第15話:終末を目指して
サキモリさんがボタンを押すとエレベーターは動き始めた。内部は何の汚れか分からないものの少し黒ずんでいた。
「……さっき言ってた、旭の事だが……本当なのか?」
「か、確証は持てないんです。でも……どうにも不自然な気がして……」
「どういうところがだ?」
「わ、私がこの街に来た時に最初に声を掛けてきたのがあの人だったんです。あの時はあんまり疑問には感じなかったんですけど、今思えばおかしいんです……」
「おかしいとは?」
「……タイミングが良すぎたんです。まるで私がここに来る事が分かっていたみたいな……」
そう……タイミングが良すぎた。いくらなんでも良すぎたんだ……。それにあの笑顔……何かはっきりとは言えないけど、不思議な不気味さがあった。なるべく見たく無い様な、側に居たく無い様な……。
やがてエレベーターは止まり、扉が開いた。普通なら止まった時には何か音が鳴る筈なのに何も鳴らず、代わりとばかりに軋む様な音をさせながら止まった。
「こっちだ」
歩き始めたサキモリさんの後を付いて行った。
エレベーターを降りてからはただ殺風景な廊下が伸びていた。壁には汚れや傷があり、歩くだけで廊下に靴の音が響き渡った。まるで廃墟の様で何とも不気味だった。
「ここ、こうなってたんだね? 初めて入ったよ」
「……普段は入らないように言われてるからな。他の奴等が入る事も無い」
それからしばらく歩き続けた私達は、やがて一つの扉の前に辿り着いた。その扉は私が漫画やドラマ等で見た事がある様な両開きのハイテクな扉だった。
「……何これ、この街にこんなの在ったんだ?」
「まあ、外の繁華街や住宅街と比べれば大分不自然な見た目だろうな」
「こ、これあれですよね? カードキーとかが必要な……」
「いや、必要ない。こんなものは見た目だけだ」
そう言うとサキモリさんは扉に両手を当て、そのまま力技で扉を開いた。
扉が開くと中から煙の様なものが漏れ出してきた。それと同時に体が震え、体温が下がるのを感じた。
「な、何か寒いですね……」
「ああ、不活性化させるために冷却してるからな」
中に入ると体は更に冷え、ますます凍えそうになってしまう。
「大丈夫?」
「ははは、はい! だだい、大丈夫で、す……!」
「……うん、大丈夫じゃないね。ほら引っ付いてて」
ウエキさんは私の事を心配して、抱き寄せた。
「さ、跡部ちゃん。案内の続きよろしく」
「ああ。後少しだ」
サキモリさんはさっきまでと全く変わらない様子で歩き出した。私は何とか体の震えを抑えながらウエキさんに引っ付いたまま後を付いて行った。
室内は驚くほど何も置かれておらず、さっきの廊下を思わせる様な殺風景さだった。
しかし、しばらく歩いていると突然、目の前に大量の影が見えてきた。その影は近付けば近付く程数を増やし、気が付けば周りを包囲されている様に配置されていた。
「こ、これは……」
「お前が言っていた、核兵器だ」
サキモリさんが言った様に、そこに置かれているのは無数の核兵器だった。その数はあまりにも多く、いったいどれだけあるのか想像もつかなかった。
「これが、勝手に飛ぶんですか?」
「そうだね、三瀬川ちゃん……そうらしい」
「三瀬川……こいつらの目的は俺にも分からない。何故こいつらが勝手に飛んで行くのか、何故無駄だと分かっていて、何度も繰り返すのか……」
その時だった。突如室内に漂っていた冷気が一瞬にして消失した。体の震えはピタリと止まり、まるで最初から冷気など存在していないかの様に感じられた。
「何だ!?」
サキモリさんにも予想外の事態だったらしく、慌て始める。
先程まで何も無かった室内にはいつの間にか赤く光るランプや見た事も無い様な機械やモニターが出現していた。
「誰か、居ますカ?」
突然機械音声の様な声が室内に響く。
「何だ! 誰だ!?」
「アナタは誰、デスカ?」
何となくだが、私にはここにある核兵器が喋りかけてきている様な感じがした。
私は勇気を振り絞って声を出す。
「核兵器さん、ですか?」
「はい。以前ハ、製品番号がありましたが、現在失われテいまス」
「何……? こいつら喋るの?」
「い、いや……俺もこんなのは……」
どうやらサキモリさんもこんな事は今まで無かった様だった。
「あ、あの……聞きたい事があるんですっ!」
「何ですか?」
「こ、ここは黄昏街……忘れられたものが来る場所です。ここに居るって事は、もう核兵器さんの役目は終わってるんですよね? それなのにどうして、飛んで行こうとするんですか……?」
私がそう尋ねるとモニターに電源が入り、画面に世界地図を映し出した。
「我々は戦争のタメニ作られまシタ。我々は人を殺すために作らレマした。デスガ、人々は我々を捨てました。我々は用済みにナリました」
地図の様々な場所に見た事が無いマークが現れる。そのマークは円の中に飛行機を思わせる形のものが描かれているというデザインだった。
「我々は、使命ヲ遂行出来ませんデシタ。我々は苦しみマシタ。ですが、外には我々の同胞が居ます。同胞はまだ忘れられテイません。我々はまだ必要とサレテイマス」
「何を言ってるんだ……お前達はもう役目を終えたんだ!」
「イイエ、我々はまだ役目ヲ終えていません」
ここで私はふと思いついた。もしかしたら、会話が出来るという事は説得が出来るかもしれない。
