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十字紋  作者: まうりあ
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夏と冬

秀吉が建てた方広寺大仏殿が倒壊しており家康の薦めでようやく完成にこぎ着け、梵鐘の銘文を片桐が指示して作らせたが家と康を離して文をつくり、それが呪詛ではないかと言う話に発展をした。


弁明の使者が何度かきたが元々討伐は決定しており口実を早々に与えた豊臣方の落ち度であり私は大坂の情報収集を強化していると、片桐がまず駿府へ現れ大蔵卿局達があとで現れ、片桐は正純があって件もほろろに大阪へ戻り、大蔵卿局には家康自ら対応を丁寧に行い大坂へ送り出した。


そして浪人であった真田幸村や長宗我部盛親、後藤又兵衛や毛利勝永そして明石全登等が次々と居場所がわからなくなり急ぎ駿府へ向かい報告をすると、

「大阪へ向かったのは親か子か」

そう聞かれ、幸村の父である昌幸を恐れていると言うことであり、

「息子の方です。」

そう言うと安心したのか京へと向かうと言われ吉田から兵を呼び寄せると江戸から利光を呼び寄せ家茂と共に家康について上洛した。


私は水野勝成と共に行動をすることとなり、家康本体と共に京から南へ下り紀伊側から大坂へと向かった。

家康から勝成に木津川に大筒用の陣地を作るように言われ私も船を徴発すると完成させ家康に報告をする。


すぐに家康から呼び出され蜂須賀が博労淵の前にある草を刈り入れ攻撃の準備がしたいと言われ、それを私にするようにと指示をしてきた。

私は小太郎に草刈りと護衛のため船に鉄砲と大筒を並べさせ、蜂須賀の抜け駆けにも警戒しながら刈らせるようにしていると夜中に蜂須賀が抜け駆けをしようとしていると報告を受け、

「もし割り込むなら豊臣ごと打ち払う。」

そう言いながら威嚇をして一気に利光と家茂率いる兵を朝いちに上陸させると攻撃を開始し始め、

蜂須賀も木津川を渡り始めたがその前に呆気なく砦は陥落してしまい、調べてみると守将が不在だったと言うことで幸運を拾った。


勝成も息子と共に入ってきて、蜂須賀も入ってきた。私は、

「勝成殿のお陰で戦功をあげることができ感謝いたす。それに抜け駆けの味方を撃たなくて良かった。」

そう言いながら蜂須賀を見ると涼しい顔で、

「三河守殿に万一があれば大御所様に申し訳がたたないですから、無事で良かった。」

そうぬけぬけと言い、いい意味で言えば気を見るに敏であり、悪く言えば火事場で手柄を掠め取る泥棒と言ったようなことで勝成も睨み付けると笑いながら蜂須賀は戻っていった。


私は家康に報告すると喜ばれ、

「あそこの守将の薄田は遊女に入れ込み不在だったようだがそちは逆で落とせたと言うことだな。」

そうまこととの事も修復できたことを喜んでくれており感謝をしていると、

「勝成のもとから離れ古田や脇坂そして松倉に合流して督戦せよ、特にその方が戦功をあげたとしれば士気あがろう。それと前田には攻撃を仕掛けず自重させるように」

そう言われ一礼をすると急ぎ向かった。


大坂城の南側の端に到着すると篠山に登り観察すると真田が出城を目の前につくっていた。

私にはどのように落とせばいいか思いつかず利光や家茂そして小太郎にも聞いたがこれと言ってよい思案はなく、こんなときに将軍の親衛隊として引き抜かれた立花宗茂がいてくれてらと思いながら陣へ戻ると前田利常の陣へと向かった。


