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第15話 無口な伯は手を汚してくれる
王都へ向かう前日、私は証拠一式を提出順に綴じ直していた。
焼けた契約書、逆刷り帳、港の積荷帳、婚姻契約書、原本管理台帳。紙の厚みも傷み方も違うから、順序を一つ誤るだけで説得力が落ちる。
気づくと、隣でルーカスが無言のまま糸を切っていた。
「辺境伯が製本補助をする必要はありません」
「君一人だと朝まで終わらない」
そう言って差し出された指には、小さな紙傷が走っていた。私は思わず手を取り、薬箱から軟膏を塗る。
「紙は柔らかく見えて、よく人を切ります」
「知っている」
ルーカスの声は低いままだが、手を引かなかった。私は包帯を巻き終え、少しだけ息を止める。
彼は卓上の小箱を開けた。中には、新しいインク壺が入っている。朝のものより色が深い。
「北辺の煤と雪解け水で作らせた。長く残る」
「……贈り物?」
「必要な道具だ」
道具、と言いながら少しだけ視線が柔らかい。その曖昧さが、今はありがたかった。
「王都で何を言われても、君の仕事は消えない」
不意にそう言われ、私は箱の蓋を指でなぞった。
「私、戻る場所を失うのが怖かったんです」
「なら作ればいい」
ルーカスは短く言う。
「君が直したい紙のある場所を、これからも」
その言葉を聞いた瞬間、私はようやく、北辺がただの避難先ではなくなっていることを知った。




