シーン2 「普通ができない」
翌日。
ミレイユ・フェルナン
は、
食堂の隅に座っていた。
できるだけ目立たない席。
壁際。
人の少ない場所。
静かにスープを飲む。
それだけ。
それだけのつもりだった。
「あっ、
ミレイユさん!」
声。
同級生の女子生徒が、
笑顔で手を振る。
ミレイユは、
反射的に笑みを返した。
「お、おはようございます」
その瞬間。
ぱっ。
テーブル脇の花瓶。
花が咲いた。
しかも満開。
おかしい。
今朝まで蕾だった。
さらに。
窓から光が差し込む。
やたら柔らかい。
空気がきらきらしている。
なぜか甘い香りまで漂う。
周囲がざわついた。
「きゃー!」
「今の見た!?」
「花咲いた!」
「イベント始まった!?」
始まってない。
ミレイユは、
顔から血の気が引いた。
「っ……」
まただ。
また。
ほんの少し笑っただけで。
世界が反応する。
女子生徒たちは、
完全に盛り上がっていた。
「すごい……!」
「やっぱりミレイユさん、
特別だよね!」
「空気が少女小説なのよ!」
違う。
違うのに。
ミレイユは、
震える指でスプーンを置いた。
「ご、ごめんなさい……
わたし、
先に行きます……!」
「えっ?」
逃げるように、
食堂を出る。
廊下。
早足。
誰とも目を合わせない。
だが。
「あ、
ミレイユ!」
今度は男子生徒。
名前を呼ばれ、
反射的に振り返る。
その瞬間。
廊下の窓が、
ばぁっと開いた。
風。
紙束が舞う。
光粒子。
どこからか、
花弁。
またか。
周囲の生徒たちが、
一斉に立ち止まる。
「うわっ」
「何この空気!?」
「今、
完全に恋愛イベントじゃなかった!?」
違う。
違う。
そんなつもりじゃない。
ただ、
名前を呼ばれただけ。
ただ、
振り返っただけ。
なのに。
世界が勝手に、
“それっぽく”演出する。
ミレイユは、
俯いた。
「……ごめんなさい」
誰に謝っているのか、
もう分からない。
教室へ入る。
席につく。
できるだけ静かに。
できるだけ、
存在感を消して。
だが。
「ミレイユさん、
この前の課題――」
隣の席の女子生徒が、
話しかける。
ミレイユは、
無理に笑顔を作った。
「は、はい」
ぱぁっ。
教室の空気が、
柔らかくなる。
机上のペン立てから、
小さな花が咲く。
魔導灯が、
ふわりと暖色へ変化。
誰かが叫ぶ。
「また始まった!」
「演出入った!」
「なんで教室で!?」
教室が、
ざわめきで満たされる。
そして。
皆。
楽しそうだった。
感動した顔。
微笑む顔。
きらきらした目。
まるで。
自分たちは、
舞台を見ている観客みたいに。
一方。
ミレイユだけが、
震えていた。
笑えない。
全然。
楽しくない。
自分が感情を動かすたび。
世界が歪む。
誰かが巻き込まれる。
空気が支配される。
だから。
怖い。
人と話すのが。
笑うのが。
目を合わせるのが。
好きになるなんて、
もっと怖い。
ミレイユは、
ゆっくり視線を落とした。
それから。
誰とも、
長く目を合わせなくなった。
誰とも、
長く話さなくなった。
恋愛どころか。
人間関係そのものを。
彼女は、
恐れ始めていた。