前田は加賀百万石であり大軍を率いて布陣を敷いており、私が来ると喜んで迎えてくれる。

「松平三河守殿ですな、砦をもう落とされたそうで我らもあの出城を落として戦功としたいですな」

そう大男なのだが少々焦りながら言われたので、

「あの出城は私でも落とすのは無理かとここは自重してくだされ。それと堀を深くして襲撃があってもそこからの反撃を」

そう釘を指したが始まってしまえばと言う雰囲気になってしまった。


その後は越前の松平忠直に会いに行くと、

「ようやく戦いができる。そちには先に戦功を立てられたがわしが大坂城を落として見せるぞ。」

そう覇気に満ちた忠直に、

「しかし大御所様からは今回は自重しろとの仰せがあったはずです。なのでここは押さえてください」

そう言ったが、

「わしは父である秀康の名に恥じぬようにしたい。」

そう言って何度も説得したが聞く耳を持たなかった。


私はため息をつくとその横の藤堂高虎の陣を訪れると、

「藤堂殿、若い者を押さえてはいただけませんでしょうか、大御所様に戦わずに押さえていればよいと言われているのにいつ爆発してもおかしくないですから。」

そう言うとがっしりとした巨体の高虎は、

「古つわものは留守居役で江戸詰めですからな、戦いの経験がない若者ばかり私も押さえるので精一杯です。」

そう笑いながらさらに、

「豊臣方の南条が内応を示しておりそれも彼らの気合いを入れさせる原因でしょうな」

そう笑いながら私は後方に待機した。


正月を迎えこの様なところでは新年もなにもなく、私の後方には将軍秀忠が陣を移動してきており挨拶にうかがい戻ると、目の前の篠山から時おり射ちおろされる鉄砲が前田を悩ませており何度か自重を促したが暴発寸前であった。

利常から相談され篠山から敵を一掃して戻ることを受け入れ前田勢の一部を進ませた。

しばらくすると篠山には敵はおらずもぬけの殻であり戻ってきた。私は暫しの休憩と思って寝ていると小太郎から真田勢の徴発で一部の前田勢が出城に向け攻めかけているときき慌てて向かった。


利常は、

「将兵が勝手に攻撃を仕掛けてしまった」

そう怒っており直ぐに兵を引くように指示すると前方で鉄砲の一斉射の音が響き先端が開かれたと認識をした。

私は自分の兵千二百を率いて真田の出城の前に出るとお堀に入り城にとりついた前田勢に向け繰り返し鉄砲を射ちかけており、私は援護のため大筒を前に出すと射ちかけさせる。


早期の撤収をと思っていると左翼の忠直に井伊までもが城に攻撃を開始してしまい引かせる手だてはなくなってしまう。

私は急ぎ忠直の後ろから真田の出城に攻めかかろうとした高虎に自重をするようにと伝え、高虎も忠直と直孝に陣へ引かせようとし収まりそうなところへ出城の後方で爆発の音と共に黒煙があがり、

「南条が内応したぞ、かかれや一気に城を落とすぞ」

そう言いながら収まりかけた物がすべて崩壊してしまう。

高虎は、

「事実なら落とす好機である。信忠殿すまん」

そう言いながら配下を攻めたてていった。


私は利光に合流するとすこし後方から状況の把握と家康と秀忠に

「真田に引き寄せられ攻撃が始まってしまい押さえること叶わず。」

そう知らせた。

出城は大きさ的には大したことはないが、堀は深く中に入り込んだ徳川方の将兵を鉄砲で次々と倒していき地獄絵図といっても過言ではいが、内応ということだけに収まりがつくわけでもなく次々と兵を繰り出し、とりついては倒されていく。

徳川勢の前衛が崩れたところへ豊臣勢が次々と出撃してきてさらに混乱に拍車がかかった。

特に出城から出陣してきた赤い備えの騎馬隊が出城の外苑を突撃して混乱させるとさらに下り、前田勢を崩し我々の前を通過して徳川勢の背後からうちかかるとそのまま出城へと入っていき、私も相手のあまりにも早い速度に見ている他なかった。


