第10話:罪深い者との再会
私はどこか懐かしい場所に立っていた。私はここを知らない。記憶に無い。だが、何故かここに来る方法だけは知っていた。
私がここに来た理由はただ一つ、あの子を探すこと。それだけだ。
あの子は私にとって、たった一人の大切な人だ。赤の他人は例え死んだとしてもいくらでも代わりはいる。でも、あの子は一人かいない。あの子が死んでしまったら、きっと私は後を追うだろう。こうやって、今みたいに。
辺りを見回す。
どうやらここは妖怪みたいなのが住んでいる世界の様だ。中には人間もいる様だが、私にはどうでもいい。私にはあの子がいてくれればそれでいい。
とにかく立ち止まっていては仕方がないので、歩き出す事にした。きっと歩いていればいつかは見つかる筈。どうせ見つからなかったら全部見るつもりだし。
そうやって歩いていると、突然後ろから声を掛けられた。
「縁さん!?」
後ろを振り向いてみると、そこにはコートを着た長身の女性が立っていた。
目元には隈があり、真っ赤な瞳はまるで血の様だった。髪は癖が付いており、色んな方向に跳ねていた。
しかし誰だろうか? 私はこんな人の事を知らない。だというのに、何故こんなに馴れ馴れしく私の名前を呼んできたのだろうか。私の名前を呼んでいいのはあの子位だ。まあ百歩譲って管理人位か。
「……誰?」
「だ、誰って……私だよ……!? ほら、天津罪祓! 記憶を失ってからも一緒に住んでたでしょ……!?」
天津罪……? 知らない。そんな人は知らない。何なんだ。一緒に暮らしてた? 私にとって家族って言っていいのはサエだけだ。
私は施設から持ち出した包丁を懐から取り出す。
「知らない。あんたなんか知らない」
「ゆ、縁さん……!? な、何持ってるの……危ないよ? い、一旦落ち着こう?」
私は包丁を利き手に持ち替える。
「一緒に暮らしてた? 馬鹿言わないで。家族面しないで。私の家族はあの子だけ。あの子だけなんだから……」
「……ね? それ、置いて? 危ないから……」
天津罪は静かに身構える。どうやら口では穏便に済ませようとしているが、力づくで私を抑えるつもりらしい。
でも、問題ない。彼女は私を止めようとしてる。私は彼女を殺そうとしている。躊躇しなくていいから気が楽だ。
私は小さく息を吐き、体の力を抜くと、そのまま可能な限りの速さで相手の懐に入り込んだ。視線の先にはこちらを見下ろして驚いている顔がある。きっとこのままの顔で死ぬのだろう。
私はそのまま鳩尾から喉にかけてを掻っ捌くかの様に包丁を突き上げる。
しかし、私の動きを全て読んでいたかの様に彼女は容易く避けた。
「……やるね」
「そう来ると思ったよ……記憶を失くして暴れた時も、そうやってたもん……」
どうやら過去に私は彼女と一度殺り合った事があるらしい。
それなら丁度いい。過去の私が殺そうとしたという事は殺しても問題ない人間という事だ。殺るのにますます躊躇が無くなった。
「お願い縁さん……止めよう……?」
「あなたが誰かは知らない。でも、過去の私が殺そうとしたって事は、結局殺しても問題ないって事だよね」
私は地面を蹴り、その反動で前方に飛び込みながら相手の顔に包丁を突っ込んだ。
しかし、それすらも読まれていたのか簡単に避けられてしまった。
周りを見ると、野次馬達が集まってきていた。
これ以上はまずいかもしれない。もし捕まりでもしたら、探すのに時間が掛かってしまう。それは避けなくてはならない。
私は包丁を懐に納め、一旦引く事にした。
「あ、諦めてくれた……?」
「いずれ殺すよ。でも今じゃない」
私はそのまま後ろへ走り出した。目の前にいる邪魔な妖怪の様な奴を手で払い除け、そのまま体力の続く限り走り続けた。
それからどれ位走っただろうか? いつの間にか街から離れ、林に辿り着いていた。
近くに生えている木にもたれ掛かり、一息つく。
「追いついたよ」
その声を聞き、私は咄嗟に横に跳び、包丁を取り出す。
「……そっちから来てくれるなんて親切だね。ここで殺してあげるよ」
「待ってよ! 本当に分からない……!? 一緒に暮らしてたでしょ……!?」
「知らないよ。いい加減にしてくれる?」
相変わらず彼女は私と一緒に暮らしていたなどと戯言を吐いている。
「死んで」
私は一気に近付くと、首を目掛けて包丁を横に一薙ぎした。
だが先程と同じく、少し身を逸らしただけでかわされてしまう。
しかし問題はない。殺すだけだ。
私はそのまま相手の鳩尾目掛けて膝蹴りを放つ。
これさえ当たってしまえば後は簡単だ。殺すだけ。実に単純だ。かわされてもまた包丁を使えばいい。
しかし、私の予想していたものとは全く違う事が起こった。
天津罪は膝蹴りを食らうでもなく、避けるでもなく、そのままこちらに突っ込んできた。
そのまま膝蹴りの衝撃を和らげる様に私を捕まえると、近くの木に叩き付けた。
「っ!?」
背中に鈍い痛みが走る。自然と口が開き、肺から空気が吐き出される。
そのせいもあってか脳に酸素が上手く回らず、手にも力が入らなくなってしまい、包丁を落としてしまった。
天津罪はそのまま私を抱き締める様にして木に抑え付けた。
「縁さん……これで、お終いだよ……」
「くっ……! 殺、す……!」
何とかしてもがこうとするが体が上手く動かず、更に体格差もあってか全く抵抗出来なかった。
とにかく悔しくて仕方なかったが、それよりももっと悔しかったのが、何故か彼女に抱き締められていると不思議と落ち着く事だった。
何だろう……この感じは……?
