出会い
僕、波多野帰はここ九事斎苑に勤める24歳の男である。過去のことを言ってもしょうがないことだが、僕の人生はそこそこ充実していた。そこそこ裕福な家庭で、家族仲もかなりいいほうだった。都市部の私立中高一貫校に通い、県内で2番目に頭の良い国立大学に進学、3年生になる頃には彼女までいた。真剣に結婚を考えるほど深く愛し合っていて、その頃には家族ぐるみで付きあう程の関係だった。
でも僕らにその先はなかった。
その年の8月、忘れもしない3年生の8月、僕らを乗せ沖縄へと旅立ったその飛行機は、墜落した。
そうするとこれを読んでいるあなたたちは、
「では何故波多野帰は生きている?」
などという至極当たり前の疑問が浮かんだことだろうが、残念、それは僕にもよく分からないのである。飛行機の爆発によって跡形もなく消え去ったはずの僕の身体は、爆発した飛行機から十数メートル離れた海の上に浮かんでいたらしい、救助隊の方がそう言っていた。
しかし当然ながら、僕の両親、そして前述した僕の彼女である御山標、そしてその両親、その中の誰1人として助かることは無かった。
それでまぁ、その時葬式とか火葬とか勿論行う訳なんだが、棺に本人がいないというのは中々僕には応えた。
それで僕はこの仕事を選んだ。せめて他の人にはしっかり弔ってほしいという訳である。
とかなんとか考えながら掃除しに来た親族控室のドアを開けると、そこには1人の少女がいた。いや、いるはずがないんだが。
身長は150cm程だろうか。顔立ちは凛として美しいが、服装は中々のものだ。下は明らかに大きいデニムパンツ。上白Tにデニムジャケット、首にはチェーンのネックレスを着けている。あのキャップはシカゴ・ブルズのものだろう。牛の顔面の圧が凄い。でも顔立ちがいいので、そこそこ着こなせてしまっているんだが。
まぁ目の前の女子のファッションセンスにケチを付けるのはやめにしておこう。
気を取り直して、僕は聞いた。
「そこで何してる。」
すると少女は、鍵の閉まっていた親族控室にたった1人佇んでいる
少女は、澄ました顔でこう言った。
「私が視えるの?」
「いや、見えないわけないだろう。」
「でも、私に気付いたのはおにいさんが初めて。」
「何なんだ。その漫画の中の幽霊が言いそうなセリフは。中二病か?痛々しい。」
「大丈夫。私は痛くないから。精神的にも肉体的にも。だから心配しないで。」
「皮肉だよ!何も辞書的な意味で痛々しいとか思ってないんだよ!」
「わー、面白い。面白すぎて涙が出てくるよ。おにいさん。」
「・・・・・」
何だこいつは。さっさと親族に届けてしまおう。
「おいお前。名前は?家族のところに連れてってやるから。教えろよ。」
「果南。蓋日果南。」
「わかった、他の職員にも伝えとく。ほら、さっさと探しに行くぞ。」
そう僕が言うと、その少女は、さっきから全く変わることのない澄ました顔で、
「無駄だよ。私の家族はいない。6年前に一家全員死んだ。私も含め、一家全員死んだんだ。」
平然とそう言ってのけた。
僕は言う。
「でもお前、こうして今もここにいるじゃないか。冗談にしては出来が悪すぎるぞ。」
「そう、私は今もここにいる。なぜなら私は幽霊だから。」
そう言って少女は、僕の腹を思いっきり殴った。はずだった。
目の前の可憐な少女の不意の一撃は、僕の鳩尾を完璧に捉えていた。いや、それどころか突き抜けていた。というより、すり抜けていた。
少女は言う。
「これで理解できたかな。私が幽霊だということを。」
「そうだな。お前が理解できない類の存在だということは理解できた。だからその腕を引っ込めろ。見ていると流石に気分が悪い。」
「わかった。理解してくれたならいいんだ。」
そう言って少女は腕を元に戻す。
僕は問う。
「しかしどうして、僕には君が見えるんだ?ただ霊感が強いとかなのか?」
「そう。やっぱり気づいていないんだね。」
「何だよ、何に気づいてないんだよ?」
少女はまたも澄ました顔で言う。
「おにいさん、あなたは既に死んでいるんだよ。」
「いや、当たり前のように言うけれど、到底受け入れられる内容じゃないぞ。だいたい僕はこうやって生きているじゃないか。」
「冷静過ぎるよおにいさん。普通この流れで自分が死んでいるなんて言われたら、1度は取り乱すものなんだよ。私がこんなことを言うのはおかしいけど、おにいさんはもっと必死になってその事実を否定するべきだよ。」
