果南の未練
「いいか果南。自分に正直でありなさい。それこそが、悔いのない人生を送るための秘訣なんだよ。」
自分に正直に。私の父の座右の銘である。
私は子供ながら、父の言う事は正しいことだと思った。
だから私は生まれてこの方、一度も嘘はつかなかったし、間違っていると思ったことははっきりと口にした。そのせいで周りから疎まれる事もあったが、私は気にしなかった。
人形みたい。
私はよくそう言われた。ずっと同じ顔で、感情の起伏もほとんどない。
私は、確かに。と思った。
空気が読めない。
よく言われた。
私は、確かに。と思うだけだった。
私は人形みたい。空気が読めない。でもそれが悪いことだと思わなかった。いや、実際罪という訳じゃないだろうけど。私は元々無愛想だし、自分が正しいと思った事を言うなら、空気なんて読まなくてもいいと思っていた。それが自分に正直でいること、父が私に教えてくれた事だと思っていた。でもそれは違った。少なくとも私にとっては、自分に嘘をついているような物だった。
中学生になって3ヶ月で、私はみんなから避けられるようになった。
別にいじめとかではないと思う。その頃の私は、誰も相手をしたいなどと思わないだろうから。それでも最初は気にしなかった。私は間違ってないと思った。
それから1ヶ月くらいして、私は引きこもりになった。
学校に行っても話す人もいない。それどころか、話しかけても無視される。
私を嫌っていた人たちが、段々嫌味を言うようになる、それも私に聞こえる声で。
小学校からの付き合いだった中原蛍は、唯一私と話してくれた。でもすぐに蛍もいじめられた。蛍は学校に来なくなった。そして私も...。
こうやって私が語ると、私はあたかも悲劇の主人公のようだが、実際はそんな事なかったと思う。私は相手の立場で考えることができなかった。そして妥協も知らなかった。だからこうなるのは必然だし、全ては私の未熟さが招いた事だと思う。
結論から言えば、私たち、蓋日一家の家は燃やされた。深夜2時、家族全員が眠りについていた。私は気付く事なく焼け死んで、気付いた頃には幽霊になっていた。そして不思議な事に、私がどうして幽霊となったのか、私にははっきりと分かった。犯人への復讐。私はその事で頭がいっぱいだった。犯人を突き止めるのは、案外容易かった。蓋日家放火事件は、翌日の朝刊の一面を飾り、ニュースでも代々的に報道された。その後犯人もすぐ捕まった訳だが、その犯人というのが中原蛍であった。蛍に対して負い目を感じていた私は、蛍の事を恨むに恨めず、結果として何も出来なかった。
「.........という訳で、私は目的である復讐も果たせず、幽霊でいる理由もない、幽霊もどきになってしまった訳だよ。」
「幽霊もどきか...。お前がすり抜けたりすり抜けなかったり出来るのも、それが理由か。」
「多分そうだよ。まぁ、全部私の自業自得なんだけど。」
自業自得な訳ないだろ。聞いている僕まで腹が立ってくる。こいつが責任を感じることなんて1つも無いじゃないか。
思わず怒りをあらわにしそうになったところで僕は思い留まる。自分本位の怒りよりこいつを肯定する言葉を掛けてあげるべきだ。
僕は少女の目を真っ直ぐに見つめ、ありのままの言葉を投げかけた。
「でも僕はかっこいいなと思ったよ。お前の事。」
「かっこよくなんてないよ。結局私は全て失った。常に正しくいる事が良い結果を生むわけではないんだよ。」
「確かにお前の父さんも、別に正しい事をしろって言いたかった訳じゃないだろうからな。」
僕は続けた。
「でも、お前は間違ってないよ。お前は確かに正しくあった。正しくあれば、それを尊敬する人間が自然と集まってくる。お前の周りの人間こそ、自分に嘘をついたんだ。間違いを認め、正しくあることから逃げたんだ。だからお前は気にすることなんてない。お前はずっと、自分に正直だったって事さ。」
ここで僕は何を思ったか、遠回しなプロポーズのような事を口にしてしまった。
「お前は確かに成仏できないのかもしれないけどさ、僕はお前の事、幸せにしてやりたいと思ったよ。」
僕は続ける。
「だからさ、僕が死ぬまでお前の隣にいて、死んでもそっから幽霊になって、いつまでもお前の話し相手になってやるよ。」
僕は言ったそばから自分の言った事の恥ずかしさに気付き赤面しつつ、きっと馬鹿にされるに違いないとばかり思って、少女からの辛辣なコメントを身構えていた。
ところがそんなことはなかった。
「ふふ、これで帰さんも道連れだね。」
少女は僕にそう言った。少し目が潤んでいた。
「お前...」
「果南、私には果南って名前があるんだよ。」
嬉しかった。それが恋心かと言われたら、それは嘘になってしまうけれど。
でも僕は、目の前の少女が初めて見せた笑顔に、心を奪われていた。
「死ぬまで、いや違うな。死ぬまでどころか死んだ後もずっと。よろしくな。果南。」
僕は今日初めて、彼女を名前で呼んだ。




