第17話:天願好子の怨み
天願はまるで悪意を感じない笑顔をこちらに向け続けていた。私は体当たりを仕掛け、強行突破をしてみる事にした。
私は床を蹴り、全速力で走り出した。天願は相変わらずその場に立ち、笑顔を向け続けている。私はそのままの勢いで全体重を掛けて全身でぶつかった。
「……っ!?」
しかし、天願に当たった瞬間、私の体は見えない何かに弾き飛ばされ、元居た場所に転がった。かなり派手に飛ばされたにも関わらず、体にはどこにも怪我は無かった。
「だ、大丈夫!?」
「……何、今の?」
「縁さん、先程も申し上げましたが、お止めください。私の使命はここからあなた方を出さない事なのですから」
私は服に付いた埃を払いながら立ち上がり、天願を睨む。
あいつにはまるで衝撃が行って無い様に見える。全力でぶつかったのに何で? 触れる時と触れない時に違いがあるのかと思ってたけど、どうもそれだけでは無いっぽいかな……。
「ね、ねぇ好子ちゃん! どうしてこんな事するの!?」
「先程も申し上げたかと思いますが、私は旭さんからの御命令です」
「で、でもあの人は危ない人なんだよ……?」
「ですが困っておられました。困っている方をお助けするのが私の使命ですよね?」
……何だ? 今の何かおかしかった様な気がする……。何で自分の使命かを確認した? 天願は自分の意思で動いてるんじゃないのか?
天津罪は悲しげな表情で話す。
「好子ちゃん……もう、もういいんだよ。もう……終わった事なんだから……戦争は終わったの……だから、もういいんだよ……」
「……いいえ。戦争は終わってはいません。旭さんはそう仰っていました。私達は、必ずや鬼畜米英共が属する連合国を倒さねばならないと」
「違うんだよ……! もう戦争は終わってるの! もうずっと前に! 分かってる筈でしょ!?」
天願は笑顔を崩さない。
「戦いは、勝つまで終わりではないのです。天皇陛下の御為に、私達は戦わねばならないのです」
私は天津罪に加勢する。
「ナオビ、とか言ったっけ? あの爺さんも言ってたよ。もう戦争は終わったって」
「…………」
突如天願の顔から笑顔が消え去り、まるで受信状態の悪いテレビの様に体がぶれ始める。
「エラーエラーエラー……情報の齟齬を確認……要因、不明……」
天願は俯き、先程まで見せていた人の良さそうな声とは真逆の、酷く機械的な声を発し始めた。
「好子ちゃん! 信じて! 本当に……本当に……全部終わってるの!」
「記録を再確認……大和、レイテへ……囮作戦……59機……敵機、約108機……制御装置、破損……本体、損傷……瑞鶴、損傷大、最早逃れられず……沈没開始……悲鳴、泡……泣き声……母様、父様……お許しください……能力、使用不能……命令を、命令を……瑞希さん……確認……」
何を言っているのか詳しくは分からないけど、多分ナオビが言っていた戦争の話か。この感じだと船に乗ってたみたいだけど……。
「何故……お逃げになったのですか……? 何故、使命を果たされなかったのですか? 何故……罰されなかったのですか? 何故彼らを、私達を見捨てたのですか? 何故、ぬくぬくと生きていられらたのですか?」
何かを察した天津罪は水瀬を背負ったまま天願を抱き締める。
「誰も、誰も悪くなかったんだよ……? あの人も……当然好子ちゃんも……」
突然、天願の声が聞いた事の無い声に変わる。
「『戦犯は罰するべき、そうでしょぉ?』、『はい。御国の為に罰されるべきです』、『だよね。でもその前にさぁ、やるべき事があるよね?』、『何でしょうか?』、『日本を酷い目に合わせた鬼畜米英共の抹殺だよ』」
「好子ちゃん……? その声……」
水瀬が天津罪の背中を揺らし始める。
「あさひの、こえする。どこ?」
「『ですがどうすれば?』、『まずはここに居る皆を外に出さなきゃね?』、『なるほど。ですがどの様に?』、『命令するよぉ。木船由紀を捕まえて』、『承知致しました』」
木船の名前が出た途端に天津罪が顔を上げる。
「い、今……何て?」
「よしこいった。ゆき、ゆき、つかまえる」
「よ、好子ちゃん? 今の本当なの?」
天願は顔を上げると、無機質な表情で天津罪を見つめた。
「私は許しません。この大日本帝国を傷付けた鬼畜米英共を。私は許しません。私達を見捨てた指揮官を。私は許しません。彼を罰しなかった日本を。皆等しく許しません」
私は天願に近寄る。
「何いつまでも過去の事言ってる訳? そいつが誰なのか知らないけど、もうとっくにくたばってるんでしょ? ならいいじゃん」
「縁さん、あなたには分からない。あの場に居なかったあなたには、ちゃんと学校にも通えてたあなたには。あっちから逃げてきたあなたには分からない。逃げられなかった、戦わなければならなかった者の気持ちは分からない」
「ん……私が逃げた? 何の事言ってるのさ?」
「忘れるなんてずるい……ずるい、ずるい……ずるいずるいずるい……逃げた事実を忘れるなんて……ずるい……私も忘れたい……だけど許さない……あの時は足りなかったから勝てなかった。だから今度はもっと増やす。数で押し潰す……違う……そんな事したくない……皆で笑って……一緒に御飯食べて……」
