一門
「お前が信忠か、道中頼む」
そう言いながら庭にいると言われ探していると頭の上から声をかけられた。
顔をあげると松の大木の上にまだ幼い少年がおり私を見下ろしている。
「松平忠輝様ですかな、大御所様から駿府へとの事です。」
そう言うとつまらなそうにしたまで一気におりてくると私の横を通り抜け門の方に走っていく。
私はあっけにとられていると忠輝の家老である花井が、
「若様は駿府に向かわれましたが三河守様はいかがなさいますか。」
そうあっけらかんと言われ、陪臣だが大名に対する対応としては忠輝共々よいとは言えず、家康や秀忠から嫌われるのもわかる。
私は正信に面会を求め、
「やられました。忠輝殿に」
そう言うと、
「何時もの事だ任せる。それと忠輝殿の新しい居城の高田城を諸大名に普請させる。その監督をせよ。」
そう言われ参加する大名等の書類を貰うと急ぎ忠輝の後を追いかけた。
小太郎に追跡はさせていたが近習を連れた忠輝は速い、東海道を一気に下りその日のうちに小田原まで下っており私はようやく夜になって追い付くことができた。
「その方なかなかだな、普通ならどこへいったかもわからず泣きべそをかくのが多いがわしの場所を知っているとは。」
そう私に少しだけ興味があったのか、
「そう言えば後ろから誰かついてきたがその方の手の者かなかなかだな」
そう言いながら小太郎の追跡を気づいている事に内心驚きながら、
「さあわかりませんが、小田原城主の大久保殿によく利用されている宿を聞いただけです。」
そうごまかすとまたつまらなそうに自分の部屋に戻り近習と大騒ぎをはじめた。
私は気にすることなく小太郎に見張るようにと指示を出すと早々に寝る。
翌日早くに起きたがドンチャン騒ぎで起きてこないので私は部屋のふすまを空けると持っていた桶の水を彼らにぶちまけ、
「出立の時間にございます。大御所様がお待ちですので早めに。」
それだけ言うとあっけにとられている忠輝と近習を残して先に出発する。
小太郎が、
「よろしいのでしょうか」
私は笑い、
「昨日のお返しとこれを訴えれば自分が不味いとわかるだろうし、大御所も聞く耳持つまい。」
そう言いながら自分の庭の小太郎は最短の道のりで沼津へでると馬を進めた。
蒲原を過ぎて進んでいくと後ろから悲鳴が上がり、忠輝達がようやく追いついたようで、
「ようやく追いついたぞ、近習の馬がへたばらなければこんなにおくれをとらなかったのにな」
そう不満そうな顔で私を追い越そうとしたが近習の馬がつぶれる間際であり仕方なしに私の横で歩調を会わせる忠輝であった。
しばらく進んでいると、
「信忠は怒っているのか、兄や父のように。
そう言われ、
「人はよい意味でも悪い意味でも野心を恐れます。無意識のその立ち振舞い人を恐れさせます。」
そう言うと、
「人とは面倒なものだな、私も弟がなくなり日の目を見ることができたと花井がいっていたけど、どうしたらいいのだ。」
そう率直に言われ、人柄的には好きだが大名としては失格であり私は、
「花井や大久保長安に任せるしかないでしょう。今更ながら変われるとは思いませんから」
そう言うと最後だけ納得したのか笑いながら馬を走らせ私は追いかけていくしかなかった。
「忠輝よようきた。その方を前田や上杉のおさえとして越後七十四万石を与える。大久保長安や花井と共におさめよ、これがしてやれる最後だ。」
それだけ言うと忠輝を下がらせ、
「信忠よご苦労、あのような性格だ送り届け高田城の普請を任せるぞ。」
そう言われ私も忠輝と高田へと向かう。
途中相も変わらず忠輝は近習と川遊びをしたりとなかなか進まず仕方なしに、甲斐代官の大久保を甲斐の通過時に呼び出すときらびやかな集団がやって来たがどうやら長安であり、私は代官なのにと思いながら目の前でかごが開くのを待った。
