表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰鉄のノイン~十三メートルから始まる機装兵戦記~  作者: 本の寄生虫
第一章 灰鉄盆地と自治都市リーヴァ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/23

対峙

水環区の鐘は、鳴りやまなかった。


三度。


間を置いて、また三度。


整備廠の厚い壁を越え、低い音が床と吊り柱を震わせる。


空襲警報とは違う。


火災警報とも違う。


都市の水が止まることを告げる鐘だった。


ミラは部品取り機の列へ走った。


十一機。


どれも完全な機体ではない。


動力炉を抜かれた量産機。


制御器を失った作業機。


砲撃で腰から下を焼かれた西方製機。


ノインには利用可能な部品の一覧に見えるだろう。


ミラには、壊れ方の違う十一の現物に見えた。


目的に合うものは一機しかなかった。


黄色い塗装の大型作業機。


左脚を失い、胸部を開かれたまま、壁へ寄りかかっている。


右腰には外付け油圧筒。


背部には二本の蓄圧槽。


関節制御は電動ではなく、油圧弁を小型電磁器で動かす旧式だった。


「これを使う」


セラが追いつき、携帯灯を作業機へ向けた。


「廃棄番号十二。鉱山用の重量作業機よ。圧力規格がノインの関節と合わない」


「合う方を探してるんじゃない。外から押せるものを探してる」


『改修構成を提示します』


ノインの声が整備廠へ響く。


壁面の大型製図板が点灯した。


都市配電の低下で明滅しながらも、白い線が次々と描かれていく。


作業機の油圧筒を、ノインの右股関節と左大腿外側へ取りつける。


整備廠の圧力蓄槽から起動用の油を満たす。


作業機の蓄圧槽二本を背部へ移設。


油圧筒は機体関節を直接動かさず、腰と大腿を外側から押す。


制御はノインの低出力回線から電磁弁へ送る。


人工筋肉を動かすのではない。


巨大な添え木を、油で伸び縮みさせて歩く。


『機体制御へ使用する電力を通常時の一三パーセントへ低下させた場合、外部油圧器によって直進歩行を維持できます』


「旋回は」


『右脚を軸とし、左脚を滑らせます。最小旋回半径は十八・六メートルです』


「狭い道は通れないな」


『はい』


「姿勢修正は」


『左腕と腰部の残存人工筋肉を使用します』


「左腕は二一本しか動かない」


『そのため、転倒時の回復は困難です』


セラが製図板を見上げた。


「設計に何時間かけたの」


『二十一秒です』


整備廠の工員たちがノインを見る。


第二級補助人格が、規格の異なる機体と工場設備を二十一秒で組み合わせた。


ミラは視線が集まるのを感じた。


仮登録を守るなら、ノインに黙らせるべきだった。


低位変換器を通し、歩行と荷役だけができる機械に見せるべきだった。


だが、水環区の非常電源は二時間も持たない。


「必要な部品を出せ」


バルトが製図板の前へ立った。


「待て。この改修図は工業組合の設備を使って作成された。記録を保存する」


『自己調整部分を除いた構造図であれば提供します』


「拒否権があると思っているのか」


「今は契約の話をしてる時間じゃない」


ミラは作業機の背部へ登り、蓄圧槽の留め具を叩いた。


「セラ。こいつを吊れる走行機は」


「第二走行機だけ。第一は停電で止まった」


「第二は非常母線か」


「あと四十七分で切られる」


「十分だ」


バルトがミラの前へ回る。


「勝手に部品を外すな。都市資産だ」


「二時間後に水環区が止まったら、ここの冷却水も止まる」


「だから手続きを——」


「炉も圧延機も冷却できなくなる。部品を守って工場を焼く気か」


バルトは口を閉じた。


製鉄と機械に関する損失なら理解できる男だった。


「使用部品は全部記録する」


「好きにしろ」


「改修後の機体は、組合の検査対象だ」


「戻ってきたらな」