私は引きの陣太鼓を何度もならさせてはいたがそれで引けるわけもなく家康からの命がきてようやく各大名を引かせることができた。

私は各大名から損害を聞くとその多さに急ぎ茶臼山の本陣へと向かった。


「信忠押さえられんかったか、高虎も来ておるがその方に止められたが内応の合図があり止められなかったと聞く。」

そう言われ、

「面目次第もありません。最初は押さえたのですがあの狼煙は罠でしょう引き留めたと思った瞬間ですから、敵の方が一枚も二枚も上手でした。」

家康はため息をつくと、

「まあ致し方ないが、今回命令を破り攻撃を続けた忠直や利常そして直孝の処分をと将軍から催促されているが軍監としてどうじゃ。」

そう言われ藤堂を見ながら、

「今回は真田が一枚も二枚も上手だったということです。高虎殿でさえ疑わなかったですし、若者の勢いを削ぐのはどうかとこれに懲りて言うこともききましょう。」

家康は頷き、

「今回は不問といたす。信忠、直孝には次で取り返せ赤備えは伊達ではすまんからのと伝えい。」

そう言われ私はそのまま前線へ戻りそれぞれの陣に向かい家康の言葉を伝える。

翌日から兵糧も少ないため家康は講和をすることになり私も使者の一人として大坂城へと向かった。



「わしはやだ今更徳川と和平を結ぼうとは思わない、母上もそうもうしておる。使者には悪いが何度きても無駄だ。」

そうまだ少年とは思えない大きい体格の秀頼がいい放ち、淀殿も頷き、

「我らはまだまだ戦える。先日の真田丸での前田や松平そして井伊など大損害を受けたというではないか、10年は楽に戦えるぞ。」

そういい放ちその事を家康に伝えた。

翌日から勝成の所に戻されると大坂へ大筒等を撃ち込むための陣地を作るように家康から言われ直ぐに取りかかった。

三百もの大筒、オランダ船から購入したものもあり各大名の手伝いをしてもらったが1週間かかって完成ずる。


設営が終わると夜昼となく砲撃を開始して、その下では各大名が近づき鉄砲を射ちかけ豊臣からも打ち返してきていた。

その中の1発が大坂城の天守閣の元に当たりそれが淀殿の近くに落ちたと知らせがあり、改めて使者の一人として大坂城へと向かう。


今回も秀頼が、

「何度きても無駄だと伝えよ。」

そういいきる前に、

「講和を認める。認める。はやくあの大筒を止めるのじゃ」

そう淀殿が叫び秀頼をあっけにとらせる。他の者もその奇声に呆然としている。

私は、

「それでは至急そちらの大野殿と詳細を詰めましょう。その暁には静かに寝ることがかないましょう。」

そう言うと淀殿は私と認識して、

「あの女郎の夫か、そうじゃその方なら女にうつつをぬかすぐらいの輩じゃな大野至急決めよ、なんならあの女以上の者をあてがうがどうじゃ、そうだのう甲斐はおるか、」

そう止める暇もなく誰かを呼んで大広間に一人の女性が入ってくる。まあ年は私と同じくらいだろうか、気の強そうな顔であり武芸にも心得があるのか流れるようなしぐさに淀殿の前に座った。