ようやくおりてきた長安は豪勢な着物を羽織り代官とは思えない服装であり家康がよく許していると思いながら、
「大久保殿急な呼び出しすまないが高田に早めについて普請等の手配をしなければならないが忠輝殿はあの通りだ。」
そう顔を向けると長安が来たのを気にせず川で水遊びをしており長安がどう思うかと見ていると、
「相変わらずですな忠輝様は、高田の資材などは私にお任せくださいませ、信忠殿は私に任せて忠輝様とゆっくり進まれてください、宿はこちらで準備させていただきます。それとこれを路金に」
そう言いながら私の鞍に重そうな袋をくくりつけ長安は忠輝に笑いながら挨拶すると戻っていった。
私はため息をつきながら鞍の袋を空けると小粒金が満杯に入っておりさらにため息をつくしかなかった。
通常の倍以上の時間をかけ元堀家の居城であった福島の城へはいると私は高田へと向かった。
到着をすると総監督たる忠輝の舅の伊達政宗が出迎えてくれる。
「おお三河守殿婿の道案内ご苦労、流石だな資材も入っておりすぐに縄張りを決め普請を行うぞ。」
そうあくの強そうな顔で出迎え、縄張りを書いた設計図を各大名の名代に見せると翌日から工事が始まった。
私は資材が納められているか確認をしたが長安は文句のつけようもなく手配をしており工事が始まってしまえばやることはなく見回りをするしかなかった。
翌年も監督をしていたが家康から急ぎ駿府に来るようにと言われ向かった。
大広間に入ると、
「信忠、高田は政宗と共にご苦労であった。仕事半ばだが至急越前に向かい騒動を調査してくれ。」
そう言われ正純から経緯を伝えられると小太郎を引き連れ越前へと向かった。
途中自分の城下である吉田をわざわざ遠回りで通過し、報告は清幽から受けていたがもう一年半は戻っておらず清幽からも何度も戻るようにと言われていた。
私はその思いをふりきるように越前へと入った。
越前は結城秀康が亡くなり息子の忠直が継いでおり重臣の本多と今村との権力争いであり、私が越前に入ると北ノ庄では戦いがおきており、本多派の久世を忠直の命により本多に討伐させている所であり、私が到着すると戦いが始まり小太郎から天守から今村が見ていると言われ嫌悪しか浮かばなかった。
本多勢は久世を討ち取り私は兵をおさめるように言うと城へ入場した。
私は勘定方の書類などを調べたりしていくと今村の権力を欲しいままにした裁断があり本多には判断違いはあったが心情を思い浮かんでのことであった。
本多等が召喚され江戸へ向かい、私が気がついたときには今村も家康に訴えるため出発していた。
私は収集した情報を持って江戸へと向かうことにして今村達の後をおう。
江戸へ到着をすると家康は忍城へ鷹狩りに出ておりそこで聞き取り調査をしていると言うことで、秀忠が土井利勝を向かわせると双方から聞き取り調査を行った。
数日後江戸で家康と秀忠自ら直裁をすると言うことになり私も同席をした。
まず当事者の本多が、
「今回の事訴えた側に理がありましたが、秀康様が久世を得難い人物であると常々言われておりそれで処分をできずにいました。この事に関しては私の責任であります。」
今村は大男でありなかなかの男前でありしっかりと受け答えをしており心証はよくそれをよしとしない正信が促してくる。私は進み出ると、
「ことの始まりについては本多殿が言われることだと思われます。しかしながら今村殿についてはあまりにも手前勝手だと思われることがあり報告します。」
そう言うと今村はにらんできたが、
「先ずは勘定方で調査するに不正な支出があり、今村一族で秀康殿の頃に放逐されたものを自分の判断で呼び戻した。そして何より私が到着したとき、本多殿に久世を攻めさせ、自分は天守から見ておりそして本多殿を鉄砲で撃つと言う愚行をおかしました。本多殿が筆頭家老であるはずなのに軽んじているその行動今回の原因であると言っても過言ではありません。」
