第30話 文書修復官は子どもの頁を守る
私は、新しい契約への怒りを抱えたまま、夜通し印刷機の前に立っていた。
勅許状が無効になるとしても、子どもたちの教本が明日を待ってくれるわけではない。だから正式な聴取を待つ前に、まず不足分を刷ることにしたのだ。
「紙は足りますか」
ヨハンが問う。
「足りないなら、足りる作りにします」
私は公開製本で回収した古紙のうち、再利用できるものを選り分けた。北辺紙工組合の残り紙も混ぜ、背の強い簡装丁に仕立てる。内容は削らない。村の名前も消さない。
ルーカスが活字を組み、エルザが束ね、私は校正を続けた。真夜中を越えた頃、工房には紙とインクの乾く匂いだけが満ちている。
「眠くないんですか」
私が聞くと、ルーカスは刷り上がった一枚を吊りながら答えた。
「君が起きている」
短い。それだけなのに、背中の疲れが少し軽くなる。
夜明け前、初等教本の束が十二村分、机へ並んだ。まだ仮綴じだが、授業へは間に合う。
私は最初の束の表紙を撫でた。
「ようやく全員分です」
イーダたちへ届ける馬車が出たあと、私は役場の掲示板に貼られた水車契約の写しを見直した。署名欄の位置が妙だ。村長欄の一つが、昨年亡くなった人の名になっている。
「死者の署名です」
私が言うと、エルザが息を呑んだ。
「じゃあ、この契約も……」
「偽物です。でも破られる前に止めないと、今度は紙そのものが作れなくなる」
私は教本の余り紙に、次の見出しを書いた。
『水車権原本の所在確認』
子どもたちの頁を守るには、川の契約も守らなければならない。