「甲斐よ秀頼のためにあの者のもとへ嫁ぐのじゃ、その美貌で籠絡し講和をなせよいな秀頼のためじゃ」

そう有無を言わせず押し付けられ家康本陣へと戻った。


「信忠、何しに向かったのか隣は誰か」

本陣にた武将全てを呆れさせ私も顔をひきつらせるしかなく、

「甲斐姫と申されまして、淀殿から私を籠絡し講和をかならず結べと言われこの様な事になりまして、いかがすればよろしいかと。」

そう言われ家康はそばにいた上杉景勝を呼び一言二言話すと、

「淀殿の言い分あいわかった。講和を無事おさめるためにこの場で仮の祝言をあげさせる。よいな信忠」

そう言われ簡素だが祝言が始まってしまい夫婦とさせられ最後に、

「景勝が甲斐姫は北条攻めで忍城を守りとおした豪傑じゃ、それとそのときにはその方の今の年と同じぐらいじゃったと。」

そう言われこんなところで祝言をあげたが甲斐姫は動揺せず家康に念をおして私と共に退出し、家康からは先に江戸へ帰りまことに側室が増えたことを伝えよと送り出された。


自陣へ戻り、利光と家茂に側室の甲斐姫を紹介すると、

「殿、吉田は通過した方がよろしいかと日羽殿に何を言われるか」

そう顔を青くした家茂がおり、

「大御所様の計らいなら奥方もわかってくださるでしょう。多分」

そう私の気持ちをどん底まで落とすような二人と、

「懐かしいですな、忍城にはいこみましたが何度かあの頃とそんなにかわっておられない。頼みますぞ殿」

そう小太郎も嬉しそうに言われ陣を引き払うと家茂に兵を吉田に向かわせることを指示し利光と小太郎そして甲斐姫を連れて江戸へと向かった。


馬さばきは私よりもうまく気を抜くと置いておかれそうになる。

それよりもまいったのは夜であり、

「殿は淀殿の言うことを聞いておられたはずです。私に籠絡されなければなりません。」

そう言っては毎夜襲われ、小太郎に馬を引かれながら馬の首に顔を埋めて任せるしかなく、甲斐姫は元気に先頭で馬を進めており、

「どんどん殿の気が吸われていくようですな、日に日に殿は痩せ細り甲斐姫は花のように美しく輝いていく。」

そう利光が心配そうに言われ私は手を振るしかなかった。


江戸に到着してまことの出迎えを受け、私は馬をおりると走ってまことを抱き寄せるとそのまま奥へと抱いて走り去った。


部屋のふすまを全部閉め誰も入れるなと言いまことと座ると、

「信忠様突然のお帰りでいきなりこの様な事を私は全然よろしいですが皆呆れてますよ。」

そう言われなんと切り出して良いかわからず抱き寄せていると、

「お待ちください」「おまちくだされ」そう言う家臣たちや侍女達のこえが次々とあがり私達の部屋の前で足音が止まると、

「ここか」

そう呟きが聞こえ座った音が聞こえる。

「お初にお目にかかります。今度信忠様の側室となりました甲斐と申します。襖の向こうからとは失礼を存じ上げますが先ずは挨拶をと思いまして。」

私はそのまま力が抜け床にお尻をつけると、まことは私を見てそして立ち上がりふすまを開けた。


そこには頭を下げている甲斐姫がおりまことが手をとり部屋に入れ私の前で二人が座りまことが、

「殿、説明をお願いします。」

そう花魁の頃の切った張ったの威勢のよい顔つきに戻っており逃げようもなく、

「豊臣と徳川の講和のために淀殿から側室にと甲斐姫を、そして大御所から茶臼山の本陣で仮だが祝言をあげた。」

そう言い怒られるかと思いながら見ると何時もの穏やかな顔をしたまことに戻り、私と甲斐姫の手を握ると、

「これからは3人で楽しく暮らしましょう。信忠様は私と甲斐姫両方をしっかり愛してください。よろしいでしょうか。」

そう言われ甲斐姫はすんなりと受け入れられたのであっけにとられ私は、

「まこぉ」

そう情けない声をあげながら二人に抱きつき嬉しい悲鳴をあげさせながら夜はふけていった。

ちなみに2日ほど私は寝入ってしまい豊寿丸と松千代を横に一緒にされ寝入った。



それから講和が決まり甲斐姫は安堵の顔を浮かべ、私にも吉田の隣接地で二万石に増加となり五万石、実質十八万石の大名となり皆で喜んだ。


しかしその後の報告では甲斐姫の顔が曇ることになる。

それは、外堀の破壊と言うことであったが意図的に内堀まで埋めさせいまや大坂城は丸裸の状態であり、徳川が撤退を開始したあと豊臣勢は堀を掘り返しており徳川も準備がとれ次第直ぐに出陣すると言うことであった。


甲斐姫をまことや豊寿丸が慰め、私は今回豊寿丸を元服させ久忠と名乗らせ駿府へと利光と小太郎を連れて向かうことにし、甲斐姫も同行をするとガンとして譲らなかったが出発前日に妊娠したことがわかり致し方無く江戸にとどまることになった。


駿府へはいると家康から久忠に元服の祝いとこの戦いの後家光の近習として使えよ

と配慮していただき小笠原勢と共に先行し伏見城へと入った。

豊臣方の浪人は威力偵察を行っており私は要所要所に鉄砲隊を配置し深入りしてきた者を打ち倒し家康が上洛してくるのを待ち、その間に家康から幸村に引き抜きのため叔父の信伊が上洛してきたので私と久忠そして小太郎を連れて幸村のもとへ向かった。


幸村を間近で始めてみたが齢は重ねており苦労して生きてきたようだが背筋を伸ばし叔父と対面した。

家康からは十万石のお墨付きを示されたが、

「叔父上は私を不忠者にしたいのですか、お帰りください。」

そう言って追い出され、再度家康からの命で向かった。


「叔父上もしつこいですなたとえ信濃一国としても不忠者にはなりません。」

そう言われ私は、

「言葉に割ってはいってすまないが父である昌幸殿ならなんと言われようと生き残り真田を知らしめると思うが如何かな」

そう言われ幸村は誰だという顔をしたので、

「これはすまない、松平三河守信忠と申すお見知りおきを。」

そう言うと衣を正した幸村が、

「真田幸村と申します。貴方があの甲斐姫の」

そう言いながら微笑み、

「淀殿にも大御所にも困りました。今回もついてくると言い張ったのですが、これがなんと懐妊しまして」

そう笑うと幸村はビックリして、

「あの甲斐姫が、たしか私よりすこし下かと思いましたが、そうですか」

そうしてお互い大笑いするとその顔で、

「確かに父ならばなんとしても生き延びるつもりでしょう、しかし真田には兄が継いでおり私が信濃を継いでも迷惑としか取らないでしょう、それに私はこの地での終焉を迎えると決めたのです。」

そう言われ私も納得をしてしまい、

「それでは今度は戦場でお会いしましょう。」

そう言いながら伏見へと戻った。



桜が散る頃に徳川勢の上洛が開始され十五万程が京にそろうことになり私も水野勝成の元に配置され家康に勝成と呼び出されると、

「勝成、先手大将なのだから一番槍ではなく後方から指揮せよ」

そう言われ私には、

「勝成を押さえよ。」

そう言われ家康の隣にいた秀忠にも笑われる。

勝成と共に頷き京を出立すると大野が奈良を焼き討ちするときいて急ぎ向かう。勝成は、

「今回は久忠の初陣でもあるから信忠に任せるぞ」

そう言われ小太郎の先導の元奈良へ到着すると勝成に恐れをなしたのか大野は撤退を始め法隆寺へと入ると勝成は秀忠に呼ばれて京へと戻り、私はこの場所で他の諸大名が来るのを待つことにした。久忠が、

