第10話 港町へ運ばれた紙束
北辺港は朝霧の中でも騒がしかった。
荷車、漁船、倉庫番、紙問屋。風に塩気が混じる場所で、私は水濡れした荷札と出荷台帳を並べた。港の帳場を預かる老書記が、眉をひそめて私たちを見る。
「宗教冊子用紙? そんな厚い紙は入ってきてねえよ」
「でも、この荷札はあなたの帳場を通っています」
私は荷札の裏に貼りついた青い繊維を示した。北辺港特有の麻紐だ。
老書記は渋々、雨で滲んだ積荷帳を出してくれた。私はその場で乾燥板を借り、頁を押さえながら文字を拾う。
宗教冊子用紙と書かれた欄の下に、別の筆跡で小さく『契約厚紙 二十束 受領者F・H』と追記されていた。
「F・Hはフェリクス・ハルト」
ルーカスが言う。
「受領場所は?」
頁の端が擦れて読みにくかったが、水染みの下に倉庫番号が残っていた。第三埠頭裏、ハルト商会臨時庫。
さらに荷役人の一人が、思い出したように口を開く。
「ああ、その荷なら、白薔薇みたいな匂いのするお嬢さんも一緒だったな。寒いのに香りだけは強くてさ」
ミレイユだ。
風が強くなり、帳面がめくれそうになる。私は手を伸ばしたが、先にルーカスの外套が肩へ掛けられた。
「紙は飛ばせても、君は飛ばすな」
真顔でそう言われ、返事に困る。けれどその一瞬で、冷えきっていた指先の感覚が戻った。
私たちは港を出る前に、臨時庫の旧管理票も回収した。そこには、文書院から持ち出された原本の保管料が記されていた。
紙束の道筋は、ついに王都の嘘と一本につながった。




