第9話 活版庫に眠る逆刷り帳
活版庫の捜索は、工房が閉まったあとに行った。
ヨハンにランプを持ってもらい、私は活字棚の最下段を一つずつ抜いていく。長く使っていない棚の奥は煤と紙粉で黒く、手を入れるたび指が汚れた。
そして一番奥から、薄い帳面が滑り落ちる。表紙には何もない。ただ角にだけ、工房独自の管理印が押されていた。
「逆刷り帳です」
印刷の当たりを確認した廃紙を綴じたもの。普通は数日で捨てる。だが誰かが、わざわざ一冊にまとめて隠していた。
頁を開くと、鏡文字の条文が次々に現れる。私は湿らせた紙を重ね、読める行だけを抜き出した。
ハルト商会第三倉庫、冬季検査免除。王都文書院保管印、代理使用。契約番号の横には、ミレイユの癖のある丸文字で小さな印が付いている。
「王都の紙が混じっている」
ルーカスが一枚を持ち上げた。透かしは文書院特注の冠水印。しかも包紙の端には、王都から北辺へ送る荷札の切れ端まで残っていた。
「これで工房が使われたことは示せる」
「ええ。でも誰が運んだかを押さえれば、逃げ道がなくなります」
逆刷り帳の間に、湿気で波打った小さな荷札が挟まっていた。発送先は北辺港。品目は宗教冊子用紙。だが紙質は契約書用の厚紙だ。
「港ですね」
私は荷札を薄板で挟み、記録箱へ入れた。
「紙束の行き先を追えば、王都と工房をつないだ人間まで見えます」
ルーカスは短く頷く。
「夜明けと同時に出る」
煤だらけの帳面を抱えたまま、私は初めて確信した。ミレイユとフェリクスは、もう勘だけでは逃げられない。




