シーン2 「生徒会室へ向かう悪役令嬢」
レオノーラ・ヴァレンシュタイン
は歩いていた。
いや、歩行というには速度が速すぎた。
黒いドレスの裾を揺らしながら、長い廊下を一直線に進んでいく。その姿は優雅なのに、移動速度だけが異常だった。
「お、お嬢様……!」
後ろで侍女が半泣きになっている。
「速……っ、速すぎます……!」
「置いていきますわよ」
「もう置いていかれておりますぅ……!」
レオノーラは止まらない。
その瞳には明確な目的地があった。
生徒会室である。
当然、学園中がざわついた。
なにせ、
“悪役令嬢が生徒会室へ向かっている”
のだ。
それは乙女ゲーム世界において、ほぼ災害警報と同義だった。
廊下のあちこちで、生徒たちがヒソヒソ声を漏らす。
「見ろよ……!」
「レオノーラ様だ……!」
「生徒会室へ向かってるぞ!」
「ついに断罪イベント!?」
「ヒロインを消す気だ!」
なぜ皆そんなに目を輝かせているのか。
明らかに野次馬根性である。
しかも誰かが小声で賭けを始めていた。
「俺は水ぶっかける方に銀貨三枚」
「いやビンタだろ」
「階段から突き落とし説を推す」
「王道だな」
最低だった。
レオノーラは歩きながら、じわじわと眉間を押さえる。
(なぜ皆さん、
他人の破滅を娯楽として楽しまれるの……?)
極めて正論である。
しかしこの世界では、
“悪役令嬢がヒロインへ嫉妬して暴走する”
という展開そのものが、一種のエンターテインメントになっていた。
周囲はそれを期待している。
盛り上がりを求めている。
まるで舞台劇の次の幕を待つ観客のように。
レオノーラは深くため息をついた。
昨日からずっと感じている違和感が、さらに強くなる。
誰も現実を見ていない。
壊れた温室も。
疲弊した修復班も。
徹夜した用務員も。
全部背景扱いだ。
重要なのは「ドラマチックかどうか」。
その空気が、学園全体に染み込んでいる。
そしてその中心にいるのが、生徒会だ。
廊下の突き当たり。
重厚な扉が見えてきた。
生徒会室。
攻略対象たちの本拠地。
レオノーラは一瞬だけ立ち止まる。
後ろでは野次馬たちが息を呑んでいた。
完全に決闘前の空気である。
しかし彼女の手にあるのは剣ではなかった。
分厚い書類束。
しかも付箋だらけ。
レオノーラは静かに扉へ手をかける。
そして思った。
(……まずは予算からですわね)




