第16話:純粋過ぎた家族
ナオビから聞いた花屋に辿り着いた私は引き戸に手を掛け、開けようと試みた。しかし、鍵が掛かっているのか開く様子が無い。私は包丁を取り出し、鍵の差込口に突っ込もうとする。
「だ、駄目だよ縁さん!」
天津罪は私の腕を押さえ、動きを封じてくる。
「離しなよ。ここに居るんでしょ?」
「ま、まだ分かんないでしょ!? 勝手に入ったら怒られるよ……!」
私は仕方なく包丁を納める。
「……私はここで待つつもりだから」
「縁さん……もうちょっと私達に付き合ってよ。賽ちゃんの事が心配なのも分かるんだけど……まずは由紀さんを捜さないと……」
天津罪は申し訳なさそうな表情でこちらを見る。
……別に木船とかいう奴が見つからなくても私は困らない。でも、少しでもサエに繋がってるなら捜す必要があるかもしれない。
私は仕方なくもう少しだけ手伝う事にした。
「……ん、分かった。もう少しだけね……」
そう言うと天津罪は嬉しそうに笑い、涙を見せる。
「ありがとう……縁さん……」
「何泣いてる訳? 気持ち悪い……」
「だって、断られると思ってたから……嬉しくて……また前みたいに仲良しな家族に戻れたみたいで……」
意味が分からない。こいつの言ってる通り、私はこいつらと一緒に暮らしてたのかもしれないが、今の私からすれば存在しない記憶だ。
泣いている天津罪を見た水瀬は顔を近付け、涙を舐める。
「なかないで」
「ごめん……ごめんね……大丈夫だよ……?」
「はらえ、わらってるのすき。ゆかりも、わらってるのすき」
水瀬が無表情のままこちらを見る。
「わらって?」
「……別に楽しくも無いのに何で笑う必要がある訳?」
「わらう、たのしい。えがお、みんなえがお」
本当に不気味な奴だ。こういう喋り方しか出来ないのは仕方が無いのかもしれないが、こうやって気持ちを押し付けてくるところがムカつく……。
「ごめんね……行こうか」
天津罪は涙を拭うと水瀬の頭を優しく撫で、背中におぶった。
「今度はどこに行くのさ」
「前に由紀さんが行ってるのを見た事がある場所なんだ。ちょっとここから離れてるけど……」
「ん……じゃあさっさと行こうよ」
「う、うん」
私は天津罪の後へと付いていく事にした。
しばらく歩いていると、天津罪はある家の前で立ち止まった。その家はもう長い事使われていないらしく、そこら中にボロが来ており、壁や屋根が一部剥がれていた。
「ここだよ」
「……見た感じ、廃屋なんだけど」
「うん。何でなのかは分からないんだけど、由紀さんはよくここに来てたみたいなんだ……」
天津罪がドアノブを捻ると、扉は簡単に開いた。外から見た感じだと、中も外と同じ様にボロボロになっており、薄暗くなっていた。
「い、行くよ……」
「さっさと行きなよ。付いてくから」
天津罪は少し震えながら中に入り、私もそれに続いた。中は本来なら真っ暗な筈だというのに、何故か薄暗い状態を保っていた。周囲を見てみても光源らしい物は見当たらない。
「……本当にここに居る訳? 人が住む場所じゃないでしょ」
「で、でも実際に前に居た事があったし……」
「ん……じゃあさっさと見て回ろうよ。どうせそこまで広い場所でもないんだし、すぐに終わるでしょ」
「そ、そうだね……じゃあ二階から捜そうか……?」
「何で?」
「え? そ、それはその……」
天津罪は何やら言い淀み、目を逸らした。すると、天津罪の気持ちを代弁する様に水瀬が口を開く。
「ここ、くらい、こわい。にかい、さきのほうがいい。こわいところ、さきがいい」
何となくだが、言いたい事は分かった。要は何かあった時、二階から脱出するのは難しいが、一階からなら脱出がしやすいという事だろう。危なそうな場所は先に探索した方がいいって事なんだろう。
「……分かったよ」
「ご、ごめんね?」
「いいから、行くよ」
私はさっさと探索を終えるために階段へと向かい、足を掛けて上り始めた。天津罪は水瀬を背負ったまま後を付いてきた。
二階にはそこら中に機械が転がっていた。いったい何に使う物なのか検討もつかないが、恐らくここに居た奴が使っていた物なのだろう。
私は近くのドアノブを捻り、ドアを開ける。中は書斎になっている様で、そこら中に本が散らかっており、壁や床には何かがぶつかった様な穴がいくつも開いていた。
「ど、どう?」
「どうって、知らないよ。自分で見れば?」
「そ、そうだね……」
天津罪は恐る恐るといった様子で部屋に入ると、驚いた様な表情をする。
「これっていったい……」
「さぁ。知らないよ」
私は誰も居ない事が分かり、適当に部屋の中を見ていたが、散らかっている物の中に気になる物を発見した。
近寄ってみると、それは写真立てで、大分長い間放置されていた事が分かる。拾い上げて写真を見てみると、そこには眼鏡を掛け、白衣を着た女性とその女性に抱かれている赤ん坊が写っていた。
女性は穏やかな笑顔を見せており、赤ん坊の方はリラックスしている様に見えた。もしかしたらこの二人は親子なのだろうか?
