第11話:失われた絆
林から出た私は空を見上げる。
先程まではまだ夕方だった筈だが、もう大分暗くなっていた。
しかし、妖怪の様な姿をした者達や人間達は家に帰る様な素振りは見せず、普通に出歩いていた。
「……こいつらは寝ない訳?」
「う、うん……前もこんな感じではあったんだけど、でもここまで人が出歩く様な事は無かったと思う……」
いったい彼らは何を目的に出歩いているのだろうか。いや……関係ないか。私にはどうでもいい事だ。
とはいえ、このまま休憩もとらずに探し続けるのも無謀だ。どこか休む場所が必要だ。
「ねぇ……どこか休む場所無いの?」
「あ、そ、それなら家に来る? ちょっと散らかっちゃってるけど……」
家……こいつが言うには、私も以前住んでいた所らしいが……。
「ん……そこでいいよ。行こう」
「うん。付いて来てね……?」
私は体を休めるために天津罪に付いて行った。
しばらく歩き続けた私達は途中から路地裏に入った。
そこは先程までの繁華街の様な街とは打って変わって、どこか寂しい印象を受ける街だった。
「この辺は……あんまり人居ないんだな」
「そうだね……皆、出ていっちゃった……」
出て行った……大方あの繁華街に行ってるだけだろう。私は本来あんまり夜に出歩く方ではないため分からないが、どうせすぐに帰ってくるだろう。それなのにこいつは何を悲しそうな顔をしてるんだ。
少し気まずい空気のまま私達は歩き続けた。
やはりあの子以外の人間はつまらない。もしあの子なら、こういう空気になった時、頑張って空気を変えようとする筈だ。
早くあの子を見つけて、さっさとここから出て行こう。
すると突然天津罪が立ち止まった。思わずぶつかりそうになってしまう。
「あっ、ごめん……大丈夫……?」
「……別に。それで? ここ?」
「う、うん」
目の前には一軒家が建っていた。
だが、屋根や壁は所々剥がれ、家を囲っている塀もボロボロになっていた。
お世辞にも良い家とは言えない。
「ごめんね……こんな家で……」
「素人の私が言うのもあれだけど、修理しない訳?」
「うん……普通の家じゃないからね……普通の大工さんじゃ直せないんだよ……」
普通の家じゃない、か……この街そのものが普通じゃない様な気がするけど。
「まあ別にいいよ。それより、さっさと中に案内してくれる?」
「あ、うん。そうだね」
私は天津罪に案内され、家の中に入っていった。
家の中は外観と同じ様にボロボロになっていた。
壁は所々剥がれ、中で竜巻でも起こったのかという様に、そこら中に物が散乱していた。
散乱している物の中には置物や額縁に入った写真、その他様々な小物が存在していた。
「これ、何かあったの?」
「分かんない……この家が壊れ始めた時から急にこうなって……」
私は寝床を確保するために適当に物を除ける。
その最中、ふと写真に目が留まった。
その写真には天津罪を始めたとした人間が数人写っていた。そして、その中には私もいた。
「これ……いつ撮ったの?」
「え? あ、それは確か……縁さんが始めてこの街に来た時かな……?」
どうやら私が以前ここに住んでいたというのは嘘ではないらしい。こうして写真が残っている以上、疑いようが無い。
そして、写っている人物にも何故か見覚えがある。初めて見る筈だが、どこか懐かしい気持ちになった。
私は写真を持ったまま天津罪に近付く。
「ねえ。こいつら……何て名前?」
「え? 急にどうしたの?」
「いいから」
私が詰め寄ると、天津罪は写真に指を乗せた。
「まずこの人が、さっき私が言ってた木船由紀さん。この家のリーダーみたいな人だよ」
木船と呼ばれた人物はフードの付いた服を着ており、黒髪を後ろで纏めていた。表情は優しげで、悪い奴には見えなかった。
