第39話 私たちの印章を押す日
文書館の設立契約は、私が書いた。
北辺文書館。学舎の原本、寄進台帳、水車権、地券、婚姻証、徒弟契約を、正しく保管し、必要な時に誰でも照会できる場所。併せて教本印刷費の専用基金を作り、商会一社に紙を握らせない条項も入れる。
「ずいぶん細かい」
ルーカスが契約書を読みながら言う。
「破らせたくないので」
「いい」
その一言で、私はようやく肩の力を抜いた。
証人はマーガレーテ、イーダ、アデルハイト、ヨハン、エルザ。前よりずっと多い署名だ。私一人で守る紙ではなくなったということでもある。
最後の空欄に、私は少しだけ迷ってから書き足した。
『朝のインク搬入は、文書館開館後も本人の希望により継続可』
エルザが吹き出し、ヨハンが咳払いで誤魔化す。マーガレーテは肩をすくめ、アデルハイトは上品に笑った。
「必要な条項です」
私が言うと、ルーカスは珍しくはっきり微笑んだ。
「異論はない」
私たちは同じ机で、それぞれの印章を押した。赤い蝋と黒いインクが、乾く前の紙の上で静かに並ぶ。
偽りのために奪われた印ではない。今度は、私たちが自分で選んだ約束の印だ。
「これで終わりでしょうか」
私が問うと、ルーカスは契約書を閉じた。
「終わりではない。ここから始まる」
その言葉どおり、契約は閉じるためではなく、開くためにあるのだと今はわかる。




