表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
24/40

第24話 辺境伯は活字棚を動かす

活字棚の裏は、工房でも一番紙粉が溜まる。


 私は口元へ布を当て、ヨハンと棚の記号を確認した。ルーカスは黙ったまま、一番重い鉛の棚を端から持ち上げていく。辺境伯にやらせる仕事ではないと何度思っても、この人は必要な時ほど自分の手を使う。


「無理はしないでください」


「君もだ」


 返ってきたのは、いつもの短い言葉だった。


 棚の下から出てきたのは、裁ち落としの紙片と、試し刷りに使った校正紙の束だった。私はその一枚を水で軽く湿らせる。すると逆向きの文字が浮かぶ。


『北辺初等教本 第一版』


 さらに下の行には、配本先として十二村の名が並んでいた。今の契約別紙より五村多い。つまり、最初に組まれた活字は十二村分だったのだ。


「後から減らされた」


 私が言うと、エルザが悔しそうに唇を噛んだ。


「子どもたちの名前みたいに、村を消したんですね」


 もう一枚の校正紙には、欄外へ別の文言が残っていた。


『水車停止後は王都紙代へ振替』


 私はその行を指でなぞる。


「教本契約と水車がつながりました」


「紙を不足させた上で、北辺の製紙場も止めるつもりか」


 ルーカスの声が一段低くなる。私は頷いた。


「北辺で紙を漉けなくなれば、王都指定商会から買うしかない。そうすれば、教本も台帳も全部同じ商会が握れます」


 棚の奥には、さらに小さな木片が挟まっていた。見慣れない学舎印だ。山村学舎の図書箱へ押される印と同じ形だった。


「学舎の書庫まで来てますね」


 私は木片を薄紙へ包んだ。


「なくなったのは本だけじゃない。書庫の証明書か、開校証も触られているはずです」


 棚を元へ戻す前に、ルーカスが私の手首を軽く取った。紙粉で白くなっていた指へ、彼は新しい布を巻く。


「切れている」


 見れば、棚板に擦った浅い傷があった。


「活字より先に、君の手を守れ」


 私は少しだけ笑った。


「条項を増やしましょうか」


「必要なら」


 そんなやりとりのあとでも、見つかった一行の重さは変わらない。


 水車が止まれば、次に破られるのは子どもたちの頁だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