序章 異世界転移と帰還条件
異世界転移。
魔王討伐。
女神様から与えられるチート能力。
そして、旅先で出会う美少女たち。
ライトノベルやゲームが好きなら、一度くらいは考えたことがあるんじゃないだろうか。
「もし自分が異世界に行ったら、どうなるんだろう」って。
まあ、僕の場合は少しばかり不純だったけど。
魔法が使えるかどうかなんて、正直どうでもいい。
チート能力だって、もらえればラッキーくらいのものだ。
僕が気になっていたのは、もっと別のことだった。
――異世界の女の子って、やっぱりエルフとか獣人とかもいるんだろうか。
……我ながら、ひどい。
でも、仕方ないだろう。
僕は昔から、そういうことに興味があったのだから。
別に、自分で言うほどのイケメンというわけじゃない。
ただ、まあ、少しくらいは顔がいい。初対面の女の子と話すときに、損をした覚えはなかった。
それに、相手が何を考えているのかを察するのは得意だった。
落ち込んでいる子には話を聞いてやる。
自信がなさそうな子には、ちゃんと魅力があるんだと伝えてやる。
強がっている子には、無理しなくてもいいと言ってやる。
別に、全部が嘘だったわけじゃない。
その場では本当にそう思うことだってあった。
ただ――その気持ちがいつまでも続くとは限らなかっただけだ。
相手が自分に夢中になってくれるのは嬉しい。
連絡を待ってくれたり、会いたがってくれたりすると、つい悪い気はしなかった。
だから、誰か一人と真剣に付き合うより、いろんな女の子と仲良くしているほうが性に合っていた。
もちろん、そんな都合のいい関係がいつまでも続くわけもない。
泣かれたこともある。
ひどい言葉を浴びせられたこともある。
それでも、最後には何とかなると思っていた。
謝ればいい。
少し距離を置けばいい。
時間が経てば、向こうだって忘れる。
今までは、だいたいそれで済んでいたから。
――あの日までは。
誰かに呼び出された。
それが誰だったのか、今となっては思い出したくもない。
覚えているのは、ひどく険しい顔と、こちらを責める声。
そして、自分が思っていた以上に、相手を傷つけていたらしいということだけだ。
気がついたときには、すべてが手遅れになっていた。
……いや、そこから先は、あまり考えないでおこう。
とにかく、次に目を開けたとき、僕は真っ白な空間にいた。
床も壁も見当たらない。
なのに、立っている感覚だけはある。
そして、目の前には、とんでもなく綺麗な女性が一人。
「あなたは、元の世界に帰りたいですか?」
透き通るような声が響いた。
……はい?
一瞬、頭が真っ白になった。
いや、待て。
この状況、どこかで見たことがある。
真っ白な空間。
人間離れした美女。
そして、元の世界に帰るかどうかという質問。
「……もしかして、女神様?」
「はい」
女性はにっこりと微笑んだ。
うわ、本当に来た。
異世界転移って、実在するんだ。
いや、今さら驚くところはそこじゃない気もするけど。
「あなたは、ある事情によってこちらの世界へ招かれました」
ある事情。
便利な言葉だな。
「元の世界へ戻ることは可能です。ただし、条件があります」
「条件?」
「まず、魔王を討伐すること。そして、旅の仲間全員の好感度を最大にすることです」
……なるほど。
魔王を倒して、仲間を集めて、みんなと仲良くなる。
実に王道だ。
ゲームなら、まずは冒険者ギルドに行って、仲間を探して、クエストをこなしていけばいい。
そのうち強い武器も手に入るだろうし、なんだかんだで何とかなる。
問題は、好感度を最大にする、という部分だろうか。
いや、待てよ。
僕は思わず口元を緩めた。
それ、僕の得意分野じゃないか?
女の子が何を言ってほしいのか。
どう接すれば喜んでくれるのか。
どこまで踏み込めばいいのか。
そういうことなら、今まで散々やってきた。
しかも、ここは異世界だ。
エルフがいるかもしれない。
獣人がいるかもしれない。
魔法使いに、お姫様に、聖女様なんてのもいるかもしれない。
……いや、待て待て。
さすがに浮かれすぎだ。
まずは魔王討伐。そう、魔王討伐が最優先。
「それと、もう一つ」
女神の声で、僕は現実に引き戻された。
「あなたは、誰とも恋愛関係になってはいけません」
「……え?」
「誰かに恋愛感情を抱くことも、許されません」
思わず聞き返しそうになった。
好感度は最大にしろ。
でも、恋愛は禁止。
何だ、その面倒くさい縛りプレイは。
……いや、待て。
別に問題ないじゃないか。
好かれることと、好きになることは違う。
相手に夢中になってもらうのは得意だ。
けれど、自分まで本気になる必要はない。
それなら、むしろ簡単だ。
「分かりました。問題ありません」
僕は即答した。
女神は、なぜかすぐには返事をしなかった。
ただ、こちらをじっと見ている。
……何だろう。
何か変なことを言っただろうか。
「それでは、あなたの旅が実りあるものになることを願っています」
結局、女神はそれだけ言って微笑んだ。
次の瞬間、視界が真っ白に染まった。
そして――
目を開けると、僕は見知らぬ草原に立っていた。
頬を撫でる風。
どこまでも広がる青空。
遠くに見える、石造りの城壁。
……本当に、異世界なんだ。
胸が高鳴った。
魔王を倒す。
仲間を集める。
好感度を最大にする。
そして、恋愛はしない。
やることは分かっている。
今までの経験を生かせば、きっと何とかなる。
そう思っていた。
このときの僕は、まだ知らなかった。
人に好かれることと、その人の気持ちに責任を持つことは、まったく別の話だということを。