「父上敵は恐れをなして逃げていきましたがこの様なのも戦いなのですか」

そう私に質問してきたので、

「それは勝成、日向守として勇将として名を知られているからだ、今回のはたまたまだよ。」

そんなことを話ながら待っているとその日の夜には勝成は戻ってきて、

「将軍からおほめをもらったぞ信忠の分もあるからな」

そう言いながら金五枚が入った袋を渡してくれた。


そんな話をしていると豊臣勢は道明寺へと向かうことを小太郎から知らされ家康に使者をだすと、政宗と忠輝が合流してきて道明寺へと向かった。私は勝成に、

「今回は実質久忠の初陣ですから、自重してくださいお願いしますよ。」

そう言うと豪快に笑いながら、

「全く甲斐とか言う豪気な姫を迎えたくせに臆病なんだからな、まかせろ落ち着いて後ろから見物させてもらうから」

と、全く信用できないようなことをいいながら進めていく。


道明寺に到着すると勝成はいたずらをするような顔で、

「散歩にいくぞ勝俊、信忠、久忠ついてこい」

そう言いながら目の前の小松山に登り、

「豊臣勢はここに上ってくる。そのつもりで戦え良いな」

そう地形を若い二人に説明しながら見廻り陣へと戻る。


翌朝朝早くに小松山に後藤又兵衛の旗がひるがえりそれを包囲するため松倉そして奥田が政宗と共に包囲をしていると、又兵衛が突撃を開始し対応の遅れつけこまれた松倉と奥田は次々と討ち取られ壊滅状態におちいり、政宗も辛うじて支えている状態であり、援軍をと思っていると怒号と共に勝成の陣から単騎飛び出した者がおり、私は勝成にしてやられたと思い家茂にあとを任せると久忠と利光を連れて後を追った。


小松山を裾野から一気にかけ上がる勝成を必死に追いかけ、

「水野日向守勝成、一番槍ごちそういたす。」

そう言いながら又兵衛の手勢に突撃していき私達もそれに続く、鬼神のような働きをする勝成の背後を守ながら後藤勢を次々と討ち取り進む。

勢いに危険を感じたのか後藤勢は退却を始め、小松山から降りていく。


しんがりには又兵衛がこちらを牽制しつつ下がっているのが見えたので、私は鉄砲を構えると又兵衛を狙って引き金をしぼった。

轟音と共に又兵衛のももに当たったようだが辛うじて落馬せずそのまま斜面を下り、私も勝成を追いかけながら又兵衛を目線で追う。


小太郎から川向こうに援軍なのか豊臣勢が到着していると聞きながら水野と松平で五千の兵を展開させ、政宗もおりてくるが後陣の忠輝勢が来ない。私は小太郎に確認するように指示をしていると正面から後藤勢が突撃してきており、利光に鉄砲で攻撃を仕掛けるように指示しながら側面へ久忠を連れて回り込んでいく。


後藤勢に鉄砲を二段二百ずつが繰り返し撃ち込み、利光に合図を送りながら目をつけていた又兵衛にむけ突撃を開始し、

「後藤殿とお見受けした。松平三河安守信忠首をちょうだいする。」

そう言いながら周囲の瀕死であった後藤勢を蹴散らして辛うじて馬に乗っている又兵衛に槍を突き入れようとすると又兵衛はこちらを見て笑いながら手に持った槍をつきいれ返してきた。

その槍は私のきつねをかたどった飾りごと兜を飛ばし私は目の前が一瞬飛んだが、右手の槍には又兵衛の体を槍が貫く感触があり、視界が回復すると喉を貫き首が落ちていた。

「豊臣方大将後藤又兵衛基次討ち取ったり。」

そう叫ぶと、悲鳴と歓喜の声が上がり戻って首を布にくるむと新たな豊臣勢に備えて陣に戻った。


私の兜は息子の久忠が拾ってくれており、兜の紐が見事に引き裂かれており間一髪あった。

勝成が横に戻ってくると、

「後藤を討ち取るとはつくづく運のいいやつめ」

そう笑いながら前方を指差し、

「みろお前に女郎の相手をしていて砦を奪われた薄田がおるわ、ちょいとこい」

そう言いながら前線につれていかれ勝成が、

「そこにおわすは女郎に入れ込み砦をおとされたご仁ではないか、ここには城をとった天下一の花魁をめとった松平三河守信忠がいるぞ、」

そう言われ相手の武将は我々にむけ陣が整う前に突撃を開始し、こちらも我らと勝成の鉄砲そして弓で応戦し次々と倒していく。

武将は、

「卑怯もの、一騎討ちを所望する。」

そう悲痛な叫びをあげていたが久忠が鉄砲を撃ち込みその後槍をもって突撃を開始し、利光が援護として馬を走らせる。


久忠には薄田を倒すにはまだ荷が重すぎたが、利光が示現流独特の掛け声と共に太刀で馬ごと薄田に体当たりをして地面へと投げ出させ、

「今ですぞ若」

そう言うと久忠は槍を突きいれ、とどめとばかりに馬をおりながら脇差しで喉をかっ切った。


小太郎が護衛に久忠を守るよう指示し少しすると、

「松平久忠、薄田の首討ち取ったり。」

そう若々しい声が広がると、松平も水野両軍勢が大騒ぎして「若に続け」そう言いながら残りの敵を掃討しているとさらに豊臣方の援軍が到着し毛利勝永と真田幸村が到着したと知らせを受け勝成が兵を引かせ陣を整え直した。


