第17話 よく育った、その証
翌日、エオが来た。ノックは三回。変わらない。
ラオトが扉を開けると、エオは一秒だけプティを見た。プティがエオに気が付き、目をキラキラさせている。二頭が見合った。
「入ってください」
エオが入ってきて、椅子に座った。プティがエオに近づこうとして、エデルに止められた。
「……飛んだそうですね」エオが静かに言った。
「知っているのですか」
「トルダから聞きました」
(情報が早い……)
「それについて、話しに来たのですか」
「半分は」エオが少し間を置いた。「もう半分は、別の件です」
「別の件、というのは」
「昨夜、竜牙の動きがありました」エオの声が、わずかに変わった。「ゼンが、この町に再度入っています」
「東の市場の件は、まだ解決していないというのに……」
「そちらではありません」エオが続けた。「ゼンが向かった方向を追ったところ……この商会の周囲を、一度回っています」
プティがエオを見ていた。不思議そうな顔で。
「……プティを確認しに来た、ということですか」
「おそらく」
ラオトはプティを見た。プティはまだエオを見ていた。
「エオさん」
「なんですか」
「竜牙にとって、プティはどういう存在になりますか」
エオがしばらく黙った。
「……竜族の常識で説明できない成長をする竜は、二つの意味で価値があります」エオが静かに言った。「一つは、研究対象として。もう一つは――」
「もう一つは?」
「こちらの弱点として」
ラオトはペンを置いた。
「……来ますか」
「確実に来ると思ったほうがいい」エオが答えた。「ただ、最初は力ではきません。竜牙のやり方は、まず言葉で来ます」
「プティに直接接触してくる、ということですか」
「あなたに……かもしれません」エオが続けた。「あるいはエデルに。プティを通じて、あなたを動かすための言葉で来る」
エデルが静かに口を開いた。
「……プティに、何を言うつもりですか」
「おそらく」エオが少し間を置いた。「例えば……あなたは特別な竜だ、と言うでしょう。竜族の常識を超えている、本当の力を使うべきだ、と」
プティが首を傾げた。
「……とくべつ?」
「プティは特別じゃないよ」ラオトが言った。
プティがラオトを見た。
「ふつう?」
「普通のパパが、普通に育てた竜です」
「……でも、とべたよ? ふつうなの?」
「飛べましたね」
「おはやかった?」
「早かったみたいです」
プティが少し考えた。
「……それは、とくべつなの?」
「早く飛べたのは事実です。でも、それが理由でどこかに行く必要はない」
プティが、またしばらく考えた。大きな目が、じっと考えている。
「……パパのそばがいい」
「そうか」
「パパとママのそばがいい!」
エデルの耳が赤くなった。今回は本人も気づいていないようだった。
エオが静かに息を吐いた。表情はほとんど変わらない。でも、わずかに何かが緩んだ気がした。
「……ラオト殿」
「なんですか」
「この子は、あなたから『筋が通っているかどうかで動く』ということを学んでいます」エオが続けた。「竜牙がどんな言葉で来ても、筋が通っていなければ従わない竜に育っている」
「それが、竜牙には脅威なのですか」
「制御できない竜は、使えません」エオが静かに言った。「力で動かせる竜と、筋でしか動かない竜は、全く別物です。竜牙には、後者を扱う手段がない」
ラオトはしばらく考えた。
「……プティが、俺から学んだことが、竜牙への抵抗になっているということですか」
「今のところは、そうです」
(かわいそうだったから育てた。それだけのことだったのに)
ラオトはくしゃみをした。プティが足元に来て、頭を押しつけた。
「エオさん」
「なんですか」
「ゼンが来た時、俺はどう動けばいいですか」
「一人で対応しないでください」エオが答えた。「それだけです」
「それだけ?」
「あなたは、話せる相手かどうかを判断するのが得意です」エオが少し間を置いた。「ゼンが話せる相手かどうか、まず見てください。その後のことは、その時考えましょう」
エオが立ち上がった。帰る準備だ。
「一つだけ」
「なんですか」
エオがプティを見た。プティもエオを見た。
「この子は……よく育っています」
それだけ言って、エオは出ていった。
足音が遠ざかっていく。
プティがエオの消えた扉を見ていた。
「……エオおにいちゃん、こわいけどいいひとだね?」
「どうしてそう思うんだ?」
「……いつもプティには、めがやさしいよ? そしていまね……」
「今がどうした?」
「うふふ。なんでもない! パパにはないしょ!」
ラオトはプティの嬉しそうな顔を見つつ、くしゃみをしながら調合台に向かった。
やることが増えた。ゼンへの対応、プティの警護、東の市場の件。
でも今日、ラオトが一番考えていたのは、プティが「パパとママのそばがいい」と言った時のエデルの耳のことだった。しかし、口には出さなかった。
(おにいちゃんが、プティにすこしわらってくれたのは……パパにはないしょにしておこう)
プティは鼻歌を歌いながら、絵本を持って陽の当たる窓辺で読み始めた。