ミラは留め具へ切断器を当てた。


青白い光が走る。


作業が始まった。


工員四人が作業機を吊る。


二人が蓄圧槽を外す。


セラは整備廠の油圧母管から、使える減圧弁を探した。


ノインは製図板へ寸法を送り続ける。


『第一油圧筒、取付角二十八度。右股関節外側骨格へ三点固定』


「その角度じゃ、伸び切ったときに腰装甲へ当たる」


ミラは右腰の露出した骨格を測った。


『図面上では、三・二センチメートルの間隔があります』


「装甲が熱で膨れてる。実際は一センチもない」


『表面変形を計測できていません』


「角度を二十四へ下げろ」


『二十四度では、歩行時の有効推力が一一パーセント低下します』


「筒を壊すよりましだ」


『修正します』


図面の線が動く。


工員が取付板を切り直す。


ノインは次の部品を示した。


『第二減圧弁は、未使用品を推奨します』


セラが部品棚から銀色の弁を持ってきた。


ミラは受け取らず、作業機についていた古い弁を外した。


外装は錆び、刻印も半分消えている。


「こっちを使う」


『旧部品の内部漏出率は、推定毎分六・八パーセントです』


「だから使う」


『圧力効率が低下します』


「新しい弁は閉じすぎる。お前の制御が一度遅れれば、油圧筒が新しい左膝を横から折る」


『制御遅延は〇・一八秒以内です』


「一回目の歩行ではもっと遅れる。油の温度も違う。配管の中に空気も残る」


『空気抜きを実施します』


「全部は抜けない。古い弁の漏れを逃がしにする」


ノインは一秒ほど返答しなかった。


『理論上、圧力振動は増加します』


「現物では減る」


『その根拠を定量化できません』


「鉱山で使われた弁だ。内壁が均等に削れてる。漏れはするが、途中で引っかからない」


ミラは弁の作動桿を指で押した。


重い。


だが滑らかに戻る。


新しい弁は規格上正しい。


古い弁は、この油と、この温度と、この工場の埃の中で何年も動いた形をしていた。


「お前の計算では、新品が正しい」


『はい』


「私の判断では、こっちだ」


『失敗した場合、左膝関節と右股関節の双方を損傷します』


「分かってる」


『歩行能力を完全に失う可能性があります』


「それも分かってる」


ミラは古い減圧弁を作業台へ置いた。


「使うかどうかは、お前が決めろ。身体はお前のものだ」


工員たちの手が僅かに止まった。


機械の部品を、機械自身に選ばせる整備員はいない。


バルトが何か言いかけた。


セラが視線で止めた。


ノインは古い弁と新しい弁を交互に見た。


主光学器は壊れている。


琥珀色の補助光学器だけが、作動桿の傷を追う。


『私には、あなたが確認した摩耗状態を十分に識別できません』


「そうだな」


『あなたは、旧送電施設で左膝の固定と床の状態を正しく判断しました』


「全部正しかったわけじゃない。巻上機の制動爪は見落とした」


『見落としたことを報告しました』


ノインの声は平坦だった。


それでも、言葉を選んでいるようにミラには聞こえた。


『古い減圧弁を採用します』


「後悔するかもしれないぞ」


『その可能性を含めて、あなたの技術判断へ機体を預けます』


ミラは一度だけ頷いた。


「受け取った」


古い弁が取りつけられる。


右腰に一本。


左大腿に一本。


背部へ二本の蓄圧槽。


太い油圧管が、ノインの外骨格を這う。


胸部の主動力炉からは、別の高圧電纜が引き出された。


三号変圧器へ接続するための送電線。


電纜だけで、成人の胴ほどの太さがある。


機体の後ろを引きずれば切れる。


鉄道用の巻取車へ載せ、ノインの歩行に合わせて工員が牽引することになった。


『構成重量、二・三トン増加』


「灰鉄盆地で外した装甲より重いな」


『歩行消費も増加します』


「炉から使う電力は減る」


『代わりに蓄圧槽の容量を消費します。外部供給なしでの歩行可能時間は、三十八分です』


「東貨物区まで」


『現在の推定速度では三十一分』


