第六話 『ヒロイン、恋愛を恐れる』Opening 「好意の代償」
夕方。
王立アストレア学園図書館。
高い窓から、
橙色の光が差し込んでいる。
静かだった。
紙をめくる音。
羽根ペンの擦れる音。
遠くで司書が歩く音。
それだけ。
だからこそ。
ミレイユ・フェルナン
は、
ここを選んでいた。
最近。
彼女はずっと、
人を避けている。
攻略対象たちからも。
友人からも。
なるべく一人。
なるべく静かに。
なるべく、
感情を動かさないように。
理由は、
もう分かっていた。
自分の感情が。
世界を歪める。
誰かへ好意を抱けば。
空気が変わる。
光が舞う。
偶然が連鎖する。
そして。
周囲が壊れる。
だから。
怖かった。
人を好きになることが。
誰かと近づくことが。
ミレイユは、
小さく息を吐きながら、
本棚の上段へ手を伸ばす。
「あ……」
少し高い。
近くの脚立を引き寄せる。
乗る。
本へ手を伸ばす。
その時。
ぐらり。
脚立が揺れた。
「きゃ――」
落ちる。
そう思った瞬間。
腕。
支えられる。
「危ない!」
反射的に抱き止めたのは、
アルベルト・ルクレール
だった。
その瞬間。
世界が、
反応した。
ぶわっ。
どこからともなく、
花弁が舞う。
閉鎖空間の図書館で。
なぜか。
風も吹く。
夕日が、
異様に強くなる。
窓ガラスが、
黄金色に染まる。
光粒子。
きらきら。
本棚が、
低く共鳴する。
まるで。
図書館全体が、
ロマンス演出へ参加しているみたいに。
さらに。
空間魔力。
急上昇。
ミレイユの顔から、
血の気が引いた。
「――っ」
まずい。
次の瞬間。
図書館中の魔導灯が、
一斉に明滅した。
ぱっ。
ぱぱっ。
ばちっ。
閲覧室の奥で、
誰かが悲鳴を上げる。
「えっ!?」
「なに!?」
「また魔力暴走!?」
本棚の間で、
空気が震える。
魔力の共鳴音。
低い振動。
積まれた本が、
ぱらぱらと落ち始める。
司書が青ざめた。
「結界を確認してください!」
「閲覧区域封鎖!」
騒然。
完全に事故現場。
一方。
アルベルトは、
まだミレイユを支えたままだった。
「だ、大丈夫か?」
心配そうな声。
その優しさに。
ほんの少し。
胸が温かくなる。
その瞬間。
空間魔力、
さらに上昇。
窓の外で、
なぜか鳥の群れが飛び立った。
演出するな。
ミレイユは、
真っ青な顔で後退る。
「ご、ごめんなさい……!」
「え?」
「ごめんなさい、
また……」
また。
また自分のせいで。
また周囲を巻き込んだ。
また世界が暴走した。
アルベルトは、
意味が分からず困惑している。
だが。
ミレイユには、
もう理解できてしまっていた。
これは偶然じゃない。
自分が。
少しでも感情を動かした時。
世界は。
“恋愛イベント”を始めようとする。
ミレイユは、
震える指で胸元を押さえる。
「また……」
小さく。
壊れそうな声。
「また、
わたしのせいで……」