忠輝はどうやら後方で動かず舅の政宗が私達の左手から進んでいくと赤い旗の六文銭が走り抜け伊達勢に向かう。

伊達からも二つの隊をくり出し戦いが始まる。

互いに鉄砲を撃ち合ってる、私は勝成に目の前の毛利をどうするかと聞くと手をふり、

「早々に撤退しよう。わざわざ手を出すよりは撤退した時に追撃にうつるぞ、」

そう言いながら真田の戦いぶりを見ていたが徐々に伊達勢を押し返し徐々に道明寺方面に押し返されており勝成も驚嘆しているようで自分自身がいきたそうだが毛利がいるため私が自重を求める。


真田は伊達を押し返した後引き返すと川をわたり退却を始め頃合いと勝成が追撃を政宗に伝えたが、松倉と奥田は武将は死傷し伊達勢も損害と疲弊のため追撃を拒否し勝成を怒らせる。


私は、

「勝成殿我らだけでは追撃は無理かと次にお待ちください。」

そう言うとふてくされながら息子に頼むと言って下がってしまった。

夕闇迫るなか真田の六文銭は大坂へと走り去りようやく休憩がとることができ私は勝成につれられ久忠と共に後藤、薄田の首をもって家康のもとへ向かった。

「信忠、その方ら親子は周囲が言う以上に運あるの。後藤を初戦で討ち果たすとは上々久忠は今回わしの近習にはいれ、信忠はわしの直属で遊軍として待機しろ戦功をこれ以上あげることもあるまい良いな」

そう言われ私は前線から離れ家康本陣に組み入れられることになった。


翌朝から天王寺口に向け大名が進み茶臼山の方面で銃撃が始まり雄叫びが響き渡る。先陣の本多忠朝と松平忠直が毛利勝永と戦闘に入ったようで、その右側にいる前田勢も豊臣勢と戦闘に入った。

私は小太郎に情報を絶えず集め知らせるように伝え様子を見ていると、

「本多忠朝殿討死」

そう報告が来て家康の本陣に動揺が走り始める。

2番手の小笠原勢も旗の動きから混乱をしており旗がちりじりになり家康の馬廻りが、

「小笠原勢壊滅、三番手も危険な状態」

そう言っていると今度は、

「前田勢も大野に押され敗走中とのことここはがら空きになり危険にございます。」

そう言われ旗本は動揺しており私は前を見続けていると本多がいた今やこちらの防衛戦の穴に赤い旗の六文銭がなびきながら次々と突入してきておりとどめに、

「浅野長晟裏切り、伊達勢越後松平勢壊滅したもよういあります。」

そう報告してきて家康本陣は浮き足立っていた。


真田がいくつかの部隊に別れ現れると本陣を守る旗本は釣られて飛び出していき次々と餌食になっており、私は馬をおりると鉄砲隊を二段にして並べ待ち続ける。

六文銭が近づいてきたが敵味方入り乱れており、馬廻りがいくら落ち着けと言っても混乱はさらに悪化しており、私はこのままでは鉄砲をうつことさえままならないと思い兵を家康のいるところまで引かせた。


少し小高くなっており前を見通せる所なので前を見ると、二度目の突撃なのかここから見ても旗本の醜態はひどく関ヶ原での島津の突撃よりもさらにひどく、攻撃しようにも旗本が逃げてきて射撃が出来ず家茂が私の顔を見るが首を左右にふるしかなかった。


