第12話 竜と人間の交差点で
一件目の依頼人は、中年の男だった。
商人風の身なりで、落ち着いた物腰をしている。竜専門士の看板を見て来た、と言った。
「竜語の手紙を受け取ったのですが、読んでいただけますか」
差し出されたのは、小さく折りたたまれた紙だった。ラオトは受け取って広げるとくしゃみが出た。
(……竜気がある。この紙自体に)
竜が直接触れた紙だ。最近では竜気の濃淡で、接触した竜の大きさや種類がなんとなくわかるようになってきた。この紙に触れた竜はそれほど大きくない。若い竜か、あるいは小型の竜族だろう。文面を読んでみると竜語で書かれた短い文だった。意味はすぐ取れた。
(……これは)
「どんな内容でしたか」ラオトは顔を上げずに聞いた。「この手紙を送ってきた相手と、どういう関係ですか」
「取引相手です。竜族の方で、特産品の仲介をしてもらっています」
「いつから付き合いがありますか?」
「半年ほどです。最初は人型でいらっしゃっていたのですが、最近は手紙だけで」
ラオトは手紙をもう一度見た。内容は「次の取引は場所を変える。以前話した場所に来い」というものだった。それだけなら不自然ではない。 不自然なのは、「以前話した場所」という表現だ。依頼人の話では、取引の打ち合わせはすべて対面か手紙でやっていたはずで、場所を事前に指定したことはないという。
「この手紙の前に、場所についての話をしたことはありますか」
「……ないです。だから困っていて」
(仕掛けた手紙だ。相手に「以前話した場所」を思い出させることで、依頼人が自分から場所を提示するように誘導している)
ラオトはエデルを見た。エデルが小さく頷いた。同じことを読んでいる。
「この取引相手の方、どんな見た目でしたか」
「鱗が……薄い灰色で、目が細い方でした。背は私より高いくらいで」
エデルの表情がわずかに変わった。ラオトには見えた。
「わかりました」ラオトは手紙を返した。「この手紙には返事をしないでください。取引相手に直接連絡を取る方法はありますか」
「……あります。商会の伝書竜を通じて」
「それで『手紙の意味がわからない、詳しく説明してほしい』と送ってみてください。相手の出方を見てから、また相談に来てください」
依頼人が帰った後、エデルがラオトの横に来た。
「……灰色の鱗の竜族」
「知っているか」
「確証はありません。ただ、竜牙の中に、人間との接触を担当している者がいると聞いたことがあります。その者の鱗の色が」
「灰色か」
「……はい」
ラオトは帳簿に一行書いた。 灰色の鱗・人型・半年前から接触。
* * *
二件目は、昼を過ぎた頃に来た。
今度は若い女性だった。緊張した様子で、手に小さな布袋を持っている。
「竜専門士の方ですよね。あの、変なことを聞くかもしれないんですが」
「どうぞ」
「この中のものが、竜族と関係があるか、確認していただけますか」
布袋を開けると、中に鉱石が入っていた。青みがかった、半透明の石だ。
ラオトはそれを見た瞬間、くしゃみをした。
(竜気が出ている。これは竜の鱗を加工したものだ)
「どこで手に入れましたか」
「市場です。魔力を帯びた希少鉱石、という名前で売っていました。体力回復の効果があると」
「売っていた人の特徴は覚えていますか」
「えっと……背が高くて、目が細くて」
ラオトとエデルが目を合わせた。
「鱗の色は」
「え……見ていなかったですが、何か」
「いえ」ラオトは石を布袋に戻した。
「これは竜族の素材から作られたものです。竜族に断りなく加工・販売することは、竜族との取り決めに反する可能性があります」
「どうすればいいですか」
「今すぐ使うのはやめてください。売った相手がどこにいるか、覚えていますか」
「東の市場の、臨時の出店でした。何時も居るかどうかは――」
「確認してみます。あなたはこの石を持ったまま、今日は帰ってください。今後どうするかは、調べてからご連絡します」
女性が帰った。
ラオトは布袋を調合台の上に置いて、くしゃみをした。
「エデル」
「はい」
「竜族の鱗を、断りなく人間に販売することは、竜牙がやりそうなことか」