そう言うと今村は先程までの話し方とは違いしどろもどろにつまると忠直が悪いという言い方に終始しており、家康や秀忠の顔が厳しくなっていく。
当事者を下がらせ話し合いになり、土井や正純は両成敗と言う話にもなったが、家康からの、
「忠直をないがしろにし専横を行った今村に責がある。」
そう言われ、今村についている重臣はことごとくお預けの身になり、本多の一派は正信からの意見もありおとがめなしとなり翌日申し渡されたあと、家康は本多を呼び出し叱責をしたが忠直を頼むと言って終わりを告げた。
今回のはまだ豊臣が大坂におりその抑えの越前を混乱させたくないと言う家康の配慮であり、ようやく収まったと言うことだった。
そして本多に続き私も退出しようとしたが家康に呼び止められる。
「信忠よ、まことから手紙が来たのだが城へ戻っていないのは事実か」
とうとうその事を聞かれ、
「はい、自分に自信が持てなく会わせる顔も無いので」
そう言うと家康は難しい顔をして、
「まことからは自分が悪いから離縁出来るようにしていただけないかと言ってきておる。負い目か劣等感それをお互い感じているようだな、水口でのもこれが原因か」
そう言われ沈黙するしかなかった。
「それに嫡子が生まれて帰ってないと言うではないか、世話がやける。」
そう言いながら家康も考えており、
「嫡子の名前は松千代としておく名無しでは困るだろう。それと諸大名と同じように家族を江戸へ移動させよ良いな。」
そう言われ頷くと、
「今からすぐにむかえ会いづらくなるぞ、それとこれからが本題だが長安が病で寝込んでいる。そして長安の家臣から内々に訴えてきておりそれを調べよ、気がつけれない程度でよい。」
そう言われ、
「少々お待ちいただきませんでしょうかそれにいては前から調べておりますれば。」
そう言うと一旦退席すると調査報告書を持ち戻る。
正純も呼び出されたのか横に座っており私が提出した何冊かの報告書を家康と共に読み始める。
「信忠よ前から気になっていたようだな、しかし吉田や甲斐そして高田では長安の力を買っていると書いて入るが金の流か」
「はい、甲斐ではこれを旅費として渡されました。」
そう言いながら小粒金が入った袋を渡すと正純はその重さにあきれ家康もため息をついて、
「前々からわかっていはいたが金の算出を豊臣時代の数倍にまで高めたが近年それがどんどん落ちているのはこれも理由の1つなのであろう、信忠よ正純と共に金の流れを調べ長安がなくなると同時に徹底的に調べよ。その袋は信忠の調査で使うがよい忍びには金がかかるものだ。」
そう言うと正純と打ち合わせをして小太郎に指示を出すと気の乗らない吉田城へと馬を進めた。
城が見え城下町に入ると足が止まり馬をおりると飲み屋に入り酒を頼む。小太郎にも進め、
「自分のいくじの無さにため息しかない、命令とはいえ酒を飲まないと自分の城にも戻れないし」
そう言うと小太郎は微笑みながら、
「そういう弱いところ良いですが家族を悲しめるのは如何かと、ここは大御所の命と思い帰りましょう。」
そう言われ少しだけため息をつくと腰の袋を渡し小太郎は中身を見ると私に返して、
「金のことは奥三河で十分なほど取れております。これは家のためにお使いください。」
そう言って返されると私はふと、
「そう言えばどのくらい取れているのだ。」
「採取量は減りましたが我ら一族を養うには十分でございます。」
「そうなんだ、と言うかどのくらいいるの一族は」
「仕事をするのは百は越えます。」
私は驚いて、
「20くらいかと思っていた。」
そう言うと笑いながら、
「護衛もですが調べるにはそれ相応必要ですし色々なところに潜伏させてますから。」
そう言われ私は感心したように頷いた。酒も入り気持ちも落ち着いたというか飲みすぎて意識を失った。
少し二日酔いなのか頭がいたいが枕は何故か柔らかく暖かい、私は目をつぶったまま枕を確認すると柔らかく私は目をさます。