「次に、この人が伏木直子さん。マジックが得意な人で、いつも私達に色んなマジックを見せてくれてた人……。ただ……今はどこかに行っちゃってるみたいなんだよね……探してるんだけど、全然見つからなくて……」
伏木と呼ばれた人物はこちらから見て右側の髪が赤く、左側の髪が黒いという変わった見た目をしていた。背中にはマジシャンを思わせるマントの様な物を羽織り、表情は一緒に暮らしている人物と写真を撮る時とは思えないほどに無愛想なものだった。
「死んだんじゃない?」
「そ、そんな事言わないでよ……! どこかにいるよ。きっと……」
天津罪は悲しそうな表情をする。
……私もサエが死んだら、こういう表情になるだろうか? いや、その前に後を追うか。
「えっと……後、この人が天願好子ちゃん。この子も帰って来てないんだ……この子凄く優しいんだけど、お人好し過ぎるところがあるから不安で……」
天願と呼ばれた少女は長い黒髪をポニーテールにしており、エプロンの様な物を着けていた。表情は口角を少し上げ微笑んでいるかの様で、その顔にあるエクボも含めて優しい印象を受けた。
「……どう不安なのさ」
「あの子、人から何か頼まれたら何でもやっちゃうの……それが危険な事でもね……」
危険な事でもか。私もサエのためならそれ位の覚悟はある。あの子が望むなら、何人だって、誰だって殺せる。
「ふーん……まあ、そんなもんじゃない?」
「……変わっちゃったね……縁さん……」
私は写真を指差す。
「こいつは?」
「その子は、私にとって一番大切な子……水瀬瑞希ちゃん。私の親友……」
水瀬と呼ばれた少女は、写真の中では天津罪に抱き抱えられている。その表情はぼーっとしており、何も考えていなさそうなものだった。それ故にか、どこか見た目よりも幼い印象を受ける。
「ふーん……こいついい歳して随分子供っぽいな」
「瑞希ちゃんは……ちょっと、その……病気というか……」
「病気?」
「……脳が他の人と比べて小さいみたいで」
そんな事あるのだろうか? まあ、考えるだけ無駄か。どうせ私にはほとんど記憶が無い。記憶が無いって事は、その記憶は必要無いって事だ。
私は写真を他の物と一緒に端に除け、畳の上に寝転がる。
「あっ……お布団敷くから待って……」
「別にいい。どうせすぐ探しに行くし」
私は天津罪の方を見る。
彼女は横に座りこそしたものの、何故か寝転がりはしなかった。
「……寝れば? 別に寝首を掻く様な事はしないよ」
「ううん、私はいいや。寝たくないんだ……」
寝たくない……私が体験したことの無い感覚だ。いったいどういう感覚なんだろう。
「ん……意味分かんない。どういう事?」
「……縁さん、忘れてるんだね。前に言ったのに」
覚えている訳ない。以前の記憶が無いんだから、当然それも知らない。
私は天津罪の方に寝返りをうつ。
「何? 特別に聞いてあげる」
「……私は、昔……人を殺してたんだ。個人的事情じゃなく、人から依頼されて」
「殺し屋って意味で合ってる?」
「そうだね……それで合ってるよ。私はそんな日々が嫌になって、この街にやってきたんだ」
……この街、そういえばどういう場所なんだろうか? 何故か来る方法を知ってたけど。
「寝ると……夢に出るの……私が殺した人達の顔が……」
「そう……悪い事聞いたね……」
私は何となく罪悪感を感じ、背を向けた。
「……気にしないで。私が人殺しなのは事実だから……」
それっきり天津罪は喋らなくなった。
私はサエをいじめていた奴を殺そうとした。結局は殺し切れなかった。あの時私は何も罪悪感を感じなかった。私は……おかしいの?
……いや、違う。こいつは仕事で殺した。私は自分の意思で殺した。ただそれだけの違いだ。
私は明日に備え、余計な考えを捨てて眠る事にした。