利光が悲鳴をあげ何かと思っていると、

「本陣の馬印が馬印が無くなりました。」

そう言われ呆然とふりかえり何時突破されたのかと自分自身の迂闊さに焦ると小太郎に悲鳴に近い声で、

「護衛で配置している全ての風魔を差し向け生きておられるなら久忠と共に逃せ。」

そう言うと周囲にいた百人近い護衛が一斉に動きだし後方へと走り去り私は腹を決めると、

「敵と共に逃げてくる者は味方だと思うな、狙うは狙うは赤備えの六文銭構えい」

そう叫び、こちらに数百の集団をなして固まって突破してきた幸村に、

「放て」

そう叫びその間にいてこちらに逃げてきた旗本ごと射撃で凪ぎ払う、私の慌てぶりが伝染してしまったのか射撃が上に向いてしまっており思ったより全然被害がなく、

「落ち着けい、次列構えい馬の胸を狙え騎手ではないぞ。」

そう叫び二列目をたたせ構えさせるとさらに迫ってきた赤備えに、

「放て」

そう言うと今度こそ馬の胸辺りに命中して突破してきた真田を凪ぎ払った。


真田勢からは「一度引いて隊列を立て直せ」そうあのときに聞いた幸村の声がしており私は目を凝らしてみるが確認はできずその間に左に回り込みながら混乱している旗本の列に割ってはいて消えていった。


私に向かって味方の旗本が睨み付けながら抗議に来たが、本陣があるところを指差し馬印が消えているのを確認すると誰もが呆然として私を見返し私は、

「隊列に戻るか私に撃ち殺されるか決めよ」

そう言うと慌てて前方の旗本の列に戻っていく。


前ではまだ真田の縦横無尽の戦いは続いているのか混乱は収まらずもう一度突撃してくるはずだと思い赤い六文銭を探させると旗本の列に切り込み始め、簡単に列が崩壊してしまいこちらへ逃げ始め突破を許してしまう。

その時小太郎が戻ってきて、

「大御所様久忠様無事にございます今後方へと移動中であります。」

そう言われ私は前を確認しさらに増している旗本のにげっぷりに、

「鉄砲をおさめろ、赤備えへ突撃してその足を止めよわしも命を捨てる。」

そう久忠に皆を頼むぞと心の中で思いながら騎乗した。家茂に兵の指揮を任せ私は横に護衛としてついた利光をつれ今まさに突破してきた赤備えに向けて槍を脇に抱えて馬を走らせた。


先程よりもさらに数を減らして十数人程になっている真田の集団の横から槍を突き入れ、

「真田幸村殿とお見受けした。松平三河守信忠だ。」

そう言うがあくまでも家康狙いなのかこちらを少しだけ見て頷くと逃げた家康を追って止まらずに走り抜けていく。

私は集団に入り込みながら槍で疲弊している真田の将兵を叩き落としていくが、何処にこんな体力がと思うほどに真田の馬は速度を維持しており前を走る5人ほどの集団に追いつけず焦り、

「幸村殿諦めい、家康は三方ヶ原の時のようにもう逃げ延びているわ。」

そう言うと丘の本陣があったところに幸村は到達して家康が居ないことがわかると止まるかと思ったがさらに追撃を続けおかを下り始め、私も追撃しながら前を見ると丁度森に集団が入っていく所で自分の迂闊さに舌打ちしながらさらに追撃をかけた。


丘を下り森を抜けていくと幸村は不意に右へと進路を変えて林の中に入っていき私も続けて入っていく。

林の中の小さな空き地に出ると幸村達は止まって私達を待ち受けており私も目の前で止めた。


「信忠殿、貴公の射撃がなければ家康を補足できたものを味方ごと凪ぎ払うとは思っても見なかった」

そう疲れていたが笑顔で幸村は私に言ってきた。

「私も馬印が消えているのをみて破れかぶれだったのですよ。」

そう言いながら鞍の竹筒の水を幸村とその配下に投げていくと幸村は受けとりながら頷き、

「しかし家康の逃げっぷりには驚きました。あんなに遠くにまですでに逃げているとは」

そう言われ、

「私の息子と風魔小太郎が居ましたから誉めてやってくだされ」

そう秘め事を言うと、

「そうか息子とあの風魔か、ならいたしかたあるまい、息子に手柄だと渡してくれ」

そう言って幸村が持っていた十文字槍をさしだし代わりに私の槍を受けとると、

「1つだけ、大坂には嫡男大助がおるのだが幽閉された九度山に百姓に生まれた乳飲み子がおる。ついこないだ生まれたと。その子に何も残してやれなかったのが気がかりでな、すまないがこれを渡してやってくれまいか」

そう言いながら腰から刀を鞘ごと引き抜くと私に預け、

「わかりもうした。我が息子として育てさせましょういずれ真田に姓を戻させたいと思いますが、ちなみに息子は島津豊久殿の息子だ。」

そういたずらをしたような顔で言うと幸村は笑い、

「これで思い残すことはあるまい、後は行くのみ」

そう言いながら私が渡した竹筒の水を飲み干すと天王寺口方面に向けて走り去っていった。


私は利光と共に元来た道を戻ると、家康と正純そして久忠が風魔の護衛の兵に囲まれながら戻ってくるのが見えて合流を果たした。

「信忠よ真田のせがれは退却したと言うことだが、」

そう言われ十文字槍を見せ、

「諦めて天王寺口に死に場所を求め行ってしまいました。」

そう言うと、

「三方ヶ原以来だなこのようなこと真田の名をあげさせただけか、しかしこの護衛は見事だ。諦めたときに現れ久忠に父上の配下ですまだこれからなので逃げましょうと言われたわ。」