「信忠様、おはようございます。」
そう言われ眩しい中薄目で見下ろしているまこを見て心の準備ができていない私は慌てて目をつぶりしばらくじっとしてあきらめて目を開けていく。
そこには美しいまこがおり微笑んでおり私は、
「おはよう」
そう言うと嬉しそうに、
「ようやくお戻りになり幸せにございます。」
そう言いながら涙を流し始め慌てて起きると、
「すまない私が悪いのだ、あの時も逃げ出したのは私でまこは悪くはない。」
そう言うと、
「信忠様、追い詰めたのは私にございます。よかれと思い上がった行動をしたのは私もですから」
まこは私を何度も見つめ直す。
私は目の前に座り直すと、
「前に聞いたかも知れないが私と結婚したのは同情や娘や息子のためではないのか」
そう聞くとまことは、
「確かに日羽や豊寿丸のためはありますが信忠様をお慕いしているのも本当にございます。」
そう言われ私はまこを抱き寄せ、
「長い間すまない私のいくじのないせいで負担をかけ松千代の誕生にも関わらず。」
そう言うと嬉しそうに、
「ようやく松千代と名前をいただけたのですね、さああってあげてくださいなみな待っておりますから。」
そう言われ水浴びをして髭をそり身なりを整えると大広間に向かった。
大広間で待つとまこが松千代を抱き、豊寿丸を利光が連れてきており日羽の姿は見えない。
私は、
「まこよ日羽は」
そう聞くと、
「謹慎が解けていないのでと言い張り、松千代の面倒をしっかり見てくれて助かっております。」
そう言われ確かにと思いながら家茂を呼び出し、
「日羽を奥より連れてきてくれ謹慎は解く。」
そう言うと静かに一礼すると奥へと向かっていった。
私は松千代をだくがいきなりしらないおっさんに抱かれたのがやなのか泣きながら嫌がり、利光につれられた日羽が来るとそちらにてを伸ばしてさらに泣く。
私は苦笑しながら日羽に松千代を差し出すとためらいがちに受け取りあやすとすぐに泣き止み笑いだした。
改めて座り直し、
「まことよ長い間不在であったがよくおさめてくれありがとう、日羽よ松千代を面倒を見て良くしていたようだな、私の仕事が落ち着いたところで家茂との祝言をあげる準備をするように。豊寿丸よ利光によく習っているようだな別の家を立てる事になるがしっかりと習うように。」
そう言うと日羽は嬉しそうに礼を言い家茂を見つめると家茂が、
「殿差し出がましいですがそれはできませぬ。」
そう思い詰めたように言うので促すと、
「あの事が起きたあと私の代わりに護衛の利光が入りそのため殿の護衛が疎かになりなのでできませぬ。」
そう言われ薩摩の意地かと思いながら、
「そう言われ、それなら利光にも罰を与えねばならないがな、しかし私はその事についておとがめは無しとしたのだそうせねば実際護衛したものは皆死ぬであろう。」
そう言い、
「その意地はこれからいくらでも必要となる。豊久殿の為にも頼むぞ。」
そう言うと涙をこらえながら私に一礼する。豊寿丸が、
「父上、私も馬に乗れるようになり自分のが欲しゅうございます。」
そう言われ頷き、
「よかろうよい馬を購入してくるそれを与えよう。」
そう言うと嬉しそうな顔をして礼を言った。まこが、
「大御所様に松千代と名前をいただきようやく一息つくことができました。」
そう言いしばらく家族の団らんをして午後からは家臣を集め評定を行う。
先ずは皆に長い間不在でいたことを謝罪し清幽に、
「私はまた明日大御所様からの仕事をするため出発する。そしてもう1つの命でまこと、松千代、豊寿丸、利光、そして清幽は江戸屋敷に生活の場をうつす。家茂は城代としておさめてくれ。」
そう言うと皆は頷き報告をしてくれ町の区画や村ごとの移住による手工芸等を拡大し、治水は長安の助けにより劇的にさくつけが良くなり新田開発も上々であり、さらに一万石以上の開墾をしたと報告があり引続き頼んだ。