「余裕は七分」


『停止、障害物、姿勢修正を含みません』


「余裕はないって言え」


『余裕はありません』


鐘がまた鳴る。


今度は少し遠く聞こえた。


都市の一部で、電気が完全に落ち始めている。


壁面伝声器から報告が入った。


『中央診療院、手術棟以外の照明を停止! 蓄電残量二時間三十七分!』


別の声が重なる。


『浄水第一ポンプ停止! 第二ポンプを手動運転へ切替中!』


さらに、東貨物区から。


『三号変圧器、臨時母線へ移設完了! ただし制御盤が旧規格だ! 同期装置が足りない!』


ノインが即座に応答する。


『私が炉出力を直接同期させます。三号変圧器の一次側を開放状態で維持してください』


伝声器の向こうが静かになった。


『今のは誰だ』


バルトが受話器を取る。


「作業機の保守補助だ。言われた通りにしろ」


『作業機が都市母線へ同期するのか?』


「質問は後だ!」


バルトは受話器を叩きつけるように戻した。


ノインの能力を利用する。


疑う。


記録しようとする。


それでも今は、従うしかない。


改修開始から五十三分後。


ノインの外部油圧系が完成した。


整備廠中央の試験路から、工員たちが退避する。


ノインは吊り鎖を外され、自分の脚で立っていた。


右腰の油圧筒。


左大腿の油圧筒。


背部の蓄圧槽。


追加された部品のどれも、ノイン本来の細い機体線とは合っていない。


三本指になった左手より、さらに異質だった。


『外部油圧系を起動します』


古い減圧弁が開く。


油が配管へ流れる。


右腰の筒が伸びた。


ノインの身体が、突然前へ押し出される。


「右足が早い!」


『制御指示より〇・三一秒先行しています』


左脚の筒が遅れて動く。


新しく移植した太い膝が床へ落ちる。


機体が左へ傾く。


工員たちが逃げる。


ノインは左手を床へつこうとした。


三本指の把持爪が開かない。


「手を使うな! 腰を右へ!」


『油圧筒が応答しません』


「お前の内部腰筋だ! 残ってる方を使え!」


ノインの胸部が捻れる。


右脚が踏み直される。


傾きが止まった。


床まで一メートルの位置で、左肩が静止する。


『転倒を回避しました』


「弁を閉じろ!」


油圧が止まる。


ノインは歪んだ姿勢のまま動かない。


セラが配管へ駆け寄った。


「新品を使うべきだったんじゃないの?」


「弁じゃない」


ミラは右腰の配管へ手を当てた。


振動。


左側。


振動が弱い。


「配管の長さが違う。右は短い。左は背部を回してる」


『図面上の圧力到達差は〇・〇八秒です』


「中に空気が残ってる。左だけ圧縮されてる」


『空気抜きは完了しています』


「図面ではな」


ミラは左側配管の最上部を探った。


継ぎ目の一つが、他より冷たい。


油が来ていない。


「ここだ」


検査ねじを半回転緩める。


最初に空気。


続いて泡立った油が噴き出す。


ミラは泡が消えるまで待ち、ねじを締めた。


『圧力到達差、〇・一二秒まで低下』


「まだ右が早い」


『旧減圧弁の漏出量を増加させますか』


「右だけ一段開けろ」


『効率が低下します』


「左右を合わせる」


ノインが右腰の電磁弁を微調整する。


古い弁から油が逃げる。


床へ黒い滴が落ちた。


『再試験を要求します』


「転んだら新しい膝が終わる」


『理解しています』


「やめるなら今だ」


『継続します』


ミラは試験路から下がった。


「一歩だけだ。右を出して、左を揃える。それ以上動くな」


『了解しました』


油圧系が起動する。


右腰の筒が伸びる。


今度は急に動かない。


右脚が前へ滑る。


〇・一秒遅れて、左大腿の筒が作動する。


太い作業機の膝が身体を支える。


ノインの胸部が僅かに上下する。


右足が接地。


左足が揃う。


一歩。


それだけだった。


だが、転ばなかった。


