変圧器確保作戦
ノインが送った偽装認証に、施設はすぐには答えなかった。
外壁から突き出した三門の砲台は、赤い照準光を地面へ落としたまま静止している。
停止したのではない。
判断を保留している。
ノインの胸部で、旧軍規格の信号が断続的に明滅した。
『所属を照会されています』
「さっき答えたんじゃないのか」
『最初の照会は機体識別です。現在は運用部隊と任務番号を要求されています』
「偽装した部隊は」
『戦時民生送電保守第七班』
エルナが伏せたまま顔を上げた。
「実在したのか」
『記録上は存在します。終戦の十一か月前、隊員全員が別施設の爆撃で死亡しています』
「死んでるなら照会できないな」
『そのため選択しました』
ドーマが回収車の車輪の陰から吐き捨てる。
「作業機の定型音声が、死んだ部隊を選ぶのか」
「施設の保守記録を使ってるだけだ」
ミラは答えながら、搭乗席へ身体を沈めた。
外壁の砲台は、まだ都市防衛隊員へ照準を合わせている。
ノインが返答を誤れば撃つ。
高度すぎる応答を返せば、エルナたちに正体を疑われる。
どちらも避けなければならない。
『任務番号が必要です』
「残ってる保守命令を使え」
『当施設に対する最終保守命令は、二百三十七日前に失効しています』
「失効してても送れ」
『時刻不整合によって拒否される可能性があります』
ミラは外壁を見た。
砲台の下。
閉じた正面門の横に、手動操作盤がある。
蓋は開いたまま、内部から一本の太い電纜が引き出されていた。
新しい靴跡は、その操作盤の前にも残っている。
「誰かが手動回線へ入ってる」
『確認できません』
「盤の下に切った被覆が落ちてる。昨日か一昨日だ。灰が積もってない」
『外部から保安回線を操作した痕跡と推定します』
「そいつの信号へ乗れないか」
『未認証接続を利用した場合、施設側へ侵入を検知されます』
「もう侵入者扱いされてる」
『正確には照会中です』
「同じようなものだ」
ノインは一秒沈黙した。
『外部接続の残留信号を解析します』
正面表示に、細い波形が現れた。
不規則な暗号信号。
旧軍制式ではない。
だが、完全に未知でもないらしい。
ノインが一部を切り出し、偽装認証へ重ねる。
『保安回線上に、点検中を示す保留符号が残っています』
「使え」
『符号の発信者は、施設内部にいる可能性があります』
「扉を開ければ分かる」
『偽装認証へ接続します』
信号が送られた。
赤い照準光が揺れる。
砲台の一門が僅かに上を向いた。
続いて二門目。
三門目。
正面門の内部で、重い錠が外れる音がした。
扉が左右へ開き始める。
途中で止まった。
開口部は幅五メートル。
ノインの肩幅より狭い。
『保守人員用の部分開放です』
「完全に開けられないか」
『施設側は、私を機装兵ではなく保守車両として認証しています。大型機通過の申請を行えば、追加照会が発生します』
エルナが立ち上がった。
「人員だけ先に入る。機体は外で待機」
「中に砲台があったら、ノインの支援が届かない」
「九メートルの機体を無理に通して、入口を潰す方が危険だ」
『門の内側に大型搬送路があります。開閉器を直接操作できれば、全開放が可能です』
エルナは部下二人へ合図した。
「先行する。保守信号器を持て。中の開閉器を探す」
隊員たちが扉へ向かう。
ミラは正面表示に映る熱源を見た。
十七。
外壁の奥へ散らばっている。
そのうち二つが、入口近くにいた。
「待て」
エルナが振り返る。
「中の左右に何かいる」
「見えるのか」
「排水の温度が左右で違う。片側だけ、機械が動いてる可能性がある」
嘘ではない。
正面門から流れる水は、左側の方が僅かに温かかった。
人間の熱源を知っている理由にはならないが、警告する根拠にはなる。
『入口左側に電力消費を確認。右側にも同規模の待機回路があります』
ノインが外部音声で補足した。
エルナは二人を止めた。
「砲台か」
『可能性があります』
「止められるか」
『施設内部の照準回線へ、誤った距離情報を送ります。ただし、実射した場合の安全は保証できません』
「何秒持つ」
『相手の保安人格が異常を検出するまで、推定十二秒から三十一秒です』
エルナは隊員を四人に増やした。
