第13話 書庫を濡らした夜の侵入者
原本管理台帳は、自分から出てきてはくれなかった。
代わりに真夜中、工房の裏手で水の破裂音がした。飛び起きて駆けつけると、書庫へ通じる給水管が割られ、水が床を走っていた。
「上だ、紙庫を閉めろ!」
ルーカスの声が飛ぶ。私は修復台の上の証拠箱へ走り、逆刷り帳と港の積荷帳を抱え上げた。水はもう足首まで来ている。
ルーカスは外套を脱ぎ捨て、膝まで水に浸かりながら圧板棚を押し上げた。インクの染みた手が、濡れた木を掴むたび滑る。
「クラウディア、そっちは」
「大丈夫。婚姻契約書は確保しました」
ヨハンが裏口で男を取り押さえた。顔を隠した小男の懐から出てきたのは、ハルト商会の荷札束と、文書院の旧保管印を包んだ布袋だった。
「誰の指示?」
ルーカスが問うと、小男は震えながら答えた。
「帳簿を……原本管理台帳を、見つけたら濡らして読めなくしろって……」
やはりある。
排水が落ち着いたあと、私は濡れた床板の浮き方に違和感を覚えた。印刷機の下、一枚だけ新しい板が使われている。こじ開けると、中に細長い抽斗が隠されていた。
中身は半分だけの台帳と、小さな鍵。
頁は水を避けるように油紙で包まれている。誰かが捨てきれず、ここへ隠したのだ。
「これで終わりに近づいた」
私が言うと、ルーカスは濡れた髪のまま短く笑った。
「なら今夜の水も無駄じゃない」
黒く汚れたその手を見て、私は胸のどこかが静かに熱くなるのを感じた。




