第21話 王都から届いた印刷勅許状
結婚から半年経った朝も、工房の扉を最初に開けたのは私だった。
北辺文書修復工房の机には、今日も修復待ちの紙が積まれている。徒弟契約、地券、婚姻証。そこへ珍しく王都の紋章つき文書箱が届いた。
「王立学舎局より、クラウディア・ライナー殿へ」
使者が去ったあと、私は封を切った。中に入っていたのは、北辺一帯の学舎用教本を私たちの工房で印刷するための勅許状と、契約書一式だった。
「教本?」
エルザが目を丸くする。ヨハンも活字を拭く手を止めた。北辺では村ごとに本の傷み方もばらばらで、まとまった刷り直しの話はずっと先だと思っていた。
けれど私は、一頁目を読んだ時点で首を傾げていた。勅許状そのものは正式な紙だ。だが最後に綴じられた添付契約だけ、紙の手触りが微妙に違う。しかも封蝋の縁へ、熱し直したような鈍い照りがある。
背後から、いつもの低い声がした。
「顔が仕事の顔だ」
振り向くと、ルーカスが黒インクの木箱を抱えて立っている。毎朝の条項は、結婚後も律儀に守られていた。
「仕事ですもの」
私は契約書を彼へ向けた。
「北辺の学舎用教本を、私たちの工房で刷れという話です。でも添付契約の一枚だけ、後から綴じ足された気がします」
ルーカスは文面を追い、すぐに眉を寄せた。
「紙の納入を、グランツ紙商会へ一任する条項か」
「ええ。それに『学舎用教本の紙束は王都指定商会のみ検査免除』とある。子ども向けの本に、そんな免除はいりません」
印刷工房へ新しい仕事が来たのに、胸が浮き立たない。むしろ、焼けた契約書を前にした時と同じ乾いた違和感があった。
私は勅許状を閉じ、机へ置く。
「引き受けるかどうかは、まだ決めません」
「ああ」
「でも読む前に押しつけられた条項なら、直す前に読みます」
ルーカスは短く頷き、木箱を私の机へ置いた。
「必要な紙も、人手も出す」
私は新しい勅許状を薄紙で包み直した。子どもたちのための本なら、なおさら雑に扱われるわけにはいかない。
そして最終頁の綴じ穴を見た瞬間、私は確信した。
この契約は、工房へ届いてから一度破られている。




