を当てる。
「術式……? ウチはなァ~んもしとらんけどなァ……」
「この霧の事です」
「あっ! そういう事かいな! 最初っからそう言うてくれんと分からんでキミ!」
「では解除してくださいますか?」
「いんや、そりゃ出来んわ」
私は囃子の襟元を掴み、包丁を首に突きつける。
「……いい加減にしなよ」
「何や黄泉川の姐さん、やるんかいな?」
「この霧を消してくれないと旭が居る所に入れないんだよ」
「……何の用があるん?」
天津罪が宥める様に私の背中に手を当てながら話し始める。
「私達の知り合いの由紀さんが閉じ込められてるんです……! 早く助けなきゃいけなくて……」
「何を言うとるん? ネタ晴らししてまうけど、あそこにゃこの霧に酔った人間しか入れんのんで? つまり、あそこに入ったっちゅう事は、自分で選んでそうしたっちゅう事、違うか?」
「いいえ囃子さん。由紀さんはあそこに幽閉されているのです。旭さんによって」
囃子は少しの間黙ったままだったが、やがて口を開いた。
「……悪いんやけどな、ウチもここではいそうですかと引き下がる訳にもいかんのや」
「ねぇ……私にとっては木船なんてどうでもいいんだけどさ、一応聞かせてよ。何でそいつを捕まえてる訳?」
「……そっちの天津罪の姐さんなら知っとるんちゃう?」
そう言われ天津罪の方を振り向いて見たものの、天津罪は私から目を逸らしていた。それは後ろめたい事があるというよりも、受け入れたくない現実から目を背けている様に見えた。
「どうなの、天津罪」
「知ってるよ……由紀さんが捕まってる理由、それで何が起こるかも……」
「言ったよね? 私に不利になる様な嘘はつくなって」
「別に隠してた訳じゃないよ……由紀さんを助ける事が出来れば全部無しになるんだから……」
囃子はいつの間にかキセルを取り出しており、一服し始めた。
「そうやろうなァ……ホンマ、あん人には敵わんわァ……」
「説明しなよ」
「……天津罪の姐さんは言いとおないみたいやし、ウチが代わりに教えたるわ。あん人、木船さんはなァ、言うなれば、この街の基盤みたいなもんなんや」
基盤……? 何を言ってる? まるで機械みたいに……。
「正確には神さんやけどな。あ、それ言うたらウチも神さんやわ」
「……何馬鹿な事言ってる訳?」
「ウチはいつでも大真面目やで? まァ分かりやすゥ言うと、木船さんが居らんと、この街は制御出来んっちゅうこっちゃ」
「囃子さん、そこまで分かっていたのなら、何故旭さんに加勢したのですか? 聡いあなたなら何が起こるか分からない訳ではないと思うのですが」
その言葉を聞いた瞬間、先程までどこかおちゃらけている様な顔だった囃子の顔が怒りに満ちた顔に変わった。
「アホなんかキミ? ここに居るんなら分かるやろ? ウチらは、忘れられた存在なんや。外の世界の誰からも忘れられた存在……黄昏に沈むだけの存在……」
「ええ。私も皆様も忘れられた存在ですね」
「せやったら分かるやろが!! ウチは……ウチは元々神さんだったんやぞ? 色んな人間のお願い聞いて、皆から崇められて……いっぱい力ァ貸してやったんや! それなんに……皆、ウチの事忘れてしもうた……」
ナオビから人を改造したとか神にしようとしたとかいう話を聞いていたけど、もしかしてこいつは最初っから神様だったのか? 人から作られたものじゃない神様……。
「あんなに! あんなに手伝うたのに! それなんに、それなんに……段々人が居らんようなって……一人ぼっちになって、気が付いたらここにおったんや……。こんなん……許せる訳ないやろが……」
「だ、だから旭さんを手伝ったの……?」
「せや。旭の姐さんは、ここに居る奴らを外に出そうとしよる。そしたら、そしたらまた……ウチは神さんになれるんや……!」
「ん……大体理由は分かったよ。でもさ、それで囃子が神様になれるって証拠あるの?」
囃子はキセルを地面に投げ付ける。
「ウチは! ウチは神さんやぞ! アンタがどんな人生歩んできたんか知らんけどなァ!! アンタの人生なんかより、よっぽど充実しとったわ!!」
「……よく言うよ。たかが神様風情が」
「……あ?」
私は包丁を囃子に向ける。
「決められたプログラム通りにしか動けないのが神様でしょ。融通が利かない存在」
「何やと!? ウチは……!」
「私は人間、あんたとは違う。自分で決めて、自分で生きられる」
「そんなもんウチかて!!」
私は構えをとる。
「じゃあ証明してみなよ。あんたが自分で本当に決められる存在なのかをさ」
「……ええやろ。やったるわ。祭りの余興に丁度ええ」
「そうだね。あんたが死ぬ様は見物になると思うよ」
周りを見渡すと、いつの間にか踊っていた者達は円を描く様にして私達を取り囲んでいた。どうやらもう逃がすつもりはないらしい。
「行くで……黄泉川ァァ!!」
囃子の叫び声によって、酔いを醒ますための戦いの幕が切って落とされた。