「二十秒で開閉器を探す。見つからなければ戻る」
『進入時刻を指示します』
ノインの声が変わった。
音量ではない。
言葉の間隔が一定になった。
地下施設で自分の脚を動かしていたときの声。
一つの身体ではなく、四人の動きを計算している。
『先頭二名、進入。後続は三秒待機』
エルナと隊員一人が扉を抜ける。
『左壁沿いに移動。前方六メートルに遮蔽物』
二人が資材箱の陰へ入る。
『後続、進入。右側の床面に断線した電纜があります。接触を避けてください』
次の二人が走る。
入口内側で、赤い光が点灯した。
左の壁から短い砲身が現れる。
照準はエルナたちではなく、誰もいない天井を向いていた。
ノインが送った誤距離を信じている。
右側からも砲身が出る。
『開閉器は正面右、床上二・四メートル』
「見えた!」
内部からエルナの声が返る。
『保護蓋に通電しています。直接触れないでください。下部の手動絶縁桿を使用』
金属の打撃音。
開閉器の蓋が外れる。
『照準回線への介入を検知されました。残り推定八秒』
「全開位置が分からない!」
『上段の黄色把手。時計回りに九十度』
「固着してる!」
『二名で操作してください』
エルナと隊員が把手へ取りつく。
動かない。
入口の砲台が旋回を始めた。
天井を向いていた砲身が下がる。
『残り三秒』
ミラは操縦桿を握った。
「ノイン、扉へ左手を入れろ」
『開口幅が不足しています』
「指だけなら入る」
ノインが左手を正面門へ伸ばした。
掌は通らない。
二本の指を横に揃え、扉の隙間へ差し込む。
『砲台が射撃姿勢へ移行』
「把手じゃない。扉を直接押せ」
『開閉器が解除されていません』
「中で二人が回してる。今なら制動が半分抜けてる」
ノインの二本の指が、扉の内側へかかる。
『左手第一指の出力は低下しています』
「三本使え」
『第三指の駆動索にも損傷があります』
「壊れる前に言え。今は押せるか」
『押せます』
ノインの左肩が前へ出た。
指が扉を押す。
内部の機構が軋む。
扉は一センチだけ動いた。
エルナたちが把手へ体重をかける。
さらに三センチ。
砲台が発射した。
弾丸は扉の縁へ当たり、外へ破片を散らした。
都市防衛隊員たちが伏せる。
「もう一度!」
ノインが出力を上げた。
左手の損傷警告が並ぶ。
人工筋肉束温度。
第一指の出力低下。
掌骨格への偏荷重。
扉が動く。
十センチ。
二十。
内部で開閉器が回り切った。
制動が外れる。
ノインが一気に押した。
正面門が全開になる。
同時にエルナたちが床へ伏せる。
左右の砲台が火を噴いた。
ノインは入口へ左腕を差し入れ、掌を広げた。
二門からの弾丸が掌と前腕を叩く。
装甲片が飛ぶ。
黒い人工筋肉束が露出する。
それでも腕を下げない。
『全員、私の左腕の陰へ移動してください』
エルナたちが走る。
四人が掌の後ろへ入る。
ノインは砲撃を受けながら、一歩ずつ門を通過した。
右肩が扉の枠へ触れる。
左脚の支持桁が入口の段差を越える。
帯鋼が高く鳴った。
「左足を右へ五センチ」
『砲撃回避を優先しています』
「その位置だと金具が段差に当たる。次で外れる」
ノインが左足をずらした。
砲弾が左前腕へ集中する。
出力表示が落ちる。
『修正しました』
「腕は」
『駆動率二六パーセント。防護継続は可能です』
「砲台の電源はどこだ」
『入口制御盤の下部。左右共通です』
「エルナ、盤の下に赤い母線がある! 撃つな、切断器で落とせ!」
エルナが隊員から携帯切断器を受け取る。
床を滑るように制御盤へ近づいた。
砲台が照準を変えようとする。
ノインが掌の位置を合わせ、射線を塞ぐ。
『三秒間、砲台を固定します』
「十分だ」
エルナが母線へ切断器を当てた。
火花。
赤熱。
二本の母線が切れる。
砲台の発射音が止まった。
残響だけが大型搬送路へ残る。
ノインは左腕を下ろした。
掌の中央に、いくつもの新しい穴が開いている。
一本の指が完全には伸びなくなっていた。
「損傷を出せ」
『左手第二指の駆動率九パーセント。左前腕の人工筋肉束四本損傷。内部骨格に貫通なし』
「修理できる」
『根拠を要求します』
「骨が無事なら、筋肉は交換できる」
