効率重視の仲間探し
異世界に来て、三日目。
僕はようやく、人の住む街にたどり着いた。
高い城壁に、石畳の大通り。荷馬車が行き交い、鎧を着た兵士が門を守っている。
うん。実にそれっぽい。
ゲームやライトノベルで何度も見た光景だ。まさか自分が本当に目にすることになるとは思わなかったけど。
魔王がいて、魔法があって、女神様までいる世界。
そして、元の世界に帰るための条件は二つ。
魔王を倒すこと。
旅の仲間全員の好感度を最大にすること。
ただし、誰とも恋愛してはいけない。
……改めて考えても、妙な条件だ。
まあ、いい。ルールが分かっているなら、あとは攻略するだけだ。
「身分証を見せてくれ」
街の門で呼び止められ、僕は足を止めた。
しまった。そんなものは持っていない。
どう説明しようかと考えていると、門番は僕の顔と服装を見比べ、急に態度を改めた。
「失礼しました。どちらかの貴族家の方でしょうか?」
「え? いや、そういうわけでは……」
「そうでしたか。ですが、身分を証明できるものがないのでしたら、滞在中に衛兵詰所へお越しください。事情を伺いますので」
妙に丁寧だ。
どうやら、見た目だけでそれなりの身分だと思われたらしい。
まあ、悪い気はしない。
元の世界でも、初対面の相手に好印象を持ってもらうのは得意だった。少しくらい顔がいいというのも、こういうときには役に立つ。
門を通り抜けると、街の喧騒が一気に押し寄せてきた。
武器屋、道具屋、食堂。軒先で客を呼び込む商人たち。腰に剣を下げた冒険者らしき人々。
そして、少し離れた場所には、頭から獣の耳を生やした人たちも歩いていた。
……おお、本当にいるんだ。
獣人。
長い耳の女性もいる。あれはエルフだろうか。
さすが異世界。期待を裏切らない。
ただ、街を歩いているうちに、少し気になることがあった。
人間と獣人では、明らかに扱いが違うのだ。
人間の商人が兵士と気軽に話している一方で、獣耳の少女は道の端を歩き、人間の客が通るたびに頭を下げていた。
店先で商品を眺めていた獣人が、店主に追い払われる場面も見かけた。
最初は、たまたま感じの悪い店主だったのかと思った。
しかし、どうもそうではないらしい。
気になった僕は、近くの食堂に入ってみることにした。
「いらっしゃいませ! お一人ですか?」
店主は僕を見るなり、愛想よく席へ案内してくれた。
料理を注文し、待っている間に、さっそく気になっていたことを尋ねてみる。
「この街って、人間以外の種族も結構いるんですね」
「ああ、獣人のことですか。まあ、いますよ。人間の街ですからね」
「人間の街?」
「おや、ご存じない? この辺りじゃ、人間が一番上ですよ。獣人はその下。エルフはまた別ですがね」
店主は、当たり前のことを説明するように続けた。
エルフは希少で、魔法に長けた者も多いため、特別な扱いを受けることがあるらしい。
獣人は種族によって立場が違うものの、全体としては人間より低く見られている。
なかでも犬族や兔族は、あまり評判がよくないそうだ。
「力もたいしてないし、特別な能力もない。従順なくらいしか取り柄がありませんからね」
店主は料理を運びながら、あっさりと言った。
「奴隷にするなら、ああいう種族がちょうどいいんですよ」
……奴隷。
ずいぶんと物騒な言葉が出てきた。
「奴隷って、そんなに普通なんですか?」
「ええ。借金を返せなくなった人間が奴隷になることもありますが、獣人のほうが安いですからね。買う側としては、そちらを選ぶことが多いんですよ」
店主は特に気にする様子もなかった。
僕は運ばれてきた肉料理を口に運びながら、窓の外を眺めた。
なるほど。この世界は、人間がかなり優位な社会らしい。
正直、褒められた仕組みではないと思う。
けれど、今の僕にできることがあるわけでもない。
それに、少なくとも人間として生まれたことは幸運だったようだ。
……いや、そもそも僕は、どうしてこの世界に来たんだっけ。
一瞬、嫌な記憶が頭をよぎった。
あの日のことは、あまり思い出したくない。
今はそれより、元の世界に帰る方法を考えるべきだ。
食事を終えた僕は、今後の計画を整理することにした。
まず、仲間を集める。
女神様の条件では、旅の仲間全員の好感度を最大にしなければならない。
だったら、早めに仲間を見つけておくに越したことはないだろう。
問題は、誰を選ぶかだ。
最初に思い浮かんだのは、戦闘能力の高い冒険者だった。
魔王を倒すのだから、強い仲間がいるに越したことはない。
次に考えたのは、身分の高い女性。
王女や貴族のお嬢様と知り合いになれれば、資金面でも人脈の面でも有利になるかもしれない。
……うん。悪くない。
ただ、どちらも簡単ではなさそうだ。
強い冒険者は気難しいかもしれないし、王女様なんて、そもそも会う機会すらないだろう。
それに、僕が本当に優先すべきなのは、仲間の強さや身分だけではない。
好感度を上げやすいかどうか。
これが重要だ。
元の世界での経験から言えば、人に好かれること自体は、そう難しくない。
相手の話を聞く。喜ぶ言葉をかける。少しずつ距離を縮める。
そういうことなら、僕はそれなりに得意だった。
問題は、相手が誰であっても同じようにうまくいくとは限らないことだ。
だからこそ、最初の仲間選びは慎重にしたい。
たとえば、困っている相手を助けたらどうだろう。
頼れる相手だと思ってもらえれば、信頼を得るきっかけになるかもしれない。
もちろん、助ければ必ず好感度が上がるなんて保証はない。
けれど、何も考えずに強い相手を探すよりは、僕の経験を生かせそうだった。
そんなことを考えながら街を歩いていると、一軒の建物が目に入った。
入口には、鎖につながれた獣人の絵が描かれた看板が掲げられている。
……奴隷市場か。
さっきの店主が場所を教えてくれたのを思い出した。
奴隷を買うなんて、元の世界では考えもしなかったことだ。
けれど、ここでは珍しくもないらしい。
それに、もし本当に困っている相手がいるのなら、助けることができるかもしれない。
もちろん、それだけが目的ではない。
仲間を探すため。
好感度を上げるため。
そして、できるだけ早く元の世界へ帰るため。
そう自分に言い聞かせ、僕は建物の中へ足を踏み入れた。
中には、いくつもの檻が並んでいた。
熊族や狼族といった、体格のいい獣人たち。
猫族らしき、身軽そうな者たち。
商人たちは、客に向かって彼らの力や能力を説明している。
「こちらは力自慢の熊族です。護衛にも荷運びにも使えますよ」
「狼族なら足が速い。旅の仲間にするならおすすめです」
なるほど。確かに、戦力を求めるなら悪くないのかもしれない。
僕は商人たちの声を聞き流しながら、店の奥へと進んだ。
そして、ふと足を止めた。
ほかの檻から少し離れた、薄暗い隅。
そこに、小さな檻が一つだけ置かれていた。
中にいたのは、犬の耳を垂らした少女だった。
痩せた身体を丸め、膝を抱えて座っている。
客の目を引くような華やかさもなければ、商人が自慢するような力強さもない。
周囲の喧騒から取り残されたように、彼女はただ静かにそこにいた。
……あの子は、何なんだろう。
気づけば、僕はその少女を見つめていた。




