第22話 書き換えられた教本契約
昼前、雪の残る山村から一人の女教師が工房へやってきた。
三十一歳のイーダ・ノル。彼女は使い込まれた初等教本を抱え、深く頭を下げる。
「来月から新しい本が届くと聞いたのに、今朝、紙不足で半数しか回せないと言われました」
差し出された教本は、背がほどけ、角が丸くなっていた。子どもたちが何度も開いて、何度も閉じた痕だ。
「山村の子ほど、一冊を長く使います」
私は背へ新しい麻糸を通しながら答えた。
「だからこそ、最初の契約が正しくないと困るんです」
エルザが広げた教本契約には、紙束費、運送費、保管費、再乾燥費と、妙に細かい名目が並んでいた。本来なら国が負担する補助金の多くが、そのままグランツ紙商会の取り分になっている。
「しかも村ごとの配本数が少ないです」
イーダが指差した欄には、北辺十二村のうち七村しか載っていなかった。
「残りの村は?」
「別紙に簡易版配布予定とあります」
私は別紙を見て、思わず息を止めた。綴じ糸の通り方が本体と合わない。穴も、針の返しも、誰かが慌てて縫い直した時の癖が出ている。
「この別紙、最初からついていたものではありません」
ヨハンが近づいてくる。
「差し替えか」
「ええ。しかも差し替えた相手は、印刷工程を知っている」
私は綴じ穴へ細針を入れた。元の穴より新しい穴が半寸ほど内側にある。外したあと、厚みをごまかすために紙端を切って詰めたのだ。
イーダの持ってきた古い教本を返しながら、私は決めた。
「村へ回す本を減らした理由は、紙不足ではありません。どこかで良い紙を抜いています」
ルーカスが契約書の末尾を指で押さえる。
「なら、良い紙の行き先を探す」
「はい。その前に、この契約の紙がどこから来たのかを見ます。透かしが残っていれば、後から綴じた頁だけ別の流れを辿れるかもしれない」
イーダは、修復した教本を胸へ抱いた。
「子どもたちには、まだ黙っておきます」
「ええ。新しい本は、きちんと届かせます」
私はそう約束した。子どもの本の頁を、大人の都合で減らさせるつもりはなかった。