「僕が死んでいる...?どういう事だ!そんなのありえないだろ!」
「はぁ、おにいさんはこれがやりたかっただけなんだね。可愛い女子中学生に相手してもらえてよかったでちゅね。」
「べ、別に?そんなくだらないノリがしたかったわけじゃないんだからね!」
「赤ちゃん言葉でのいじりを無視して更にツンデレ化するなんて。おにいさんは幽霊ではなく、怪物だったんだね。」
「真顔で言われるとめちゃめちゃ傷つくなそれ...。」
「それはともかく、おにいさんは既に死んでいるのは本当だよ。おにいさんからは死者の気を感じる。」
「そうは言っても、僕には死んだ記憶などないんだが。」
「別にありえない話ではないよ。自分が怪異だということに気付かない怪異か、怪異に蘇生された元人間か、どっちかだろう。ちなみに、前者だったら恐らくは不死身、後者だったらこの先何かあったら普通に死ぬよ。」
少女は少し間を置いて続けた。
「それより、おにいさんは私の死んでから初めての生きた友達なんだ。せっかくなので名前が知りたい。」
いつの間にか友達認定されていたが、まぁ悪い気はしないな。
「波多野帰だ。よろしく。」
「帰か。いい名前だね。私のお願いを聞いてもらうに相応しい名前だ。」
「相応しい名前か、そのひと言でだいたい察しがついたな。」
「多分おにいさんの思っている通りの事だよ。具体的には、この火葬場から動けない霊、俗にいう地縛霊を成仏させて欲しいんだ。」
僕は自分の苦しみから、正義感の強い、困っている人をほっとけない素晴らしい人間に成長したので、勿論このお願いを聞きいれるつもりだった。しかしながら僕のことを真顔で妖怪などと言ってきたこの少女に対して、少しばかりからかってやろうと思ったとして、誰も僕を責めることなどできないだろう。
「そうかいそうかい。しかし僕には、そんなお願いを聞くメリットは、どこにもないんじゃないのか?正義感だけで人を助けてやる程、僕はできた人間じゃないからなぁ。」
次の瞬間、少女の拳は、僕の鳩尾を直撃した。
すり抜けることなく、直撃した。それは、目の前の可憐な少女から放たれたとは到底思えない程の一撃だった。
あまりの痛みに、僕はこの世のものとは思えないうめき声をあげた。
「この世のものとは思えない声だね。やっぱりおにいさんは怪物だったのか。」
こいつ.....。
「あのね、私は幽霊の中でも特別で、触れるか触れないか選べるんだよ。だから私はお兄さんを殴り放題なんだ。」
少女は続ける。
「それで、私のお願い、聞いてくれる?」
「聞くしかないだろうが...。」
僕は初めから聞く気だったというのに、無理やり言う事を聞かされる羽目になるとは、不本意の極みである。
そんなことを思っていると、
「じゃあ、昼休みにでもその霊の場所に案内するよ。」
「あぁ、わかった。昼休みにまたここに来るよ。」
「いや、その必要はないよ。私がおにいさんについて回るから。」
「どうしてそうなる。」
「だって友達でしょ?友達なんだから一緒にいてもいいでしょ。」
「別に構わないが、僕はお前の相手なんかしないぞ。お前の相手をしてるとこを同僚に見られでもしたら、絶対距離を置かれるからな。それは嫌だ。」
「元々仲のいい人なんていなかったでしょ。私が見る限り、昼休みはいつも一人だったと思うけれど。」
「・・・・・」
「まぁ良かったじゃん。私がおにいさんを友達にしてあげるんだから。」
「別に、友達にしてくれなんて言ってないだろ。」
「全く、素直じゃないんだから。」
いや、今のは強がりでもなんでもないんだけれど。殴られそうだし黙っておこう。
しばらく沈黙が続く。
ここで僕は、前々から感じていた疑問をぶつけてみた。
「そういや気になってたんだけど、お前も幽霊なんだろ?それに地縛霊と違って自由に動けるみたいだし。それならお前は、なんだって自分の未練を果たさずにいるんだ?それだけ地縛霊たちを助けてあげたいのか?」
そう僕が問うと、さっきまで顔色一つ、声色一つ変えず淡々としていたその少女は、初めて少し悲しそうな顔をして、それでもすぐにそれを誤魔化すかのように、元のすまし顔で口を開いた。
「私は成仏することができない。私の未練は、果たすことのできないものなんだよ。」
僕は少し迷って、その理由を聞くことにした。
「それは...どうしてなんだ。」
少女は言った。
「それが知りたいおにいさんには、私の過去を知ってもらう必要があるかな。」
そう言って、少女は話し始めた。