『交換部品がありません』
「街へ戻れば探す」
『街へ戻ることが前提ですか』
「そのために来た」
エルナが制御盤の奥を調べていた。
やがて、一本の信号線を引き出す。
「こいつが外から入ってる」
被覆は新しい。
都市防衛隊のものではない。
線は床の排水溝へ入り、施設の奥へ延びている。
「誰かが砲台を外部操作してたのか」
『完全な操作ではありません。保安人格へ追加命令を挿入した可能性があります』
「私たちが来るのを知ってた?」
「六日前の回収班を閉じ込めるためかもしれない」
ミラは搬送路を見た。
奥へ続く床には、いくつもの足跡がある。
旧軍靴。
作業靴。
小さな靴跡。
子供のものだった。
ドーマたちが車両を施設内へ入れる。
回収員は入口砲台を見上げながら、慎重に通過した。
最後に正面門を手動で半分閉じ、外からの灰風を遮る。
施設内部は薄暗かった。
天井の灯りは三つに一つしか点いていない。
大型搬送路の中央にレール。
左右に変圧設備と整備室。
壁には、戦時中の標語が残っている。
《送電を守る者が、工場を守る》
《一分の停止は、前線の百名を殺す》
終戦を知らせる文字はなかった。
エルナが部隊を二つに分けた。
「第一班は変圧器区画を確認。第二班は行方不明者を捜す」
ノインが言った。
『提案があります。変圧器区画へ全員で移動し、回収対象を確保した後に捜索を行うべきです』
エルナが振り返る。
「理由は」
『施設の保安系統が再度起動する可能性があります。任務対象を先に搬出可能な状態へ移す方が、契約達成率は高くなります』
「中に人がいる」
『生存を確認できていません』
ミラはノインの内部表示を見た。
十七の熱源は、入口から百メートル以上奥に集まっている。
ノインは生きていると知っている。
それでも、外部には言えない。
第二級補助人格のセンサーでは、壁越しに十七人を数えられない。
「回収班の工具が外に残ってた」
ミラは言った。
「中で立ち往生してるなら、施設図を知ってる人間が必要だ。先に探した方が変圧器も早く運べる」
『回収班が生存し、協力可能である保証はありません』
「小さい足跡がある。避難してる住民もいる」
『住民救助は契約に含まれていません』
「避難民が施設を使ってるなら、通路と防衛設備を知ってる。放置して奥へ進めば、こっちを敵と見て道を塞ぐかもしれない」
『交渉に時間を消費します』
「灰旗団らしい六人も先に入ってる。住民を押さえられたら、帰りの搬送路を封鎖される」
ノインは黙った。
人道だけではない。
任務を成功させるためにも、施設内の人間を無視できない。
ミラはそれを言葉へした。
ノインが扱える形へ変えた。
『住民集団との接触を先行した場合、帰還経路の不確定要素を減らせる可能性があります』
「そういうことだ」
『提案を修正します。捜索を先行してください』
エルナが二人を交互に見た。
「お前たちは、いつもこうやって決めるのか」
「まだ三日目だ」
『正確には、起動から——』
「数えるな」
『了解しました』
捜索班は、エルナを含む防衛隊四名。
ミラ。
回収班からドーマと一人。
ノインは大型搬送路を進み、狭い区画へ入れない場所で待機する。
残りの者は変圧器区画への道を確保する。
ノインが施設の電力線へ微弱な信号を送り、反射から通路を推定した。
『前方四十二メートルで搬送路が二つに分岐します。左は変圧器区画。右は職員避難区画へ接続します』
エルナが問う。
「図面を持っているのか」
『配電線の配置から推定しています』
「そんなことが第二級にできるのか」
『保守補助に必要な機能です』
返答に間はなかった。
嘘をつくことへ慣れてきている。
ミラは、その事実をどう受け取ればいいのか分からなかった。
分岐点まで進んだとき、床に血があった。
古いものではない。
まだ黒く固まり切っていない。
右の通路へ続いている。
壁際には、都市回収組合の工具袋が落ちていた。
ドーマが拾い上げる。
「先の班のものだ」
「誰のだ」
「オルフ。口数の少ない奴だ」
通路の奥から音がした。
金属を引きずる音。
隊員たちが銃を構える。
ミラは壁の陰へ入った。
人影が現れる。
痩せた男だった。
作業着の片袖が血で濡れている。
