第12話:戦場を呪おうとした者達
私はいつの間にか目を覚ましていた。
いつもなら鳥の鳴き声とかで目覚めるが、ここではそういうのも無いのだろう。
「あ、おはよう。眠れた……?」
「ん……まあそれなりに」
「そっか……ご飯はどうする? 何か食べる?」
そういえば、こっちに来てから何も食べていなかった。少し空腹ではあるがここでは何を食べられるんだろうか?
「……何か食べる物ある訳?」
「えと……一応まだパンがあった筈だけど……」
そう言うと天津罪は廊下に出て、奥の部屋へと移動していった。
私は立ち上がり、天津罪の後を追う。
天津罪が移動した部屋はキッチンだった。
だが、とてもいい環境とは言えない。シンクの中には汚れた食器や変色した謎の物質が散乱し、皿を入れている棚は傷だらけでガラスも割れていた。
天津罪は引き出しの中に入っていた袋詰めのパンを取り出すと、それを一つ私に手渡した。
「ど、どうぞ」
「ん……ここさ、掃除しないの?」
「掃除したいんだけどね……し、した側からすぐに散らかっちゃうんだよ……」
……こいつの性格から考えるに、掃除下手という訳ではないのだろう。だとしたら、勝手に散らかるって事か。
私はパンを口に入れ、咀嚼する。
特に不味くもなければ美味しくもない。ただのパンだ。普通の味。ここにサエが居てくれれば、きっと美味しく感じられただろう。
「……で? その木船を捜すんでしょ? 目星は付いてる訳?」
「ま、まだ分からない……けど、瑞希ちゃんが捜すの手伝ってくれてるから、まずは合流しようかなって……」
瑞希……確か、水瀬だったか? 脳が他よりも小さい奴の情報を信頼してもいいんだろうか?
「……分かった。ただし、私の目的はサエだから。そっちを優先するよ」
「うん……分かってる。……行こうか」
私は天津罪と共に外へと出て行った。
外へと出た私達は、私達が出会ったあの場所へと移動していた。
「ここに戻ってきた訳は?」
「えっとね……橋、見えるよね? あの下にある川で待ち合わせする事になってるんだ……」
天津罪が指差した方向を見ると、確かに木造の橋があり、その下には川が通っていた。
「ん……じゃあさっさと行こうよ」
私は道行く者達の中にサエがいないか注意しながら橋の近くにある階段まで歩いていった。
階段を降りた先は川岸になっており、そこに覆い茂っている植物のお陰でか、丁度他の者から姿を隠せる様になっていた。
「ここの草むらで待てばいい訳?」
「うん。ここで待ってよ……?」
私達は身を屈め、水瀬が来るのを待ち続けた。
それからどれ位経っただろうか。突然草むらが揺れ、一人の人影が姿を現した。
「はらえ……きた」
「瑞希ちゃん……! 良かった……無事で……」
天津罪は安堵した表情で水瀬を抱き締める。一方で水瀬は無感情な目でこちらを見ていた。
「ゆかり、もどって、きた?」
「う、うん。あのね瑞希ちゃん? 詳しい事は後で話すから、まずは見つけた情報を教えて?」
そう言われた水瀬はふらふらとした足取りでこちらに近寄ると、その場に座り込んだ。
よく見ると、体中が濡れている。まさか泳いで来たの?
「ゆかり、ひさしぶり」
「……あのさ、私はあんたなんか知らないんだよ。それより、早く話しなよ」
水瀬は相変わらず表情を変えることなく話し始めた。
「……ゆき、みつからない。でも、かみしろ、みつけた。むかしの、かみしろ」
「えっ……!?」
「……何? 神代?」
聞き覚えのない言葉がまた出てきた。だが、天津罪の反応を見るに何か知っている様だ。
「説明しなよ。私知らないんだけど」
「かみしろ、かがく、じゅじゅつ、しゅうけんどー、かみさま、つくる。かみさま、そとで、かつやくする。でも、かみしろ、むかし、なまえ、ちがった」
水瀬が私に説明してくれたが、片言過ぎて何を言っているのか分からない。神代? 呪術? いまいちよく分からない。
「……私が話すよ」
天津罪の顔に汗が浮かぶ。
「神代っていうのは、この街を作った人達の事。正確には、『神代テクノロジー』……一つの企業、組織だよ」
「……で、こいつが言ってる事はどういう事?」
「本当は、神代の人間はとっくの昔にここからいなくなったの……でも、瑞希ちゃんの言ってる事が本当なら……」
「本当なら?」
「………………良くない事が起こる、と思う」
どうも歯切れが悪い。こいつはいったい何を隠してるんだ?
