第34話 消えた水車権の原本
旧乾燥庫へ踏み込む前に、私は水車権原本の経路をもう一度縫い直した。
役場の受領票、製紙場の修繕請求、商会の二重帳面。別々に見ればただの数字だが、並べると一つの箱の動きだけが浮かぶ。
春の第二週、役場第三段から箱を搬出。翌日、商会倉庫で荷受。三日後、旧乾燥庫へ保管替え。理由欄はどれも『湿気対策』だった。
「湿気対策と書きながら、一番湿気の多い場所へ移してる」
エルザが呆れたように言う。
「紙を守る気がない証拠ですね」
さらに私は、箱の封印記録へ目を止めた。役場で使う灰青の綴じ紐のはずが、途中から商会の赤茶の紐へ変わっている。
「開けている」
私は呟く。
「原本を抜き、替わりに何かを戻した」
ヨハンが差し出したのは、倉庫番から買い取った空の封筒だった。内側に、学舎開校証の金粉が微かに残っている。つまり箱から先に抜かれたのは、焼かれかけた開校証の方だ。
「水車権原本は、まだ箱の中にある可能性があります」
ルーカスが地図を畳み、立ち上がった。
「なら今夜、箱ごと押さえる」
「ええ。でも乾燥庫へ入る時は、火ではなく水を警戒してください」
紙を消すなら火。けれど今回は違う。雨続きの旧乾燥庫は、濡らして文字を流す方が早い。
私は乾燥板と吸水紙、記録用の薄紙をまとめた。
「見つけた瞬間に乾かします。読む前に崩されたくない」
工房を出る頃には、空に重い雨雲が広がっていた。
相手も同じ夜を選ぶつもりだと、その色が教えていた。




