第18話:残された絵馬
ウエキさん達と外に出た私にサキモリさんが尋ねてきた。
「三瀬川……あの能力、向こうの世界で使ったか?」
「え、えっと……向こうの世界っていうのは……」
「お前が今まで居た世界の事だ」
「いえ、使って無いですけど……」
それを聞いたサキモリさんは何やら考え事をし始めた。
ウエキさんが口を開く。
「跡部ちゃんさ、どうしたのさ?」
「……植木、お前は変わった能力は持ってなかったよな?」
「うん? んーまあそうだね」
サキモリさんは森から出るために歩き出し、私達はその後に付いていった。
「この街に変わった能力を持っている奴が居るのを知ってるか?」
「あ、それってあれ? 金刀比羅ちゃんみたいな人でしょ?」
コトヒラさん、私とユカリちゃんの縁を切った人。落ち合う約束だったけど、もうドードーさんのお店に来てるかな?
「ああ、そうだ。金刀比羅の他にも天津罪や水瀬、天願達もだな」
え……今の名前って確か……。
私はサキモリさんに尋ねる。
「あ、あのすみません。今出た名前って……」
「……ああ、黄泉川と一緒に住んでた奴等だ。そういえば、あいつは一緒じゃないのか?」
「えっと、実は……」
私はユカリちゃんの精神に起きている異常とここに来た経緯を話した。
それを聞いたサキモリさんは驚いた様な表情をしていた。
「妙だな……あの黄泉川が……」
「はい。やっぱり変ですよね?」
「ああ。俺の知る限りでは、あいつはそういう事をする様な奴では無かった」
「何かこの街で起きてる事に関係があるんですかね……」
ウエキさんが口を開く。
「ねぇ跡部ちゃん」
「何だ?」
「私はさ、旭がおかしいと思うんだよね」
「……根拠は?」
「実はさ、信じてもらえないかもだけど、私、埋められてたんだよね。あの桜の木の下にさ」
「それは……あの長い階段の上にあるやつか?」
「そそ。三瀬川ちゃんが見つけてくれたから良かったけど、もし見つけてもらえなかったら、私ずっとあの場所で生き埋めだったよ」
ウエキさんが私の頭を撫でる。
「そんでさ、私の店には私の生き写しみたいなのが居てね。いつの間にか入れ替わってたみたいなんだ」
「そいつはどうなったんだ?」
「出てった。私の代わりにね。上手くやってりゃいいけど」
「……そうか。だが、旭が怪しいという根拠にはならないぞ?」
「まあまあ待ちなよ。あの場所を任せたいって言ってきたの、旭なんだよね」
私はドードーさんから聞いたあの推測を話す事にした。
「そ、それとドードーさんから聞いたんですけど、もしかしたら旭さんは『夜明け』を迎えようとしてるんじゃないかって……」
それを聞いたサキモリさんの顔に汗が滲む。
「『夜明け』だと……?」
「はい。何でもここに居る人達を全員外に出すって……」
「馬鹿な! そんな事をすればどうなるか!」
「だよね。でもあの馬鹿ならやるかもよ」
サキモリさんはしばらく考えた後、口を開いた。
「……分かった。俺の方も少し調べてみよう」
「ほ、本当ですか!」
「ああ、どうにも引っ掛かる事があるんでな。それと、お前が持っている能力についてだが……」
「な、何ですか?」
「さっき名前を挙げた奴等に能力を与えた人間が居る。そいつに聞けば、お前の能力の出所が分かるかもしれん」
正直、この能力が誰かに与えられたものだとは考えもしなかった。この街に入った時に偶然手に入れたものだとばかり考えていた。
「誰なんですか、その人って……」
「ナオビだ。通りにデカイ屋敷がある。捜せばすぐに見つかる」
そう言うと、サキモリさんは背中を向けて軽く手を上げると、森から出て行った。
残された私達はとりあえずコトヒラさんと合流するためにドードーさんのお店に向かっていった。
お店に入ると、ドードーさんも帰ってきていた。
「お帰りなさいませ。どちらへ行かれていたのですか?」
「ん? いやぁちょっとね?」
「奥の御部屋で金刀比羅様がお待ちです」