そう笑いながら言うと久忠は赤いかおで私を見たので、

「久忠見事だ、これは幸村からの褒美だ見事に逃げきったと言うことのな。」

そう言いながら細いがしっかりとした造りの十文字槍を渡すと興奮した顔で受けとり家康をみて家康も頷いた。


本陣へ戻るとようやく立て直した徳川勢は大坂へと突入を開始しており、旗本はまだ再編が済んでいないので家茂に合流させると家康は大坂へと進ませ、旗本は集結したが護衛は私の兵を中核とおいて天王寺口へと進んでいく。


突如大坂城に炎が立ち上ぼり忠直が大坂城へと突入したと言う知らせを受けた。

天王寺郊外に到着すると家康は、

「千姫を助けよ。」

そう私に指示して私は小太郎と利光そして家茂に兵を率いらせ大坂城へと走り抜けていく。

近づけば近づくほどひどい有り様で、略奪や町民を殺して偽首で功を得ようとするもの奴隷として捕まえている者もおり私は民を助けよと家茂と利光に指示を与え小太郎と共に進んでいく。

途中桜門にて勝成に合流すると坂崎直盛が千姫を保護してこちらへ来たと言うことで坂崎に、

「大御所様から千姫を助け出してお連れしろとの命である。」

そう言うと、

「将軍の元へ向かう、邪魔立てするな。」

そう言うとガンとして譲らず私は家康に千姫の無事を知らせると共にさらに奥へと向かう。

豊臣方の生き残りが蔵にこもっていると聞き向かうと井伊直孝が包囲しており私は無事を知っていたがあえて、

「大御所様から千姫の無事を確認せよと言われておる。もしやもあるかもしれないから蔵のなかを確認してくる。」

そう言うとこちらをにらんでいるであろう豊臣に、

「大御所様からの使者だ。」

そう言って中へ入った。

中には疲れきった人々がおり毛利勝永が出迎えると秀頼のもとへ連れていってくれた。


私は黙って座り一礼をすると、

「家康はどう言ってきているのじゃ、奈良に転封かわらわを江戸へか全てのむ全てのむと」

そう悲痛な叫びを淀殿はあげ私は静かに見つめていると周りの局も同じように半狂乱になり私に詰め寄る。

「母上いい加減になさいませ、今更命乞いとは見苦しいですぞ豊臣家としての最後を迎えさせてください。」

そう恰幅のよい青年が淀殿を制する。

「しかしこの由緒ある豊臣家が滅ぼされそうなのですよ、千姫を介して家康にお願いすればそうすればのう秀頼よ」

そう淀殿は問いかけたが、

「もういい加減にしてください、これ以上母上の言うことを聞くきはありません最後ぐらい自分で決めます。最後の最後に親不孝ですがもういいのです。」

そう秀頼は母親に言うと私にふりかえり、

「すまないその方には散々辱しめを受けさせたな、言えた義理ではないのだが千姫を頼む」

そう言って持っていた扇子を私に託し私は一礼すると蔵から出て家康の元へと戻った。


家康の元へと戻ると丁度千姫がおられ、

「お祖父様お願いでございます秀頼様をお助けください。千のお願いにございます。」

そうすがってお願いをしていたが家康は何も言わず手を取っていた。

私は一礼すると、

「誠に申し訳ありませんがよろしいでしょうか」

そう言うと家康が促す。

「秀頼は覚悟を決めらました。そして千姫様にこれを」

そう言いながら扇子をとりだし両手で前に出すと、千姫がふりかえり私の手のひらから扇子を受けとりそのまま崩れさると、

「秀頼様、千を一人残していかれるのですね」

そう呟き、家康から秀忠の元へ送り届けるようにと言われ直ぐに送り届けた。


翌日鉄砲の斉射音と爆発音が大坂城に響きわたり豊臣家の終焉と新たな時代を感じざる終えなかった。


家康は伏見へ兵を集結させると諸大名を集めると、

「真田幸村、見事な将であった皆この武勇を見習っていくように」

そう言いながら賞賛し、久忠には直々におほめの言葉と私とは別に八王子に九千石を戦功としていただき予定通り家光の近習として江戸へ向かうことになった。

私には感謝状と領地の代わりに将軍家以外には勝手御免というある意味危険なものを頂き目附として揉め事を早々に解決せよと言うお墨付きを頂き、馬印の旗本は改易となった。

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