『歩行を完了しました』


「次は三歩」


『蓄圧槽残量を温存する必要があります』


「一歩で分かるか」


『分かりません』


「なら三歩だ」


ノインが進む。


一歩。


二歩。


左脚の反応が遅れる。


古い減圧弁から油が逃げ、急激な荷重を吸収する。


三歩目。


右腰の筒が震える。


だが引っかからない。


ノインは試験路の中央で停止した。


『直進歩行を維持できます』


工員の一人が小さく息を吐く。


別の者が、外付け配管の振動を確認する。


セラは端末へ結果を記録した。


「理論値より漏出が多い」


「その分、折れなかった」


『ミラの判断と一致します』


ノインが言った。


セラは記録する手を止めた。


「機械が整備員の正しさを証言するのね」


『結果を報告しています』


「そういうことにしておく」


整備廠の外から、装輪車の急制動音が聞こえた。


扉が開く。


エルナが防衛隊員二人を連れて入ってきた。


外套の肩に灰が積もり、額から汗が流れている。


「上流線の三か所は、すべて爆破だった」


「灰旗団か」


「現場で旧軍規格の起爆器を回収した。さらに、北側導水路で大型機の足跡が見つかった」


ノインの補助光学器がエルナへ向く。


『機装兵ですか』


「おそらく一機。水環第一変電所へ向かっている」


「防衛隊の機装兵は」


ミラが尋ねる。


「二機を出した。一機は始動不能。もう一機は西側送電線の防衛に回した。第一変電所には装輪車と歩兵だけだ」


『敵機の目的は、三号変圧器または私の主動力炉と推定します』


「お前が炉をつなぐと知ってるのか」


『知らなくても、臨時送電設備を破壊すれば水環区の停止を確定できます』


エルナは外付け油圧器を見上げた。


「それで戦えるのか」


『直進歩行と低速旋回が可能です。回避運動、跳躍、急制動は不可能です』


「武器は」


「ない」


ミラが答えた。


「左手も二本分しか動かない。炉を送電へ回したら出力は一三パーセントだ」


「なら、現地へ送れない」


『私が必要です』


ノインは即答した。


『三号変圧器と主動力炉の同期は、既存の都市制御器だけでは実行できません』


「接続した後は動けないんだろ」


『最低限の姿勢維持と、外部油圧による低速移動は可能です』


「敵機が来れば」


『戦闘能力は大幅に劣ります』


エルナはミラを見る。


「どうする」


以前なら、現場指揮官が命じた。


機体は従った。


整備員は壊れるときだけ止めた。


今は誰も、命令だけでは決められなかった。


ミラはノインの新しい左膝を見た。


古い減圧弁。


油圧筒。


外付け配管。


一時間前には存在しなかった身体。


ノインは、それをミラの判断へ預けた。


次はミラの番だった。


「接続までは私が見る」


ミラは言った。


「配管、膝、炉の冷却、変圧器との同期。壊れるかどうかは私が決める」


『了解しました』


「敵が来たら、お前が見る」


『戦闘判断を私へ委ねるという意味ですか』


「相手の装備、位置、人の逃げ道。私には全部同時に見えない」


『攻撃対象の承認は必要です』


「人間を狙うな。機体と武器だけ止めろ。目的は送電を維持することだ」


『敵機の操縦者が攻撃を継続した場合は』


「生きて捕まえられるならそうしろ。無理なら、変圧器と住民を優先する」


言葉が整備廠へ残る。


人間の命を、簡単に避けられるとは言わない。


ノインも保証を求めなかった。


『任務目的を確認。水環区への送電を維持し、浄水場と中央診療院の停止を防ぐ。攻撃対象は敵機および送電設備を破壊する装備。戦闘時の機体制御は私が担当します』


「そうだ」


『整備上の限界判断はミラへ委ねます』


「受ける」


『相手の専門判断を、根拠なく否定しない』


ミラはノインを見上げた。


「今決めたのか」


『旧送電施設以降の判断記録から、必要な条件として抽出しました』


「あとで紙に書け」


