シーン3 「恐怖」
夜。
王立アストレア学園、中庭。
昼の喧騒が嘘みたいに静かだった。
噴水の水音。
木々を揺らす風。
月光。
淡い銀色が、
石畳を照らしている。
その中央に。
ミレイユ・フェルナン
は、
一人で座っていた。
俯いている。
肩が小さく震えている。
泣いていた。
声を殺して。
誰にも聞かれないように。
だが。
「やはり、
こちらでしたのね」
静かな声。
ミレイユが、
びくりと肩を震わせる。
振り返る。
そこにいたのは。
レオノーラ・ヴァレンシュタイン
だった。
ミレイユは、
慌てて涙を拭う。
「レ、レオノーラ様……」
「偶然ではありませんわよ」
レオノーラは、
ゆっくり近づきながら言う。
「探しておりましたの」
責める声ではない。
静かな声音。
それが逆に、
ミレイユの胸を苦しくさせた。
レオノーラは、
少し離れた位置で立ち止まる。
近づきすぎない。
追い詰めない。
その距離感が、
妙に優しかった。
沈黙。
風が吹く。
だが今日は、
花弁も光粒子も現れない。
たぶん。
ミレイユが、
必死に感情を押し殺しているから。
やがて。
小さく。
壊れそうな声が落ちた。
「……わたし」
一拍。
「誰かを好きになるのが、
怖いんです」
レオノーラは、
何も言わない。
ただ聞いている。
ミレイユは、
俯いたまま続けた。
「わたしが嬉しいと、
世界がおかしくなる」
「誰かと話すだけで、
空気が変わる」
「少し仲良くなるだけで、
皆が巻き込まれる」
声が震える。
「誰かを大事だと思うほど」
「周りが壊れていく」
ぎゅっと。
自分の腕を抱きしめる。
「図書館も……」
「舞踏会も……」
「いっぱい迷惑かけて……」
「いっぱい壊して……」
ミレイユは、
泣きそうに笑った。
「わたし、
何なんでしょうね」
月明かりの下。
その笑顔は、
ひどく痛々しかった。
レオノーラは、
静かに眉を寄せる。
彼女は知っている。
ミレイユは悪人ではない。
むしろ。
一番の被害者だ。
世界が勝手に、
彼女を“主人公”へ仕立て上げている。
そのせいで。
普通の感情すら、
災害になる。
ミレイユは、
震える声で続けた。
「だったら……」
一拍。
「最初から、
好きにならなければいい」
風が止む。
静寂。
その言葉は。
まるで。
自分自身へ、
死刑宣告を出すみたいだった。
恋愛を拒絶する。
好意を否定する。
感情を閉じ込める。
そうしなければ、
周囲を守れないと思っている。
レオノーラは、
ゆっくり目を閉じた。
そして。
初めて。
本気で理解する。
この少女は。
“ヒロイン”なんかじゃない。
世界に消費される側だ。




