第27話 紙問屋の二重帳面
グランツ紙商会は、北辺港に近い煉瓦倉庫を本店にしている。
ベルント・グランツは四十を少し過ぎた男で、よく通る声と白い手袋が印象的だった。紙に触れもしない指先で、彼は笑う。
「教本の件なら、王都の指定通りに進めておりますよ」
「その指定が怪しいから来たのです」
私は帳場の机へ契約書の写しを置いた。ベルントは一瞬だけ目を細めたが、すぐに肩をすくめる。
「商会は紙を運ぶだけです」
けれどエルザが帳簿棚の上段を見た時、空のはずの綴じ紐へ新しい切れ跡を見つけた。私が問いただすより早く、ヨハンが裏手の運搬帳を押さえる。そこには本帳と別に、もう一冊、数字の薄い帳面が隠されていた。
二重帳面だった。
表向きは上質紙百束。裏帳面ではそのうち四十束が粗い再生紙に差し替えられ、差額が『R』名義へ流れている。
「Rは誰ですか」
私が問うと、ベルントは初めて笑顔を消した。
帳面の末尾には、さらに小さな支出が並んでいる。封蝋再圧代、勅許印修繕代、町役場保管箱移送代。
「紙を運ぶだけの商会が、なぜ印章の焼き直し代まで払うんです?」
ベルントは答えない。代わりにルーカスが帳面を閉じた。
「商会の説明は、公の場で聞く」
ベルントが怒鳴り返すより先に、港の記録係が入ってきた。先に根回ししておいたのだ。二重帳面はその場で封印され、持ち出し記録も押収された。
私は最後の頁に残った細い走り書きを見つめる。
『学舎開校証、焼損処理未了』
未了。つまり、まだ焼き切れていない。
私は帳面を薄紙で包んだ。
「開校証は残っています」
ルーカスが言う。
「なら取り戻す」
商会の白い壁の向こうで、荷馬車が一台、慌ただしく裏手へ回っていくのが見えた。