片手に短銃。
もう片方の手で、配管を掴みながら歩いている。
「止まれ!」
エルナが叫ぶ。
男が銃を上げた。
だが照準を合わせる力がない。
銃口が床へ落ちる。
「リーヴァ……か」
ドーマが前へ出た。
「オルフ!」
男の膝が崩れた。
ドーマと隊員が支える。
左腕に銃創。
腹部には布が巻かれ、血が滲んでいる。
「他の三人は」
「奥だ」
「誰に撃たれた」
男は背後を振り返った。
「灰色の外套……六人。旧軍だと言ってた。通信室を開けろって……」
「住民は」
「十三人。戦争が終わったって信じない。外は敵に占領されたと思ってる」
エルナが膝をついた。
「灰色の連中は、どこへ行った」
「下だ。中央通信室へ……住民の女を一人、連れていった」
「防衛装置は」
「連中が触ってから、こっちを撃つようになった。俺たちは避難区画から出られない」
男の呼吸が浅くなる。
ミラは腹部の布へ手を当てた。
銃創ではない。
金属片が刺さっている。
抜けば出血が増える。
「担架が要る」
エルナが隊員へ合図する。
「入口へ運べ。衛生兵に渡せ」
そのとき、施設全体の灯りが消えた。
暗闇。
直後、赤い非常灯が点く。
警報が鳴り始める。
『施設内部で命令権限が更新されました』
遠くにいるノインの声が、通路の拡声器から響いた。
「何が起きた」
『新たな上位命令が保安人格へ入力されています。施設内の全人員が敵性侵入者へ変更されました』
隔壁が動き始めた。
捜索班と入口の間。
厚い鋼板が天井から下りる。
「戻れ!」
エルナが叫ぶ。
負傷者を抱えた隊員たちが走る。
隔壁まで三十メートル。
閉鎖まで十秒もない。
『その速度では間に合いません』
「止めろ!」
『遠隔制御を拒否されています』
ミラは通路の壁を見た。
送電施設の隔壁。
油圧式ではない。
上部の巻上機が、鋼索で扉を下ろしている。
壁際に保守用の張力計がある。
針は上限近く。
だが、振れ方が不規則だった。
「ノイン、隔壁を上へ戻すな。右側の巻上機だけ止めろ」
『片側停止では隔壁が傾きます』
「傾けば案内溝へ噛む」
『成功する保証はありません』
「索の張りが違う。左は交換済み、右は古い。右だけ急停止すれば左が引っ張る」
『右巻上機の位置を特定しました』
「止められるか」
『過電流を送ります。施設側の配電盤が損傷する可能性があります』
「やれ!」
非常灯が一度消えた。
壁の中で破裂音がする。
隔壁の右側が急に止まった。
左側だけが下がり続ける。
鋼板が傾く。
案内溝を削る。
耳を刺す音。
床まで残り一メートルのところで、隔壁が噛み込んだ。
『閉鎖を停止しました』
「全員、下を抜けろ!」
隊員が負傷者を押し込む。
エルナ。
ドーマ。
最後にミラが床へ滑り込む。
背中の工具袋が隔壁へ当たる。
ミラは肩を捻り、抜けた。
直後、鋼索が一本切れた。
隔壁が二十センチ落ちる。
床へ激突した。
通路が完全に塞がれる。
ミラは仰向けになったまま息を吐いた。
隔壁の向こうには、まだ十二人以上が残っている。
そして灰旗団の六人もいる。
『ミラ、生体信号を確認します』
「生きてる」
『負傷は』
「背中を打っただけだ」
『了解しました』
エルナが立ち上がる。
赤い非常灯の中で、ノインを見上げた。
「今の制御は、お前がやったのか」
『ミラの指示に従いました』
「第二級補助人格が、施設の巻上機を探して過電流を送った?」
『送電保守機能の一部です』
「左右の索の状態まで判断したのか」
『それはミラの現物判断です』
ノインは隠さなかった。
自分だけの能力に見せることもできた。
ミラの指示だったと答えた。
エルナは何も言わず、塞がった隔壁へ目を向けた。
負傷したオルフが、ドーマに支えられながら呟く。
「地下通信室を取られたら……施設全部、連中のものになる」
「何を送るつもりだ」
「分からない。ただ、黒い箱を持ってた。軍の認証鍵みたいな……」
ノインの琥珀色の光が細くなった。
『地下から、広域通信用の搬送波を検出しました』
「外へ送ってるのか」
『まだ同期中です。送信開始まで、推定三十八分』
「止められるか」
『中央通信室へ到達する必要があります』
エルナは契約書を入れた胸元へ手をやった。