私は何となく写真を写真立てから取り出し裏を見ると、そこには『私の宝物 1998年9月13日』と手書きで書かれていた。
「ねぇ、これ誰?」
私は後ろに居る天津罪に声を掛ける。天津罪は少しビクついた後、こちらに近寄ってきた。
「ど、どうしたの?」
「この写真の奴。見覚えある?」
「これは……誰だろう? こんな人見た事無いけど……」
天津罪にも誰かは分からない様だった。しかし、水瀬が天津罪の背中から顔を出し、写真を見る。
「ゆき、ちっちゃい、ゆき」
「え……?」
「ゆき、ゆき」
こいつの言ってる事が正しければ、この赤ん坊が由紀なんだろう。だとしたら、この女性は由紀の母親か?
私は写真を裏返し、二人に見せる。
「ここに日付も書いてあった。これはどう?」
「1998年? ……何だろう? その時期にはもう黄昏街は出来てたけど……」
「ゆき、もういた。ゆき、おおきかった」
「あれ? そういえばそうだね……あれ……? ここに写ってるのが由紀さんだとしたら、おかしいよね……? その時期に私達が見た由紀さんは家にあるあの写真と同じ見た目だった筈……」
「ん……じゃあこの子供は違うんじゃない?」
水瀬が天津罪の背中で体を揺らす。
「ゆき、ゆき、ゆき」
「瑞希ちゃんが間違えるとは思えないよ。でもそれだと……年齢が合わない……」
よく分からないが、もしこの子供が由紀だとしたら、こいつもあのナオビが言っていた様な呪術か何かを施されているんじゃないだろうか。別にそういうのに詳しい訳でもないが、そういう事が出来てもおかしくない。現にこんな天津罪や水瀬が作られたんだ。年齢を弄る事位は出来るだろう。
「……ここでじっとしてても仕方ないでしょ。さっさと一階を見て回ろうよ」
そう言って書斎の入り口へ向かおうとすると、扉の前に一人の少女が立っていた。その姿は天津罪に見せてもらった写真に写っていた天願好子と同じだった。
天願は優しげな笑みを見せこちらを見ていた。私は考え込んでいる天津罪の肩に触れる。
「……天願だ」
「え?」
「あそこ」
私が指差すと、天津罪は驚き、声を上げた。
「よ、好子ちゃん! どこに居たの!? 心配したんだよ!?」
「御久し振りです祓さん、縁さん」
どうやらこいつも私の事を知っている様だ。一緒に暮らしていたんなら当然か。
天津罪は天願に近寄り、視線を合わせるように屈む。
「今までどこに居たの?」
「はい。現在私は旭照さんの元で働いております」
「え、旭さんの所……?」
天津罪の顔色が少し悪くなる。
「ど、どうして? こ、こんな事言ったら失礼だけど……あの人には近寄らない方が……」
「ですがお困りでした。お手伝いして欲しいとの事でしたので、微力ながらお手伝いさせて頂きました」
水瀬が口を開く。
「あさひ、あぶない、ゆき、いってた。だめ。ちかくにいく、だめ」
「何故でしょうか? お困りになっている方がいらっしゃるのであれば、お助けするのが当然の事なのでは?」
「あ、あのね? それはそうなんだけどね? あの人はちょっと危ない気がして……」
天願はこちらを見てくる。
「縁さんなら分かって頂けますよね? 賽さんをお助けになった縁さんなら」
「……私はサエだから助けただけ。あの子のためならあれ位するよ。殺し位」
天願は首を傾げる。
「私の中の記憶と縁さんの記憶に齟齬が生じている様ですが、大丈夫ですか?」
「別におかしくない。それよりも、そこ退いてよ。邪魔なんだけど」
天願は相変わらず笑顔を崩さない。
「旭さんからの御命令です。ここをお通しする訳にはいきません」
どういうつもりだろうか? その旭とかいうのには会った事がないが、どうして私達を邪魔しようというのだろうか? さっきから天津罪や水瀬が言ってる事から察するに、相当ヤバイ奴みたいだけど。
私は包丁を取り出し、天願に向ける。
「じゃあ死になよ」
「いえ、それは御命令では御座いませんので」
天津罪が慌て始める。
「ま、待って! 駄目だよ! 止めて! 家族なんだよ……!?」
「止めないよ。言っとくけど、私からすればこんな奴どうでもいいんだよ。私はサエが居てくれればそれでいい。それ以外の奴はいくらでも替えの利く人間に過ぎない。何人死んでも、別に心は痛まない」
天津罪は天願の顔を両手で掴み、顔を近付ける。
「お願い……こんな事止めて?」
「申し訳ありません。任務の支障になります」
私は足早に近付き、天津罪を退けると天願に包丁を突き刺した。しかし、包丁は何故か天願の体をすり抜け、当たらなかった。
「っ!?」
私は腕を引き、空いた手で天願の体を掴み、今度は喉を突いたが、同じ様にすり抜けてしまった。
何で……? 体には触れてるのに、何で包丁が刺さらない……?
天願は相変わらずニコニコと笑顔を見せており、その笑顔は最初の優しげという印象を大きく塗り替え、ただただ不気味だった。
「死ねっ!」
私はそのまま包丁を横に薙ぎ、首を落とそうとしたがやはり同じ様にすり抜け、包丁は空しく空を裂いた。
私は何とも言えない不気味さを覚え、後ろに飛び退いた。
本当にこいつの目的は私達を通さないという事だけらしい。こっちがどんなに攻撃をしても顔色一つ変えず、ただただそこに立っているだけだ。何の反撃もしてこない。いや、してこないんじゃない。する必要が無いんだろう。
「ここに居てください。私はいつまでも一緒に居ますよ」
天願が私達に笑顔を見せる。その笑顔には一切の悪意や害意は存在していなかった。純粋な善意、それだけだった。
「ど、どうしてこんな……」
「よしこ、あけて」
「……絶対出てやるから」
私は天願を睨み、ここから脱出するための方法を考える事にした。




