第35話 雨夜の紙庫査察
夜半、旧乾燥庫の屋根を雨が叩いていた。
私たちは裏手から回り込み、灯りの漏れる小窓を覗く。中には商会の男が二人。木箱を開け、紙へ水桶の水をかけようとしているところだった。
「今です」
ルーカスが扉を開き、ヨハンが灯りを押さえた。男たちは驚いて桶を落としたが、落ちた水は床へ広がるだけで済んだ。私は一直線に箱へ走る。
中には油紙に包まれた原本束と、学舎印の入った小さな印章簿があった。油紙の端はすでに湿っている。私はすぐに吸水紙を差し込み、束を持ち上げる。
「クラウディア!」
振り返ると、一人の男が鉄棒を振り上げていた。だが次の瞬間、その腕はルーカスに止められていた。乾いた音とともに鉄棒が床へ落ちる。
「紙へ近づくな」
低い声が、雨音よりよく響く。
私は箱の中身を一つずつ確認した。水車権原本、取水路図、学舎開校証の残片、町役場の封印簿。どれも完全ではないが、読むには足りる。
男たちの懐からは、商会印つきの指示書も出てきた。
『雨の夜に処理。文字判読不能を確認後、役場へ返送』
これで、ただの保管ミスという言い逃れは消えた。
工房へ戻る頃には、私の袖もルーカスの肩も雨で濡れていた。けれど乾燥台に並べた原本は、まだ救える。
「持ちこたえて」
私は吸水紙を替えながら、小さく呟いた。
すると隣から、濡れた黒インクの匂いがした。ルーカスが黙って乾燥板を押さえている。
「朝までやる」
「ええ。今夜で終わらせます」
雨夜の紙庫で救った頁は、もう二度と黙ってはくれない。