『現在は出発を優先します』


「分かってる」


工員たちが送電電纜の巻取車を押し出す。


蓄圧槽へ最後の油が充填される。


右腰の圧力。


左大腿の圧力。


古い減圧弁から、規定を超える油が細く漏れている。


ミラは指で触れた。


温度は低い。


まだ持つ。


「開けろ」


旧第六整備廠の非常扉が、手動で左右へ開かれる。


外の街は暗かった。


炉辺区の電気炉は停止し、煙突の赤い光も消えている。


通りでは工員が手灯を持ち、路面の障害物を退けていた。


家々の窓には蝋燭。


遠くの鐘楼街だけが、残った非常電源で薄く照らされている。


ノインが一歩を出す。


外付け油圧筒が伸びる。


右脚。


左脚。


太さの違う二本の脚が、暗い通りへ交互に置かれる。


歩くたびに油が漏れた。


その滴を追うように、送電電纜の巻取車が進む。


ミラは搭乗口へ入った。


エルナの装輪車が前へつく。


後ろには整備工員と油圧補給車。


兵器を出撃させる列には見えない。


壊れた工場設備を、別の工場へ運んでいるような車列だった。


『東貨物区まで、推定二十九分です』


「蓄圧槽は」


『現在条件で三十五分』


「六分余る」


『停止を含みません』


「止まらなければいい」


『障害物があります』


通りの先で、荷車が横倒しになっている。


停電で動かなくなった路面貨車から、人々が積荷を手で降ろしていた。


ノインは止まれない。


急制動すれば油圧筒が膝を折る。


「エルナ、前を空けろ!」


装輪車から隊員たちが飛び降りる。


荷車へ走る。


通りの人間も加わった。


箱。


樽。


車輪。


一つずつ運び出す。


ノインは速度を落とす。


止まらない。


右脚。


左脚。


古い弁が油を逃がし、歩幅を縮める。


残り十メートル。


五メートル。


最後の樽が退けられる。


ノインの右足が、荷車の車軸を跨いだ。


『通過しました』


誰かが道端から機体名を読んだ。


「ノインだ」


仮登録札に書かれた名前。


別の誰かが言う。


「送電しに行く機体だ」


それがどこから伝わったのか、ミラには分からない。


回収任務の話か。


整備廠の工員か。


検問所の兵士か。


通りの人々が道を空ける。


押していた荷車を壁へ寄せる。


停電した店の看板を外す。


誰もノインの正体を知らない。


第二級補助人格だと信じている者。


軍用機だと疑う者。


ただの壊れた作業機にしか見えない者。


それでも、今は同じ道を開けていた。


東貨物区の操車塔が見えた。


その向こうで、青白い火花が上がる。


一度。


二度。


続いて銃声。


エルナの伝声器が鳴った。


『第一変電所から緊急! 大型機一機が外周柵を突破! 装輪車二台損傷!』


ノインの正面表示に、遠方の熱源が浮かぶ。


高い。


人間ではない。


機装兵。


水環区へ向けて移動している。


『敵機を確認しました』


「種類は」


『旧アルディア軍量産型と推定。右腕に機関砲。左腕に破砕槌。胸部装甲へ灰色の識別布』


灰旗団。


こちらには武器がない。


炉出力は、これから都市へ渡す。


外付け油圧で歩ける時間も、残り十一分。


「勝てるか」


ミラは尋ねなかった。


勝てるという言葉に意味はない。


必要なのは、何を守り、何を壊し、どこまで動けるかだった。


「ノイン。戦闘は任せる」


『受理します』


「私は、お前を止めないようにする」


『あなたの技術判断へ、機体を預けます』


操車塔の向こうで、灰色の機装兵が現れた。


右腕の砲身が上がる。


照準先はノインではない。


東貨物区に据えられた、三号変圧器だった。


水環区の鐘が、もう一度鳴った。


残された時間を数える音ではない。


誰が何を守るのかを、都市全体へ問う音だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