もし、サエが私の側から居なくなった理由がそいつらにあるというなら、必ず皆殺しにしてやる。
「……何隠してるのか知らないけど、私の不利になる様な事だったら殺すから」
「大丈夫、それだけはしないよ。縁さんが不利になる事は絶対に……」
「ん……じゃあ、こいつが見つけたって所行ってみる?」
私の発言を聞き、天津罪が驚いた表情をする。
「い、いいの?」
「今のところ、あの子の手掛かりも無いし、もしかしたらこいつが言ってる所で何か見つかるかもしれない」
「あ、ありがとう……」
天津罪は立ち上がると共に水瀬を抱き上げた。
水瀬は特に抵抗する様子もなく、黙ったまま抱き抱えられていた。
「はらえ、おなか、すいた。ごはん」
「あ、そうだね……えっと……」
天津罪はコートのポケットに入れていたパンを取り出し、水瀬の口に近付ける。すると水瀬はまるで餌を食べる魚の様に素早く食い付いた。
パンだけでなく、指まで口の中に入れてしまっている。しかしそれを気にする様子もなく、そのままパンを咀嚼している。
「……そのままでいい訳?」
「うん……指を噛まれた事は無いから大丈夫だよ」
器用な奴だ。ますます人間ぽくない。
「さ、縁さん。この子に案内してもらおう」
「ん……分かった」
私は歩き出した天津罪の後を追う様に進み始めた。
水瀬は天津罪に引っ付いたまま進むべき方向に指を差していた。
私達はその方向に進み続け、やがて大きな日本母屋に辿り着いた。
その家は外から見ただけで金持ちが住んでいると分かる様な家だった。門で閉ざされてはいるが、この広さなら庭などもあるだろう。
「ここ」
「ここに……神代の人が……」
「さっさと入ろうよ」
私は門に付いていた呼び鈴を鳴らす。
すると、しばらくして門が開き、中から一人の老人が出てきた。
顔にはいくつもの皺が刻まれており、相当長い間生きているのが分かる。
「どなたかな……」
「……神代の方、ですよね?」
「……そうか。ついに、来たか……。入ってくれんか。詳しい話は中でしよう」
何かに気付いたらしい老人は私達を家の中に招き入れた。
敷地内にはやはり庭があり、小さな池まで作ってあった。家の中も典型的な日本建築という感じで、趣がある。
私達は客間に通され、そこで向かい合って座った。
「さて……私を殺しに来たのか?」
「……もう、私は人を殺しません。あの時には戻りたくない」
「……そう、だな。すまない」
どうやらこの二人は知った仲の様だ。しかし、私にとっては初対面のため、どうも関係がよく分からない。
「……あんた誰なのさ。どういう奴な訳?」
「……君は、私が現役だった頃にはいなかったな。名前は?」
「縁……あんたは?」
「私は……かつてナオビと呼ばれていた。本名はとっくに捨てたよ……」
「ねえ、あんたは神代とかいう奴らの仲間なの?」
ナオビは目を閉じる。
「昔の話だ……神代テクノロジーという名前も、私が抜けてからの名前だ」
天津罪がナオビから目を逸らす。
「そうですね……あの時は違いましたね……」
「何? 知ってる訳?」
「縁……君は、終戦日を知ってるか?」
「……学校で習った。日本が降伏した日、でしょ?」
「ああ……私達の組織は太平洋戦争が起こった時に結成された。あの時は大日本帝国陸軍特別部隊、通称『し号部隊』と呼ばれていたな」
そういえば、ここには明らかに人ではない者達もいる。ここは……もういない奴らが来る場所なのか?
「あの時私達は、戦争に勝つために才能ある人間を捕まえ、そこに様々な呪術を施した。その結果生まれたのが、そこの二人の様な者達だ」
ナオビは天津罪と水瀬を指差す。
「戦争の勝利……あの時の私達はそれだけに捉われていた。最早手段は選べなかった」
「……そう、ですね。何人も……殺しましたよ」
「すまない……。だが、戦況は一向に良くならなかった。そこで私達はある計画を実行に移す事にした」
「……何?」
「御七夜奈々……この名前に聞き覚えはないか?」
……何だろう。覚えていない筈なのに、どこかで聞いた事がある様な気がする。だが、気持ちが悪い……何かで無理矢理抑えつけられている様な……。
「何か……覚えはある」
「私達は仲間が産んだある女の子を使った。あの子が7歳になった時、その体に呪術を仕込んだ。神や妖怪、その他怪異達を取り込み、制御する力を」
「……それで勝とうとした?」
「いいや。そうじゃない。それらの力を吸収させ、自分自身のエネルギーにさせようとしたんだ。そうして最強の切り札を作る。世界を滅ぼせてしまう程の神……『人柱ノ神』をな」
どうにも、信じられない……スケールが大き過ぎる。人を兵器にしたって事?
「……そうですね。あの時は私達も巻き込まれそうになった」
「なな、みんないっぱい、いれた」
「ああ……だが結局は駄目だった。原爆が決定打となって、我々は敗れた。あの子の力が完全になる前に全て終わってしまった」
「それで?」
「戦争終結と共に私達の部隊も解体された。だが、納得していない者が多数だった。彼らは日本の勝利を諦め切れなかった。次の世代に全てを託し、身を引かねばならないのに、彼らは名を変え、活動を続けた」
それが、神代って事か……。
「彼らは身を隠すため、この場所を造った。絶対にバレない場所だ。今はもう皆どこかに行ってしまったがな……」
「ナオビさん……私はまだあなた達がした事を許せません。でも、協力して欲しいんです。今のあなたにしか頼めない」
「それは、木船の事かな……」
「ええ」
「私の見解では、旭が怪しいと思っている。かつて彼らの中に同じ苗字の者が居た。彼女が何かやったと考えている」
私は完全に置いてきぼりを食らっている。全く話に入っていけない。
「ねぇ……私はサエって子を捜してるの。何か知らない?」
「君が捜している子かどうかは知らないが、最近この街に入ってきた人物がいる。丁度、君と同じ位の子供だったが……」
私は素早く立ち上がり、ナオビに詰め寄る。
「どこ! どこに居たの!!」
「……落ち着け。『花屋 植木』だ。そこで見た」
私は天津罪を見る。
「……ナオビさん、また来ます。その時にはまたお願いします……」
「ああ。いい加減私も、自分の罪と向かい合う時が来た様だ……」
私達は足早にナオビの家を出ると、話に出た花屋へ向かっていった。




