第26話 破れた寄進台帳
山村の修道院は、学舎よりさらに古い石壁を持っていた。
迎えてくれたアデルハイト修道女長は六十近いが、紙の扱いだけは若い修道女より丁寧だった。彼女は乾いた布で包んだ帳面を、私の前へ置く。
「雨漏りで破れました。けれど捨てられなくて」
寄進台帳は半ばから裂け、綴じもほどけていた。私は台へ載せ、薄紙で支えながら読み進める。
北辺紙工組合より、毎年、学舎教本維持費を寄進。水車収益の一割を充当。そこまでは整然としている。だが今年だけ、支払先が『グランツ紙商会臨時預り』へ変えられていた。
「預り?」
私が眉をひそめると、アデルハイトが低く言った。
「そんなもの、修道院は頼んでいません」
さらに後ろの頁には、もっと古い記述があった。
『開校証ならびに水車権原本は、学舎箱と一対で保管すること』
私は思わず顔を上げる。
「開校証と水車権の原本は、一緒に動くはずなんですね」
「昔からそう決まっています。学校の本も、紙を漉く水車も、同じ寄進で建てられたから」
つまり、学舎の証明書箱が持ち出された時点で、水車権の原本も狙われている。
私は裂けた帳面を丁寧に綴じ直した。隙間へ和紙を入れ、欠けた行の位置を戻していく。アデルハイトはその手元を見ながら、ぽつりと言った。
「直した紙は、前より強く見えますね」
「破れた場所がわかるからです」
私は糊を乾かしつつ答える。
「嘘も同じで、綴じ直した跡ほど残ります」
帰り際、アデルハイトは油紙包みをもう一つ私へ渡した。
「地下蔵から出てきた古い包みです。濡れていて読めませんが、学舎箱と同じ留め具が付いていました」
手に取ると、包みの中で紙が硬く固まっているのがわかる。
まだ読めない。けれど捨てられてもいない。
その曖昧さは、誰かが今も原本を手放しきれていない証拠だった。