「任務は変圧器の回収だ」
『はい』
「通信室は反対方向か」
『地下二層です。変圧器区画から離れます』
ドーマが負傷した仲間を見る。
「俺は変圧器を取りに来た。戦争の続きを止めに来たんじゃない」
ミラは塞がった隔壁へ触れた。
鋼板の向こうから、小さな打撃音がする。
一度。
二度。
三度。
中に残された誰かが、助けを求めて叩いている。
『変圧器を確保し、直ちに撤退する案を提案します』
ノインが言った。
「理由は」
『任務を達成できます。灰旗団との接触を避けられます。施設の防衛系統が完全に掌握される前に、入口へ戻れる可能性があります』
「住民は置いていくのか」
『契約対象ではありません』
「灰旗団が帰り道を閉じたら、変圧器も運べない」
『別経路を検索します』
「避難民は施設で三か月生きてる。道も設備も、私たちより知ってる」
『協力する保証はありません』
「保証がないのは、変圧器を運べるかも同じだ」
ノインは沈黙した。
ミラは続ける。
「お前は防衛装置を見ろ。私はこの隔壁を開ける。エルナたちは避難路を作る。ドーマたちは変圧器を外せ」
「勝手に指揮するな」
エルナが言った。
「なら、あんたが決めろ」
ミラは立ち上がった。
「契約だけやって帰るか。中の人間と帰り道を確保して、変圧器も持って帰るか」
「両方できる保証はない」
「一つだけなら、変圧器も持ち帰れない可能性が高い」
エルナは壁を叩く音を聞いた。
赤い灯りの下で、隊員たちを見る。
負傷者。
回収業者。
片腕の機装兵。
そして、資格を持たない整備員。
十分なものは何もなかった。
「三班に分ける」
エルナが言った。
「防衛隊は避難区画を捜索。回収組は変圧器の切り離し準備。ミラは隔壁を開けろ」
ノインの光学器が動く。
「お前は全員の経路を見ろ。砲台が起きる前に知らせろ。通信室へ向かう道も探せ」
『私の能力を、複数班の誘導へ使用するという意味ですか』
「できないのか」
『可能です。ただし、機体制御への演算配分が低下します』
「歩くのはゆっくりでいい。全員を帰せ」
ノインは数秒間、施設内部の信号を読んだ。
天井灯が順番に明滅する。
左の通路。
右の階段。
地下へ続く配電路。
離れた場所にいる者たちへ、同時に経路が送られる。
『行動案を作成しました』
エルナが銃を持ち直す。
「成功率は」
『不明です』
「それでいい」
ミラは解体棒を抜き、隔壁の点検口へ差し込んだ。
「分からないものは、見ながら直す」
鋼板の向こうで、もう一度音がした。
今度は四回。
間を置いて、二回。
偶然ではない。
合図だった。
ミラも解体棒で隔壁を叩く。
四回。
二回。
向こうの音が止まる。
こちらの存在が伝わった。
戦争が終わったと信じていない者たちへ、何を言えばいいのかは分からない。
外には都市がある。
食料も、検問も、所有者を書く書類もある。
安全だとは言えない。
自由だとも言えない。
それでも、閉じた施設の中よりは選べるものがある。
ノインの声が施設全体へ流れた。
『各班へ経路を送信します。防衛装置の起動予測は、私が共有します。不明な設備を発見した場合、独断で操作せず報告してください』
ドーマが変圧器区画へ向かう。
エルナたちは別の避難通路へ走る。
ミラは点検口を開いた。
中には焼けた配線と、歪んだ手動解放器がある。
一人では届かない場所に、解除軸があった。
「ノイン。左手を貸せ」
『現在の左手駆動率は低下しています』
「回せればいい」
『必要な角度を提示してください』
ミラは軸を見た。
錆。
曲がり。
過熱の跡。
数値にはならない傷を一つずつ読む。
「右へ十四度。そこから押しながら回せ」
『あなたの判断に従います』
巨大な指が点検口へ入る。
ミラが軸へ解体棒を噛ませる。
一人と一機で、同じ部品へ力をかける。
地下では、自分たちが生きるためだった。
今度は、鋼板の向こうにいる者たちのためでもある。
解除軸が動いた。
僅かに。
確かに。
施設の最下層で、灰旗団の通信装置が同期を続けている。
残り三十五分。
戦争を終わらせたものは、まだここまで届いていなかった。
だが、閉じた隔壁へ手をかける者は、もう一人ではなかった。