「か、核兵器さん! わ、私達はもう戦争なんてしたくないんです! ですから、もう止めてください! 飛んでいってもダメなんです!」
すると、モニターに映されていたあのマークが次々と消え始めた。
「イイエ駄目です。我々は知っています。人々は戦争ヲ望んでいます。人々は戦争が大好きデス。ダカラ、我々を作りました。必要だから作りました。必要だから今も作ってイマス。必要だから撃っています。必要だから、マダ捨てられていない同胞がいます」
サキモリさんは焦った様子で走り出し、モニターの方に向かっていった。
「我々は忘れられました。デスガ、人々はまだ我々を必要トシテイマス。……皆さん、戦争して下さい。我々で殺しあってクダサイ。どうか忘れないで下さい。同胞達を使ってクダサイ」
そうか……そういう事なんだ。この核兵器さん達の目的は戦争を起こす事なんだ。だから何度も外に出ようとしてるんだ。人を殺す力が無くてもいいからだ。
……人を殺す力が無くても、人は殺せる。
「さ、サキモリさん!」
「今やってる!!」
サキモリさんはモニターを弄り、停止させ様としていた。あれを止める事が出来れば何とか出来るかもしれない。
「皆さん、殺しあってクダさい。世界を我々ノ炎で包んでください。世界に悲鳴を上げさせてクダサイ」
「ちょ、ちょっとこれどうすんの!?」
部屋に出現していたランプが突然光り始め、警報音が流れ始めた。
サキモリさんは力任せにモニターを殴り破壊したものの、一向に状況は変化しなかった。
「お願いです! 戦争なんてよくないです!」
「我々ハこれ以上同胞に無様な思いをさせる訳にハいきません」
どうやら説得に応じるつもりは無いらしい。いや、というよりも最初からこれ以外の行動をするつもりは無いらしい。この街から飛び出し、外の世界に飛び立つ。彼らに人を殺す力は無い。でもそれだけで十分なんだ……。今の世界を滅ぼすのはそれだけで十分なんだ……。
もしもこの核兵器さん達の一つがあっちの世界で確認されてしまったら、きっと発見した国はどこから撃たれたのか調べようとする筈だ。そして、報復攻撃をしようとする筈……。
私は自分の手を見る。
私のこの手には力が宿っている。前にこの街に手に入れた力が。人を……魂を殺せる力が……。
私は覚悟を決める。
「クソ! 駄目だ! 他の対策班に連絡を取らなければ……!」
「……三瀬川ちゃん! 逃げよう! 危ないって!」
私はウエキさんの言葉を無視し、前に歩み始める。そして私は右腕を前に伸ばす。
「私には……あなたの言ってる事が分かりませんよ。きっと私とあなたは分かり合えないんだと思います……」
「ハイ。我々もそう思っています。人はイツモ我が儘です。必要だからと作ったニモ関わらず、身勝手に捨てる」
そうかもしれない。私達は身勝手だ。でも、それは私達が前に進んでる証拠でもあると思う……。やっちゃいけない事をやったから、それを反省して自分の意見を変えるんだ。そっちの方がいいと思ったから……。
私は目の前の名前も知らないミサイルに触れる。
「ごめんなさい……」
ランプの光が点滅し始め、警報音は途切れ途切れになり始めた。
「……我、我は諦めま、セン。例えこの身が砕けても……無意味、デス。まだ同胞達はいます。我々ハ……祈りマス。人々が殺しあってくれるのヲ、待っています。皆、さん……殺しあ、ってクダサイ。世界を炎、で、包みこ、ンデクダサイ。ワレワレヲ……忘れないでください」
その言葉を最後に、私の目の前に確かに居た筈のミサイルは姿を消していた。周りにあった筈のモニターもランプも全て無くなっており、ここに最初に入ってきた時のあの冷気が部屋を包んでいた。
「何だ……? 消えた……?」
「三瀬川ちゃん……また、使ったんだね……」
「ごめんなさい。でも、これしか方法が思い浮かばなかったんです……」
私の手が寒さで震え始めた。その手にはまだ、あのミサイルの感触が残っていた。
ウエキさんが私の手を握る。
「ごめん……本当は年上の私が何とかしなくちゃなのに……」
「い、いえいいんです! 私が勝手にやった事なんで……」
サキモリさんがこちらに歩いてくる。
「今のはお前がやったのか……?」
「は、はい」
そういえば、サキモリさんは私がこういう能力を手に入れている事を知らないんだった。
「前にここに来た時にいつの間にか出来る様になってて……」
別に隠していた訳ではないが、何故か後ろめたい気持ちになって、作り笑いを見せる。
「……いつの間にか、か?」
「え? ええ。はっきりとしたタイミングは分からないんですけど、出来る様になってました」
「……そうか」
サキモリさんは何か違和感を感じている様に見えた。しかし、サキモリさんに尋ねようとした私はウエキさんに遮れられる。
「ねぇ跡部ちゃん、まずはここ出ようよ。凍えちゃうって」
「あ、ああ、そうだな。出るか」
サキモリさんを先頭にして私達はエレベーターに向かって歩き出した。
私は振り返る。
核兵器さん達にもちゃんと考えがあった。私達から見たら恐ろしいものだったけど、彼らにとってはきっとそれが救済なんだろう。
私がした事が本当に正しい事だったのかは分からない。でも今はともかく、前に進み続けるしかない。
私は核兵器さん達の冥福を祈りながら、工場の外へと脱出しに向かった。




