表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
40/40

第40話 北辺文書館に朝のインクを

北辺文書館が開いてから三か月が過ぎた。


 工房の隣に新しく整えた石造りの部屋には、修復台、閲覧机、保管棚、そして学舎用教本の見本架が並んでいる。朝一番に来るのは教師たちで、昼前には地券の照会、夕方には徒弟契約の相談が入るようになった。


 ヨハンは印刷主任として教本の版を守り、エルザは寄進基金と文書館台帳を一人で回せるまでになった。イーダは子どもたちの書写帳を持って通い、マーガレーテは月に一度、監査という名目で新刊の出来を見に来る。


 私は今朝、文書館の閲覧台で古い婚姻証を修復していた。背後で扉が開き、聞き慣れた低い声がする。


「インクを持ってきた」


 振り向くと、ルーカスがいつもの木箱を抱えて立っていた。文書館ができても、条項は守られている。


「もう使用人に任せてもいいのに」


「契約違反になる」


 そう言われると弱い。私は笑って木箱を受け取り、新しい黒インクを台へ置いた。


 窓の外では、製紙場の水車が軽やかに回っている。学舎の子どもたちが、新しい教本を胸へ抱えて坂を上っていくのも見えた。


 破られた頁、焼けた契約書、濡らされた原本。あの頃の私は、失ったものをどう綴じ直すかばかり考えていた。


 でも今は違う。


 この文書館には、これから書かれる契約も、これから読む子どもたちの本も集まってくる。守るためだけの机ではない。始まりを残すための机だ。


 ルーカスが私の肩越しに修復台を覗き込む。


「次は何を直す」


「たくさんありますよ」


 私は新しい頁を引き寄せた。


「でも今度は、未来へ渡すために綴じていけます」


 木箱の蓋を開けると、朝の光の中で黒インクが静かに揺れた。


 北辺文書館の一日は、今日もそこから始まる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