「……竜牙の目的を考えると、むしろ積極的にやりそうです」エデルが静かに言った。
「竜族の素材を人間社会に流通させることで、依存関係を作る。竜族なしでは手に入らないものを人間が必要とするようになれば、影響力が生まれます……」
「なるほど」
「それと」エデルが続けた。「この石に竜気が残っているということは、加工があまり上手くない。本来なら竜気を完全に抜いてから売るはずです。焦っているか、人間向けの加工技術をまだ持っていないか」
(急いで動いている、ということか)
ラオトは帳簿に書き足した。
市場での竜素材販売・灰色鱗の可能性・竜気処理が不完全。
* * *
夕方、エオが来た。
気配に気づきラオトの方に丸まっていたプティが顔を上げた直後、ノックは三回、均等な間隔。変わらない。でも来るタイミングが以前より読めるようになってきた。何かある日には来る。
「今日、二件ありました」
ラオトが帳簿を見せると、エオは黙って読んだ。一度目を通し、また最初から読んだ。
「……灰色の鱗」エオが静かに言った。
「灰色の鱗で目が細い渉外担当なら、ゼンという個体が該当する。竜牙の渉外担当です」
「やっぱり竜牙か」
「確信はまだありませんが、可能性は高い」エオが帳簿を返した。「この二件、つながっている可能性があります」
「手紙の依頼人と、石を売っていた相手が同一人物、ということですか」
「あるいは、同じ組織の別の個体が、同時に別の手を打っている」
エデルが口を開いた。
「竜牙が、この町で動き始めているということですか」
「……そう考えた方がいい」
沈黙が落ち、プティが鳴いた。ラオトはプティの頭を指で軽く撫でるとくしゃみが出た。プティがびくっとした。
「エオさん」
「なんですか」
「竜牙が、この町で何をしようとしているか、見当はつきますか」
エオが少し間を置いた。
「……竜専門士という役職が成立したことへの、牽制です」
「牽制」
「竜族と人間の中立的な仲介者が独立して存在することは、竜牙の計画にとって邪魔です。あなたが動く前に、この地域での人間と竜族の関係を、自分たちに都合よく動かしておきたい」
「つまり、俺が動けない状況を作ろうとしている」
「そうです。人間側に竜族の素材への依存を作り、竜側に人間への不信を植え付ける。その中間に、竜専門士が入り込む余地を消す」
ラオトはしばらく考えた。窓の外に夕焼けが見えた。
「エオさん、一つ聞いていいですか」
「なんですか」
「俺がこの二件を解決したとして、竜牙はどう動きますか」
「……別の手を打ちます。今度はもう少し直接的な方法で」
「直接的、というのは」
「あなたに接触してくる可能性があります」エオの声が、わずかに低くなった。「排除ではなく、取り込もうとするかもしれない」
「竜専門士である俺を自分たちの側に引き込む、ということか」
「ええ」
ラオトは帳簿を閉じた。
(来るなら来い。ただ俺は、困っている人がいたから動いている。そこは変わらない)
「エデル」
「はい」
「近い内に、東の市場に行ってみよう。臨時の出店がまだあるか確認したい」
「……一緒に行きます」
「エオさんは」
「私は別の方向から動きます」エオが立ち上がった。「ゼンの動きを追う」
エオが扉に向かいながら、振り返った。
「ラオト殿」
「なんですか」
「……接触があった場合、一人で対応しないでください」
それだけ言って、エオは出ていった。静かな足音が遠ざかっていく。
ラオトはくしゃみをした。プティが今度はびくっとしなかった。慣れてきたらしい。
「プティ、最近くしゃみに慣れてきたな」
「……そうですね」
「それは竜専門士として成長していることになるのか」
「それは関係ないと思います」
ラオトは薬を一口飲んだ。苦い。いつも苦い。この味を何とか変えることはできないのか――ラオトは脳内で頭を抱えてしまう。とりあえず帳簿を開いて、明日の欄に書いた。
東の市場・臨時出店の確認・エデルと同行。
今日の二件は、ただの依頼ではなかった。竜牙が動いている。この町で今何かが起きようとしている予兆だ。 やることが増えた。ただそれだけのこと……の筈だった。
それが起きたのは、プティが来てから三週間ほど経った朝だった。