久しぶりにまことの営みをして次は江戸でと言い私は長安の館がある武蔵国八王子へと東海道を上り小太郎と向かった。
駿府では長安は明日やも知れぬ様態であり私は長安を見舞いに館へと伺うと嫡男の藤十郎が現れ、
「父は重体であり面会いたしかねる。お引き取りを」
そう有無を言わず拒否され一度自分の館に戻った。小太郎に監視をさせていると夜半に亡くなったと言うことであり本人の遺言で甲斐に埋葬されると言うことだが、家康の許可を受けているわけでもなく息子たちは混乱をしていると言うことだった。
夜中だが私は駿府城へあがり正純を呼び出す。眠気を感じさせない折り目をただした正純が来たので、長安が亡くなったことと息子たちでは対応できない事を伝えると、
「大御所様に伝える。」
そう言うと奥へと行ってしまった。
しばらくすると戻ってきて正純は、
「息子を召喚すると共に全てを調べろとの事だ。人員はこちらから出すので書類などの調べを頼む。」
そう言われ私は駿府奉行の彦坂とその配下を率いて長安の館へと向かった。
「主が亡くなったばかりなのになんと言う狼藉です。大御所様は承知されているのでようか。」
そう藤十郎が私に噛みついてきたが、
「その大御所様からの命だ大人しくしろ。」
そう言うと肩を落とし他の弟や親族と共に彦坂に連れていかれ、私は館の公文書や私文書そして隠してあった物まで全てを城内へ運び入れ、重要と思う物を読んでいくと恐ろしいことがかかれており私は内々に家康への面会を求めた。
「大御所様これをご覧ください。」
そう言い忠輝を秀忠にかわり将軍につける事を書いた文章をわたし、その中の協力者には秀忠の重臣である小田原の大久保忠隣の名前もあり、これが世に知れれば大変なこといなるので正純にも知らせず直接と言うことであった。
家康は全てを読み終えるとため息を1つつき、
「秀忠は直臣からも裏切られるとは、伊達に関しては忠輝の舅であるがゆえか。」
そう言いわたしは頷き、
「石川康長も関係しているようで領地の隠匿もあり、先ずは関係者を互いに引き離すことが寛容かと、長安配下の勘定方等は今日中に取り調べをして文章の裏をとると共に遠方の大名へと送り監視させることが寛容かと、政宗は駿府へ呼び出してからにそれとキリシタンが関わっているようですが何故かということですがそれも調べます。」
そう言うと手配をしろと指示があり正純を呼び、忠輝の家老である花井をすぐに呼び出すように言ったがキリシタンの件で引っ掛かり私は自ら向かうと伝えまずは長安の館へと向かった。
勘定方や手代を次々に呼び出し尋問を行い正純と彦坂に手配させている遠方の大名へと別々に送り出し尋問は終わった。
私は家康に呼び出され長安の息子を正純が尋問を行い、息子達は自分達におさめる力は不足しているが領地を引き継ぎたいと言うと家康が、
「その様な事では金山や奉行職ましてや領地を引き継がせることは出来ない、正純息子を捉え大名に預けとする。」
そう言われ長安の息子達は呆然としながら北国や西国の大名に預けられていった。
大久保忠隣については今は手を出さずいずれと言う話になり、私は伊達政宗が駿府へ入ると大御所の命で駿府城の茶室へと呼んだ。
政宗は茶室の中へ入ると家康ではなく私がいるのをなにか感じたのかだが顔にも態度にも出さず私の前に座る。
私は黙ってお茶を出すと飲みほし器を返す。私は器を見ながら、
「長安が亡くなったこと知っておられましょう。忠輝殿は諦めなさいませ」
そう言うと、
「大御所と将軍はご存知か」
そう聞かれ器をおきながら、
「大御所はご存じですが将軍には事が大きすぎて最小限度におさめます。それとキリシタンですな五郎八姫もたしかでしょうな、直ぐには忠輝殿も処分はされませんがいずれは覚悟をしておき身辺整理をお願いします。」