「おっと、ごめんごめん! ありがと」
私はドードーさんに小さくお辞儀をし、ウエキさんの後に続いて靴を脱いで奥の部屋へと上がった。
部屋に入るとコトヒラさんが綺麗な正座をして目を瞑っていた。
「ごめん金刀比羅ちゃん! 遅れちゃったよ!」
「……まあ、待ち合わせに植木が遅れるのは今日が始めてじゃないし、別にいいよ」
コトヒラさんは目に見えて不機嫌そうだったものの、ウエキさんは臆する事無く向かい側に座った。私は何となく、ウエキさんの隣に座る。
「さて、旭の事だけど」
「何か分かった?」
「これ」
コトヒラさんは袖から一枚の絵馬を取り出し、私達の前に置いた。
「よく見なよ。それがうちの神社の絵馬に混ざってた」
絵馬には『皆がここから出られますように』とおぼつかない筆跡で書かれていた。しかし、それ以上に目を引いたのが、その下に書いてある明らかに別人の文字だった。
「植木、分かるでしょ?」
「……あれ、だね」
「そう……ヒツケさまって呼ばれてた奴だ。一時期は制御が利かなくて危険だったけど」
そこに書いてあるのは『もういやだ 大丈夫』という言葉だった。かつて私がこの街にやってきた時に会った、優しくも恐ろしい神様……その神様を呼び出すための言葉だった。
「何でこれが金刀比羅ちゃんとこの神社にあったの? 火ノ神神社にヒツケさま居るんだよね?」
「さっきここに来る前に寄ったけど、確かに居た。今は大人しくしてたよ。でも、この絵馬が見つかった以上は、誰かがヒツケさまを起動させたとしか考えられない」
「じゃあ旭でしょ! あいつしか居ないよ!」
コトヒラさんは絵馬を袖に戻す。
「それは無い。ヒツケさまは現れたらすぐにその力を行使する。それなのにどう? まだここに皆居る」
「じゃあ、失敗したとか?」
「それも無い。これは完全に別人が書いた字だよ」
「何でそう言えるのさ?」
「私は旭が字を書いているのを見た事がある。不気味な程に達筆だった。でもこれは字の震えや迷いから見るに、目の不自由な人間が書いたんだと思う」
実際、絵馬に書いてあった字はお世辞にも綺麗とは言えない様な字だった。それこそコトヒラさんが言ったみたいな、目の不自由な人が書いた様な……。
「でもそんな人居る? 覚えが無いんだけどなぁ……」
「一人だけ居る。うちの神社に来ていた客の中に居た」
「だ、誰なんですか……?」
「御七夜奈々」
聞いた事が無い名前だった。少なくとも、会った事が無い。
どうやらウエキさんも覚えが無い様で、腕を組んで唸っていた。
「ごめん、思い出せない」
「まあ古参だしね。知らなくてもおかしくない」
「ん? 金刀比羅ちゃんと同じ時期にここ来た子なの?」
「私も明確な時期までは知らない。でも、私がここに来た時にはもう居たよ」
もしかしたらその人を探し出せれば、ユカリちゃんを元通りにしたり、由紀さんを見つけ出したり出来るかもしれない。サキモリさんが言っていた人も気になるけど、まずはオシチヤさんを捜した方がいいかも……。
「じゃ、じゃあ捜しましょう」
「勿論そのつもり。ただ、もう大分長い間顔を見て無いんだ。今どこに居るのかも分からない」
「家とかは?」
「顔を見なくなってから一回行ってみたんだけど、居なかった。目撃証言すら無かった」
「じゃあどうやって見つけるのさ?」
「御七夜の知り合いに会いに行く。あいつなら何か知ってるかもしれない」
そう言うとコトヒラさんは立ち上がり、部屋から出ると靴を履いた。私達は急いで後に続く。
「おや、皆さんどちらへ?」
「かつての神代の所って言えば分かる?」
「……なるほど。行ってらっしゃいませ」
神代? オシチヤさんと神代テクノロジーには何か関わりがあるのかな……? だとしたらオシチヤさんって、ウエキさんみたいに何かされてるんじゃ……。
少しばかりの不安を覚えつつも、私とウエキさんはコトヒラさんの後に付いていった。