よく分からないけど、どうやらこいつが喋ってる事は全部が全部本心じゃあないらしい。なら、簡単に退ける事が出来るかも。
私は背伸びし、天津罪に耳打ちする。
「……え? でも大丈夫かな……?」
「知らないよ。私はやらないから。天津罪がやれば?」
「う、うん。やってみるよ」
天津罪は天願を強く抱き締め、頭を撫で始めた。
「大丈夫、大丈夫だから……私達が居るから……ね?」
「……裏切りは、ありませんか? もう私を置いて逃げませんか?」
「うん……逃げないよ。ずっと一緒……皆、ずっとずっと……」
「いっしょ。よしこ、はらえ、みんな、いっしょ!」
天願の体に発生していたノイズの様なぶれはいつの間にか無くなっていた。
「では命令して下さい。ずっと側に居ろと」
「ううん。命令なんてしないよ。でも、約束する。絶対にもう、寂しい思いはさせないからね……」
天願は何も言わず、天津罪を抱き返した。
……私にはあいつが言っていた意味がよく分からない。私が逃げた? いつ、どこで? 失くした記憶に関係してるんだろうか? でも、そんなのはどうでもいいか。私にはサエが居てくれればいい。過去の私なんてどうでもいい。そんなものは鳥の餌にでもくれてやる。それだけ価値が無いんだ。
しばらく抱き合っていた天願は天津罪から離れ、こちらへ近寄ってきた。
「御迷惑をお掛けしました。旭さんからの命令を、削除しました。通行は可能です」
「ん……そう。最初からそうしてくれれば良かったのに」
天津罪は不安そうな顔をしてこちらを向く。
「ねえ好子ちゃん、さっき言ってたのは本当なの? 由紀さんを……捕まえたって……」
「はい。現在由紀さんは、旭さんが管理しておられる湯屋の地下で監禁しております」
「そ、そっか! じゃあ早く行かないと!」
部屋から飛び出そうとする天津罪を天願が止める。
「お待ちを。中に入る事は不可能です」
「ど、どうして?」
「……祓さんは、今この街にある霧が撒かれているのを御存知ですか?」
「き、霧? そんなものは見えないけど……」
周囲を見渡してみたものの、私にも見えなかった。
「どこにも無いね」
「なるほど。どうやら皆さんは大丈夫の様ですね」
「何が?」
「現在空気中に散布されている霧は、アルコールに非常に近い成分が含まれているのです。これらを耐性が無い者が吸うと酩酊状態になり、正常な判断力を失うのです」
アルコールか……確か管理人はよく夕飯の時に飲んでたっけ。銘柄までは知らないけど。
「そしてその状態になった者で無ければ、あの湯屋に入る事は出来ないのです」
「で、でも好子ちゃんは入れてたんでしょ? なら……」
「はい。ですがそれも過去の話です。恐らく私が寝返った事はもうバレているでしょう」
「他に方法は……?」
「この霧を止める事でしょうか。この霧は一種の術式、術者を止めれば湯屋にも入れる様になるかと」
天願は書斎に落ちていたペンを拾うと、近くにあった適当な紙に何かの図を描き始めた。
「街から少し離れた場所に、この様な開けた場所があるのを御存知ですか?」
「う、ううん。行った事ないかも……」
「そうですか。この場所では毎日の様に祭りが開かれているのです」
「祭りが……?」
「はい。何でも、木花開耶姫という神様を祀るお祭りだそうです」
何だったかな……サエがよく読んでた本にそんな事が書いてあった様な気もする。
「私が確認した情報が正しければ、その祭りの主催者がこの術式を施している様です」
「で、でも可能なのかな? 街全体を包む様な術式なんて……」
「そのための祭りなのかもしれません。複数の人間の意識を統合し、より強力な術式にしているのかもしれません」
「おまつり、たのしい。でも、むりやり、だめ」
「そうですね。それは私もそう思います」
天願はペンを置き、立ち上がると扉の方へと歩き出した。
「行きましょう。御案内します」
「う、うん。縁さん、行こう?」
「……サエを捜すついでって事忘れないでよ」
私は仕方なく三人の後に付いて歩き出した。
階段を下り廃屋を出ると、天津罪が少し歩く速度を落とし、こちらへ寄ってきた。
「何……」
「さっきはありがとう。縁さんが私に教えてくれなかったら、多分説得出来なかったと思うよ」
「別に……。私はただ早くサエと会いたいだけ。それだけだよ」
水瀬が体を乗り出してくる。
「ゆかり、やさしい。いっぱいすき」
……何だこいつ気持ち悪い。私が好きなのはサエ一人だ。この程度で勘違いするなんて本当に気持ち悪い……。
「別に私はお前なんか好きじゃないよ。当然、天津罪もね」
「あはは……そ、そっか……」
「ひどい。でもすき」
これ以上は下手に文句を言っても無駄らしい。こういう頭が足りない奴は本当に面倒だ……悪口を言っても利きやしない……。
「あっそ……。じゃあ好きにすれば」
「うん。すき」
「……で? あんたの用はそれ言うだけ?」
「あ、そ、そうだね。うん。……えっと、ありがとう」
天津罪は若干気まずそうにしながら、また私の前を歩き始めた。
私は今度こそサエに会える事を祈りつつ、後を付いていった。