そう思っている内に私は自然と抵抗するのを止めていた。
「……落ち着いてくれた?」
「……今だけだよ。勘違いしないで。別に少し気が変わっただけ」
私がそう言うと、天津罪は私を静かに下ろした。
「……ごめんね? 痛かったよね……」
「ん……まあ、そうだね。痛かったかな」
私は服についた汚れを掃いながら包丁を拾う。
「……それで?」
「え?」
「落ち着いたついでに聞いてあげるよ。私と一緒に暮らしてたって話」
その言葉を聞いて、天津罪は嬉しそうな笑顔を見せる。その笑顔は長身で鋭い目付きをしている彼女には似つかわしくない程に優しく、朗らかだった。
「良かった……聞いてくれるんだね……」
「早く話せば? 気が変わったらまた殺すから」
「う、うん……! あのね、縁さんは私達と一緒にこの街にある家で住んでたの」
「……他にもいるの?」
「それも覚えてないんだね……。えっと、ね? そうやって一緒に皆で静かに暮らしてたんだけど、いつの日からか、日が昇らなくなったの……」
そういえば、この街に来た時は夕方だったな。あれからそんなに時間は経ってないから、まだ日は落ちてないけど。
「昇ってるじゃん。一応」
「今はね……。元々この街は、ずっと夕方が続く街だったんだ……それは覚えてる?」
「知らない。そんな現実離れした話信じられない」
「そっか……。あのね、この街が日が昇らなくなってから、しばらく経った日に……あの子が来たの」
「誰?」
天津罪の額に汗が浮かぶのが見える。
「……賽ちゃん」
その名前を聞いた瞬間、私の体は動いていた。
天津罪に近寄り、胸倉を掴む。
「どこ。教えて。サエの事。知ってるんでしょ?」
「ま、待って! 落ち着いてよ……!」
私は包丁を抜き、喉元に突き付ける。
「喋れ」
「わ、分かったから……。え、えと……ある日、縁さんがあの子を家に連れてきた……」
……私が? そんな事記憶に無い。あの子との最初の記憶はあの養護施設で会った時だ。それ以前から何故か知っている様な感覚はあったが。
「その時、私達にはちょっとした問題があって……」
「問題?」
「うん……私達と一緒に暮らしてた由紀さんがいなくなったんだ……」
由紀……何だろうか。何か……大切な名前な気がする。
「……それで?」
「い、一緒に捜しに行ったんだよ……? 途中で別行動もしたけど、最終的には見つけ出す事が出来たんだよね?」
……彼女の言い方だと私とサエが見つけた様な感じだ。私達が見つけた……?
「その後の事は詳しくは知らないんだけど……聞いた話だと、『ヒツケさま』と戦ったって……」
ヒツケさま……これも知らない名前だ。だが、何だろうか……頭の中に何か異物感がある。自分の知らない記憶がある気がする。
私は胸倉から手を離した。
「……あんた、何か知ってるんだね」
「し、知ってる事は話したけど……」
「簡単に言うからよく聞いて。私はサエを探してる。あんたはこの街に住んでるみたいだし、一緒に探して」
そう言うと、天津罪は頬をポリポリと掻きながら、申し訳なさそうに目を逸らした。
「えっと……私のお願いも聞いてくれる?」
「ん……場合による。何?」
「さっき話にも出てた由紀さんが行方不明なの……一緒に探してくれないかな……?」
由紀か。さっきの話を聞く限り、どうやら私やサエの事を知ってる奴らしいし、ついでに探すのもいいかもしれない。
「ん、分かった。一緒に探す」
「あ、ありがとうっ……!」
「ついでね。ついで……」
私は天津罪が握ってきた両手を軽く握り返し、林から共に出て行った。