それだけ伝えると大御所様が茶室に入ってきたので私はかわりに外へ出ると忠輝の福島城へと馬を走らせた。
私は家康と政宗で何を話し合ったか気になったが先ずは花井と話しその後は松本城の石川康長の調査をしなければならずこの件は家康と正純と彦坂の四人で行わなければならず自由に動けるのは私だけであった。
福島城へと到着すると花井へ面会を求める。私は、
「長安が亡くなったことは聞いていようそして単刀直入に聞くがキリシタン武士を集めると言うことはしていないな」
そう聞くとさすができる男なのか顔色も変えず、
「キリシタンとはなんの事でしょうか領地にはキリシタンは一人もおりません。」
そう言うと私は頷きこれで花井が内々にキリシタンを放逐することを実行すると思いそのまま松本城へと向かった。
その下りで小太郎が私に、
「実は忠輝様は大坂と秀頼につながっており放逐されたキリシタンは大坂に向かうかと思われます。」
そう言われ私は松本城へ急ぎ石川康長の領地隠匿を確認するとそのまま駿府へと向かった。
馬を何度か乗り換えヘトヘトになりながらも到着すると急ぎ大御所様に面会を求めた。
私は会うなり、
「今回の事でキリシタンが大きく絡んでおり、秀頼の伏見上洛のおり忠輝とよしみをを通じていたようです。そしてこれは憶測ですが大坂が危険となりましょう。」
そう言うと家康は江戸へ向かうと言い、私にもついてくるように言って即日駿府をたった。
いつもなら小田原で一泊と言うことなのだが正純から忠隣が謀反を考え襲う準備をしていると知らせたので通過すると平塚で一泊すると江戸へ入った。
家康、秀忠、正信、正純、利勝等の主要な幕閣が揃い正純より報告があり秀忠は忠隣の事に青くなり老中は皆顔を青くし、さらに大坂とキリシタンについての説明があると顔を引き面せる。
意見が飛び交い家康が、
「正信どうするか」
そう言われ、
「忠隣は京に上がりキリシタンの寺などを破壊して信者を捕らえさせるように伝え主のいない間に小田原を押さえます。」
そう言うと家康は任せると一言あり、次は大坂の秀頼についてで
放置すれば放置するほどキリシタンなどの浪人が集まると言うことで口実をつくり早々に討伐をすることが決まった。
幕閣が退席すると、家康、秀忠、正信と私の4人が残り、私に他の事の報告を促し、
「忠輝殿については花井に押さえさせており領内にはキリシタンはおりません、長安の影響も金銭面ではありますが今後は縮小していく事になります。」
そう言うと秀忠が、
「長安は忠輝の家老だが特になしか、」
そう言われ、
「忠隣の事もあり今回は特には、」
そう言うと秀忠は忠隣が自分の家老であることを思いだしそれ以上の追求はなく、
「長安の息子達は死罪、それと松本城の石川康長も長安とつながっておりお取り潰しに、その他も関係者は死罪といたします。」
そう言うと全貌が分からない秀忠は不満そうな顔をしたが忠隣の事もありなにも言わず最後に、
「しかし今回は迅速であったな関係者を遠方に預けたので利勝が調べようがないと嘆いていた。」
そう言われ謝罪し、
「上様には申し訳ありませんことが大きすぎ事が大事にならないように関係者の連絡を絶ってしまうのがよいかと思い大御所様に了承をいただき行いました。」
そう言うと秀忠は頷き正信が、
「信忠今回の手配見事であった。まだ大坂の事もある気を抜くな」
そう言われ一礼すると下がった。
即日忠隣には京へあがりキリシタンの寺などを破壊している間に小田原は秀忠が差し向けた手勢で押さえられた。
私は江戸の屋敷に入るとまことや松千代そして豊寿丸と利光に迎えられ清幽と共にすごし、筆頭家老として清幽に国へ戦いの準備をして鉄砲や大筒を集めるように指示する。
直ぐには始まるわけではないが関ヶ原以降で改易された武将の所在を調べるように小太郎にたのみ状況を見守るしかなかった。




